普段から利用していたスーパーのインスタント食品や缶詰を陳列している棚。残り少なくなった商品を見て、倉庫の方から勝手に在庫を探し出し、補充する。
このスーパーまで来るのも中々難しくなった。しばらく来れないことを予想し、買い物カゴ二つに詰めれるだけ詰めてそれをそのまま手に、店を出る。
店を出て数歩目、結構な大きさの瓦礫に対面。腕にぶら下げた荷物をどうするかと考えているとあのムカつく声が聞こえた。
「シズちゃん…まだ生きてたの。」
「ノミ蟲……」
臨也は残念そうに言いながら道中の瓦礫やがらくたをひょいひょいと避けながら、こっちまで近寄ってくる。ずい、と音がしそうな程近寄られて身を引く。臨也はカゴの中身をじろじろと物色した後、少しだけ俺から距離をとった。
「シズちゃん、俺がこんなに近くにいても殴ってこなくなったね。……まぁ俺もそんな気分じゃないしありがたいんだけど」
ニヤニヤと目の前で歪められている口元を、昔の俺なら速攻で殴り飛ばしていたのだろう。池袋にこいつがいるだけで耐えられなくて、すぐにでも排除しようとしていたはずだ。
すぐ手を出さなくなった、というのは俺にとって大きな成長なのだが喜べないのは、褒めてくれるような人がもうどこにもいないから、だろうか。
トムさんを始め、幽やセルティや新羅、門田やヴァローナ、来羅のガキもここにはいない。
というかこの世界にはもういないのだろう。
鼻の奥がつーんと痺れる様な感覚がしたが、もう既にこれにも慣れてしまった。
「あ、シズちゃんその瓦礫の向こうの通りだけど、今朝不動産だったビルが潰れて道が塞がっちゃってて、あっちの方に遠回りした方が確実だよ」
臨也は既に俺から何歩も離れた場所で笑っている。
くるりと振り返り頼んでもないのに忠告してくれるが、俺は奴の情報の確かさを知っている。黙ってそれを聞くことにする。
「シズちゃんのところも今日くらいにはやばいんじゃない?早めの退避をおすすめするよ!」
俺が素直に頷いたのが嬉しかったのだろう。臨也は目を細めて笑ってからパルクールとかいう移動術を使ってあっという間にその姿は見えなくなった。
アイツがいなくなったのを見届けてから俺は歩き始める、臨也が薦めた道へと。
心底うざいと思っていた奴のいうことを聞くのは、まだ少しイラつく気持ちがあったがしょうがない。
俺にはもう、縋るものがなかった。
この街に俺とアイツしか人間が存在しない、という事実は俺に大きな影響力を残していたから。
簡潔に結論から。
俺と臨也、二人だけを残して世界は崩壊した。
どうしてそうなってしまったのかは何ヶ月も経った今でも分からない。きっとこのまま分からないままなのだと思う。
ただ結果のみが俺の手元には残った。孤独、焦燥、恐怖、様々な負の感情と、あとは必要のない文明の象徴のみしか残らなかった。
人間に管理されなくなったビルなどは、やがて崩壊を始める。
俺の住んでいたアパートはもちろん真っ先に無くなり、俺の好きだった池袋の街もどんどん崩れ始めた。臨也の住んでいたマンションも潰れたらしいが実際は知らねぇ。
俺と臨也はこんな状況に立たされても尚、助け合うということが出来ずにいた。
俺はまだ暮らせそうな住居跡を見つけてはそこに移り住んで、開きっぱなしの店から食料を盗って、ここまで生き延びてきた。
だがそんな生活ももう限界だろう。俺もそれは分かっている。
ただ、どうしてここまで生き延びようとしているのか、それは俺にも分からなかった。
次の日俺は少しの私物と食料を抱え、荒廃しきった街を歩いていた。
臨也が言っていたように昨夜のうちに俺が仮住まいをしていた場所が潰れてしまったので新しい住処を探すためだった。
しかしこうして何時間も歩いていても人が住めそうな所は見つからない。目星を付けていた場所も他のビルの崩壊に合わせ潰れてしまっていて、さすがの俺でももう疲れてしまいそこらへんに転がる瓦礫に腰がけ休憩をとる。
今の季節、瓦礫やなにやらが転がる整備されていない道路は太陽の熱を多量に吸収していて酷く暑い。茹だる様な暑さ……あぁいらいらする。
「昨日ぶり、シズちゃん」
空から声が降ってきた。そう錯覚させるぐらいに爽やかな声が地上で熱に焦がされている俺を冷静にさせる。
こちらを見下ろすようにして、積み上げられたコンクリの上に立っている臨也を見上げる。
「その様子だと住んでたとこ、潰れちゃったのかな」
両腕を広げふらふらとする臨也はにこにこと口端を吊り上げ、いつもと全く変わらない。
あぁ、こいつだけは変わらないんだな、と思う。
俺にはもう元のように振舞う元気もない。世界が終わりを迎えても変わらないのはこいつだけなのだ。
返事をすぐに返せないほど衰弱している俺の元へ臨也が歩み寄ってくる。
「ねぇシズちゃん、俺のところにでも来る?」
真上から降り注ぐ太陽を背に朗らかに笑ってみせる奴を見て、こいつを昔神のように扱い、従っていた奴らのことを思い出した。
