金木犀2 | ナノ

 





(暫く遠くに行くから、夜は早く寝なさい)




俺は今日も一人で家に。
あの人は文字を書く仕事をしている。それは基本全てを家で賄えるものだから、大体はあの人は家にずっといてくれるが、時々こうして遠くの方へと出掛けていく。様々な景色を見て、多くのことを学びたい、と言う彼は、やはりというか俺を共に外へと連れてはくれない。“美しいお前を連れていくと、お前しか見ないだろうから”、格好付けて言った彼だが、そんな気障な理由で連れていかないのではないと、俺は知っている。


“景色に目を奪われている内に、お前が消えていなくなってしまいそうだから”















あの人を主軸にして回る俺の人生は、一度(ひとたび)彼がいなくなってしまうと、たまらなく暇なものへとなってしまう。一日に掃除を、読書を、書き物を、何度も繰り返す。
俺は自分で言うのも何だが、器用なほうだから大抵のことは数分で済ましてしまう。その上大変な飽き性なので、同じ事を長い時間することが出来ない。………俺が読み切った本、書き終えた物語が今までにあるかないか………そんな程度の話だ。


「(あぁつまらん。)」


全てを投げ出して、そっと窓辺に寄る。
階下の通りでの生活はいつもと同じ、代わり映えのない人間模様。

俺は時折こうやって彼らを眺めるのが好きだ。

別に馬鹿にしたいわけでも見下したい訳でもなく、ただ無意味に眺めるこの緩やかな時間は、落ち着く。『おまえのそういう所は、とても物書き向きなんだがな』とあの人が笑った後は、さらにこの時間を大切にするようになった。




きゃははきゃらきゃら、



鈴を転がすような声音で笑い、子供たちが向かいの家から飛び出してきた。
その内の一人に手を引かれ、日の下、姿を現した金色がきらきらと反射する。

「(あ、彼だ)」

子供たちに周りを囲まれ、困ったようにしていても隠し切れていない笑みを漏らして口元を弛ませながら、先日初めて謁見した彼が通りに出てきた。

向かいの家では、寺子屋の真似事をしているらしい。
ある日、聞こえてきた「あいあむ…」や「はーわーゆ…」などという呪文に首を傾げていたら、あの人が「彼は先生で、言葉を教えているんだよ」と笑っていた。
それから何度も見掛けた彼はどうやらとても立派な“先生”らしい。何時も彼の周りには人が溢れていて、血種の壁などはないようだ。

「(おっと、いけない)」

彼から日本人だと言われた傍からこれだ。私の口はあの人によると、人よりも大層お喋りであるらしいから気を付けなくてはならないと言われたではないか。

「(………そうだ。次に彼と喋る時は、この喋り癖が出てはくれませんよう)」

気を遣うなど、相手にとっても嫌ではあろうが、私は決めたのだ。彼とは友人になりたいと。
だから私のお喋りよ。どうかおとなしくはしていてくれないか。












「ねぇ、先生。先生はなんであんなに慕われているの?」


その日の夜、何日かぶりに向かいの窓が開いた。
俺の姿を目にした途端、躊躇いもなく閉めようとしたその手を、前と同じように一声かけて止める。

「あ"ぁ"?」

唸るのは、彼なりに不機嫌であることを示す手段のようだ。
実に獣らしい、益々この男が慕われている理由が分からないというものだ。

彼を慕うのは、何も子供たちだけではない。この下町じみた町の人間のほとんどは、彼に友好的なのである。

「……ん、だからね。先生は見るからに野蛮そうなのに、何であんなに好かれているのだろうって…………あ、」

あぁ、やった。
見た目など、関係ないではないか。彼がキレてしまうと、恐る恐る顔を窺う。しかし予想に反してその顔は怒りを見せておらず、だが、険しい表情をしていた。


「………人の見た目だけを見る。そんな捻くれた考えしか持たないような奴には、一生分かんねぇんじゃないか」


呆れたような諦めたようなその声音が、怒鳴られるよりも悲しかった。今更ながら自分の言動を改めたいと、悔やむ。そんな顔にしたかったわけではないのだ。胸を痛みつけるような顔、あの人と同じ。


