金木犀 | ナノ

 
※大正時代設定につき捏造過多






褥に伏せていた身体を起き上がらせ、周囲を見渡すと、昨夜激情を供にしたあの人は消えていた。
煙管か、はたまた手洗いか。あの人は何時だって気紛れで、その行動に振り回されている俺の事なんて知らんぷり。そういうところに俺が惹かれたのは事実だが、一人で迎える夜などは酷く寂しく感じるもので、自然と身体が月明かりを求めた。

からり、と音を立てて窓を開けると夜風が室内に入り込んで、はだけた着物から覗く真白い肩を、撫でていく。
裸足のまま縁側に足を踏み入れると、畳みがきしりと音を立てる。そのまましゃがみこんで縁に凭れかかれば、低い姿勢の建物群の上、青白い月明かりが煌煌と照らしてくる、………明るい、なぁ。

近くに植えられている金木犀の花が、風に乗って泳いできた。手のひらの上でくるくると渦を描いて、すとんと落ちて納まる一欠片。主張の少ない淡い黄燈色、指先でつついて遊ぶと砕けて、散る。ふぅ、と息を吹き掛けると再び風に乗って飛んでいった。ばらばらになって細かい塵になったそれは、夜闇が背景となった今では、すぐに目には映らなくなる。儚いってのは嫌なものでしかないな、と笑う。

不意に。
道を挟んだ向こう、がらっと音がして窓が開いた。開けたであろう人物は俺がいた事など知らなかった訳で、窓を開けて正面を向いた瞬間、俺と目が合って驚いていた。日本人の顔立ちをしているのに金色(こんじき)の髪をしていて、嗚呼あちらさんとの合いの子かと納得。青み掛かった深い眼(まなこ)はきょとん、と丸くなっていたが、気まずくなったのかせっかく開けた窓を再び閉めようとするので、思わず声を掛けていた。

「そこの、外人さん」

ぴたっ、と窓を閉めていた手が止まった。あ"ぁ?と唸る声がしてぎょっとしたが、彼は俺の呼び掛けが不満だったらしい。目をぎらぎらとさせ睨み上げながら、手に握ったままの窓の枠がその握力にミシッと音を立てた。

「誰が、外人だぁ…?」
「え、そうなんじゃないの…だってそんな目立つ金の髪……」
「うるせぇ!俺は日本人だ!!」

深夜にも関わらず、金の髪をした男は派手な音を立てながら窓を閉めた。わんわん…と辺りに彼の大声と、窓を閉めた音の反響が響く。すかさず耳に翳して鼓膜を守っていた手を下ろすと、臨也の中には複雑な気持ちだけが残った。

(見るからにそうだから呼んでしまったんだけど、彼はそれが嫌いだったみたいだ…差別だと思ったかな、……悪いこと、したな…………)

今の御時世、まだ日本と外国の間には確執があり、特に日本に留まる外国の血筋は、周囲の国民から酷い差別を受けていた。化け物、異国人と罵られるのは当たり前。時にはそれが暴力沙汰にまで大きくなり、心や身体が強くないと彼らは生き残れないような状況であった。
そのような状況下において彼らは自分たちの外国部分をからかわれるのを、ひどく嫌がった。それなのに臨也は咄嗟に“外人さん”と呼び掛けてしまった。本人にその意図がなかったのだとしても、きっと無意識下では自分と彼らを分けて見ていたのだろう。己に非があった。

外国人と日本人の合いの子は、自分のことを“外国人”と“日本人”のどちらかに名乗ろうとする。大体はその容姿の非凡さから前者を選ぶのだが、珍しくとも彼は後者を選んだらしい。きっと外国の親の方が何かが合ったのだろうと思う。今度会えた時は素直に謝りたいと思った。

(…あぁ、でもそれは難しいかもしれない)

臨也はこの家から出た事がない、少なくとも記憶が在る内は。
臨也には数年間分の記憶しかなかった。気付いたらこの家の二階にいて、好いた仲だと言う男と二人で夫婦(めおと)のように暮らしていた。その男の事を臨也は深く愛していた。目を覚まし、視界に入った彼がほっとしたような顔をした時、自分の中に彼の記憶がないことを大変恨んだ。
朋輩だったという町医者が“君にそんな仲はいなかった”と言っていたが、臨也はそんなことはない、と頑なに否定した。ならば何故こんなに愛しいのか、と問うてみたが、彼は諦めた顔をして去っていった。それからは数度しか彼とは会っていない。

あの人は、俺を閉じ込めてしまいたいがお前が出ていきたいと言うのなら好きにしなさい、と言った。目覚めてから数度、彼の為に市場へと食材を買いに出かけていたが、その柔らかい顔を見てからは、一度も外へは出なくなった。
彼は俺が家を出なくなったことについて、何も言いはしなかったが、一人、暗い寝室で、“うれしい”と涙ぐみながら呟いているのを聞いて、俺の行動は正しかったのだと知った。

今現在の俺の行動範囲はこの二階建の家だけ。外に面しているのはこの縁側だけだった。だからあの金の髪をした彼がまた、あの窓を開けてくれない限り、自分には謝る機会がなかった。
数分にも満たない、最悪な出会いをした彼だったが、もう一度会いたくて会いたくて仕方がなかった。













続きます






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