聞いた当時は心から同情したが、今では奴らの気持ちも分かったような気がした。
神ってのはこんなもんなのか、って。
臨也と暮らすようになったからといって、特に俺たちの関係が変わったということはない。
朝起きると奴は一人で何処かに出掛けていてすでにいなかったし、俺は俺で勝手に過ごしていた。
だが、一つだけ俺たちが共に暮らすに当たって、変わったことがあった。
昼にどんなに好き勝手に動いていても夜は必ずここへ帰ってきて、二人で寄り添いあい朝を迎えるということ。
どちらかが言い出したわけでも、話し合って決めたわけでもない。
暗黙のルールとでも言うのだろうか、ただ一つだけ決まったことだ。
空調設備なんてもちろんないし、今の季節は暑い。
それでも俺たちは二人で暖を取ろうとでもしてるかのようにして、眠った。
真夜中になると俺は疲れからすぐに眠ってしまうのだが、臨也は決して眠らなかった。
二人で暮らすようになって何日も過ぎた日、頭を撫でられる様な感覚によって少し目が覚めた時に気付いたことだ。
目が覚めた俺が頭を撫で続ける臨也に視線を向けると、もう少し寝てなよ、とクスリと笑われたのを覚えている。
翌朝、臨也はもういなかったが、それは事実だった。
奴がなんで眠らないのか、寝られねぇのかは知らない。でもなんとなく分かった気がする。
臨也はたまらなく不安なのだ。
これからのこと。暗い夜が来ること。それをただ一人で過ごす事になるかもしれないこと。
それら全てが不安で、きっと臨也はその全てから目を離せないのだ。だからずっと起きているのだろうと思う。
難儀なやつだ、としか思わなかった。
その日は珍しく、俺が起きた時にも臨也は傍にいた。
おはよう、と眉目秀麗という言葉も消え失せそうな程憔悴したような顔をしながら挨拶をしてきた奴に、俺は頷くことしか出来なかった。
世界が終わって数ヶ月は経ち、ここに移り住んでからはすでに何週間も経った、そんな日の朝だった。
普段は一人でふらついている臨也はその日一日をずっと俺と共に過ごした。
飯を食おうと缶詰をあけ、日光を利用した方法でお湯を沸かす作業を俺がしている間も、臨也はその周りをうろちょろとしていて、「なんだかシズちゃん、おれのお嫁さんみたい」だなんて嬉しそうに笑っていた。
臨也がそんな事を言うので仕方なく俺は二人分の飯を用意してやった。しかし臨也はその飯を一、二度つついただけで後は手をつけず、ほとんど全てを残した。「ごめんね、」と謝る臨也に俺は怒らなかった。
そんな平凡な一日の終わりには必ず何かがある。予想通りその日の夜に、変化は来た。
夜も更けてきて俺はそろそろ寝るかとぼんやり考えていた時で、横で同じくぼんやりしていた臨也は真剣な表情をしながら、俺の前に回りこんできた。
「シズちゃん、本当の世界の終わりがくるよ」
「そうか」
「全部、ぜんぶ崩れちゃうんだ。建物のことじゃないさ、生態系や環境、無機物有機物関係なしにね。………ねぇ、君も死ぬんだよ」
にこにこと笑う臨也の背後向こうで地面が割れ始めた。その割れ目から大量の水があちらこちらで噴出し始め、やがて大きな洪水を形成し始める。その勢いを見るに、俺たちのいる場所が沈没するのは時間の問題だろう。
「ほら、始まった。死ねるね、シズちゃんやっとだよ。化け物みたいな君でも死んぢゃうんだ。」
足元にまで来た水も目に入らないのか臨也は笑う。本当に嬉しそうに、心から喜んでいる。
ぽろ、と目から涙が零れた、俺の目からだ。
ぼろぼろと零れてきて止まらない。臨也はそんな俺を見ても可哀相に、と呟くだけだ。
「そうか、やっとなんだな」
「そうだよ、これで終わりなんだ」
おつかれさま、可愛いシズちゃんと囁きながら臨也が俺を抱きしめてくる。
体温も感触もない体、臨也を感じることが出来ないが、それだけで嬉しかった。素直に抱擁を受け入れ好きなだけ泣く。
臨也と少しだけ暮らした洞穴に、一気に水が流れ込んでくる。
その水の流れに身を任せ、決して綺麗ではない水の中、必死に目を開き俺を抱きしめたままの綺麗なやつと目を合わす。
臨也は俺と目が合うと口元だけで笑い、いよいよ息苦しくなってきた俺に触れるだけの口付けを施す。感触を感じないキスだったが俺は幸せだった。最高の終末だった。
「シズちゃん、おいで。俺が連れてってあげるから。だから安心して、」
死んぢゃえよ。
臨也の声が聞こえてきてそのすぐ後、俺は死んだ。
最後まで×××ぼっちだったね、
(ね、静雄)
企画「ワールドエンドアンソロジー」様に提出。
臨也の生死、解釈自由です。
ただ7月現在公開中の映画「In/cept/ion」をご覧になった方はその設定で読んでいただけると嬉しいです。見てない方も読めるようになっていますが。結構その影響を受けた作品となりました。
素敵企画ありがとうございました。
BGM#東/京事/変「天/国へ よ/うこ/そ」
←