「すまなかった」


気付いたら口を突いて出ていた。

「怒らせたいわけではないんだ。分からないんだよ、ただそれだけなんだ。ごめん、先生。今まで浅薄な考えで君と接してきたことを認めよう。すまない、すまなかった」


素直に自分が悪いのだと認められる。彼は正しい。
偏見などは持ってはいないつもりだった。ただ、君に謝りたいのだ。あぁ、だからその顔は止めておくれ。
苦しそうな、全てを諦めた顔は嫌いだ。

あの人を、思い出すから。




「…っおい、……もういい。平気だ。俺だってきつく言い過ぎた。謝る。だから………泣くな」

気づいたら頬を涙が伝っていたらしい。
俺の様子に焦ったのか、彼のおろおろとした動作と、その言う内容が硬派な彼の見た目に合っていなくて、ふっと笑いが漏れてしまう。
俺の小さな笑みにほっと安心したように彼が肩の力を抜く。

「あんま深く捉えんなよ。俺だって喧嘩を売りてぇ訳じゃねぇんだ。仲良くやれるなら、それがいい」
「…でも俺は、君にひどいことを………」
「あー……、気にすんな。今度から気を付けてくれたらいいからよ。」
「……ありがとう……それで、その、良かったら、俺と友人になってくれないかな…?」
「……っ…」

あの人以外で、こんなに仲良くなりたいと思った人は初めてだ。ふわりと、自然に笑みが零れる。交友を求めるのなんて勿論したことがなく、こんな風に誘うのが正しいのかも知らない。俺が告げてから数分、彼は少し戸惑ったように息を詰めたが、頬を徐々に紅く染めながらこくり、一つ頷いてくれた。

「別に、そういうのは改めて言う必要ないんじゃねえか……あーこういうの言うの初めてだがよぉ…平和島静雄だ。…まぁ、その、よろしくな」

照れ臭そうに頬を掻きながら告げられて、なんだか此方の方が恥ずかしくなってくるのは、致し方ないことなのではなかろうか。「折原臨也だ」と名乗った後、お互いに頬を染めつつ、「よろしく」と言い合った。なんて、初々しい。…………でも、たまにはこういうのも悪くはない。

その後暫く彼とは様々な話をして、日が昇り始めた頃に出た俺のくしゃみによってその日は別れた。
「風邪、ひくなよな」なんて最後まで彼は優しくて、この世にはこんなにも良い人がいるのだなと思った。
友人というものは、いいものだなぁ。










後日、窓から通り道を見下ろすと、あの日と同じように子供等と遊ぶ彼がいた。下ばかり見ている彼のことを気になっていると、いきなり彼が上向いた。

じっ、と俺の目を見つめてくるので、驚いて動きを止める。その真剣な眼差しがこそばゆく、そわそわしていると、彼の口元がふっと綻び、音にはせずに「い、ざ、や」と紡ぎながら手をひらひらと振った。不意討ちだ。

俺も負けじと「シ、ズ、ちゃ、ん」と手を振りながら返すと、彼はぶっと吹き出した。
ふざけた呼び名を怒られるのが嫌で、急いで室内まで逃げた。俺に怒鳴り返すことも出来ずいらいらとするなんて御愁傷様。でも、おあいこだろうと思う。


「(普通の町娘なら、いちころだよ。この垂らし)」


自然と赤くなる頬を両手で隠して誤魔化して、理不尽に彼のことを詰った。


「………どうしたんだろう、俺」


なんだかすごく怖い予感がする。あの人に早く、会いたい。今すぐに。














続きます
天然男前シズちゃんに惚れかけて、不安定な臨也
とても静←臨で当初の予定からずれている……一応静→臨のつもり…




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