霜焼け
「お、雪だ。」
「げっ…まいったなー、今日手袋忘れちゃったのに・・・。」
グラウンドの隅っこに臨也と二人で固まりながら、時間を適当に潰していた時のことだ。
そう、雪だ。
朝登校してきた時点で、今日は寒いとは思っていたが、先程降り始めたばかりの雪がうっすらと積もり始める程寒いとは予想していなかった。
雪が少しずつ積もるその光景を見ても、正直帰るときが面倒だ、という情緒の欠片も無い感想を抱く俺とは違って。臨也はさっきまで小さくしゃがんで暖をとっていたというのに、今ではすごいすごいと言いながら、そこら中を走り回っている。
今は体育の自由行動の時間で、俺らの周りでも皆好き勝手遊んでいるんだけど、一応体育の時間枠ということで、それぞれがラケットなどを持ち出して思い思いに活動している。走って転んで笑いあって、全員が臨也に負けないくらい楽しんでいた。
で、
所謂俺の恋人である臨也は、現在走りまくったせいで寒くなったのか。寒さから逃げるために炬燵で包まる猫のように縮こまり、かと思えば袖口までジャージを引っ張った手で雪をかき集めて小山を作っては、微笑んでいる。可愛い奴だ。
(・・・・・・こいつもこうやっていつも素直だったら可愛いんだけどな。)
「シズちゃんは一緒に遊んでこなくていいの?」
ぼへー、と臨也の様子を見ながら考え事をしていると、突然当人が話しかけてくる。下げていたジッパーを首まで引き上げながら見遣ると臨也は微笑ましいものでも見るような笑みを浮かべながら自分のクラスメイトたちを見ていた。
・・・・・・その笑いは、何だ。
「いや、深い意味はないけど……。ただここで突っ立っているよりも、クラスメイトの中で駆け回るか雪と戯れるか……、そうやって遊んでいる方が健康的なんじゃないのかなぁ、と思っただけだよ。」
クラスメイトの奴等が元気よく走り回っているその光景は、平凡なものだがその実とても幸福に満ち溢れている。その中に乱入して自分も青春を楽しむのもいいとは思うが………。
それよりも、白い雪を背景にその光景を眺める柔らかな臨也の瞳に、目を奪われる。
臨也はそんな俺には気づきもせず、穏やかな笑みを向けると、更ににこりと音が聞こえそうに笑みを深め、
「まぁ俺としてはこのまま二人でいる方が楽しかったりするんだけど、」
クスクスと悪戯っ子のように不意打ちに笑うから、思わず顔が熱くなる。
俺の赤くなった顔を見てさらに大きな笑みを漏らした臨也は、徐にしゃがみながらポケットに突っ込んでいた手を地面へと伸ばした。
「俺はあんな風に走り回る気はないけど、こうやって雪とか降ると心は浮き立つものだよね。」
足下にある少ししか積もっていない雪をかき集めていき、やがてコロコロと小さな雪玉を手の上で転がす。親指と人差し指で摘まめてしまえそうな玉を二つ作り、やがて出来上がったのは不細工な雪だるまだった。
お世辞にも器用とは言えない手つきで作られた雪だるまを、手のひらに乗せて満足そうに臨也は眺めながら、突如立ち上がり軽く誉め待ち顔で俺にそれを見せてくる。
こいつ、相当機嫌がいいな。
普段は喧嘩というか殺し合いばっかしていて、凶悪そうな顔ばかり見せているのに、雪が降り始めてからはずっと笑っている。その子供のような幼い笑みは素直にかわいい。
次々と不細工なミニだるまを作っては小さくはしゃぐ臨也の柔らかそうな頭を思わずグシャグシャとかき混ぜた。サラサラとした感触に驚いて手を離しそうになったが、頭を撫でた瞬間、その笑みが深いものへとかわったので何とか耐えた。
周りで他の生徒のはしゃぐ声が響く中しばらく無言で撫で続けていると、居たたまれなくなってきたのか臨也は手を伸ばしてきた。
「…って、うぉ冷て……っ!」
頭上に乗せたままだった俺の手にちょん、と触れた臨也の手が余りにも冷たくて思わず叫ぶ。俺が叫んだことに驚いてか、反射的に逃げようとした手を逃がさないように掴むと、臨也の手はびくりと跳ね上がった。
「………てめぇ手が真っ赤じゃねぇか……。」
雪で遊んでいたせいで、いつもは白い手が痛々しいほど真っ赤に染まっている。臨也の手は完全に雪に体温を奪われていて、まるで氷を握っているようだ。
「……ったくよぉこんなになるまで雪触るなよ。」
とりあえず冷え切った手を擦ってやり、熱い息を吹き掛けて臨也の手を温めてやる。
何とか蒼白さが抜け、普段の白さにまで戻った手にほっとした。
「………………………あの、もう、いいです、………。」
何故に敬語、と無言を貫いていた臨也の唐突な台詞に、俯かせていた顔をあげる。あのお喋り過ぎて逆にうぜぇ臨也がこんなにも黙っていたことは気にはなっていたが、それよりも真っ赤になってしまったその手のひらを治すことが俺の中での最優先事項だったのだ。
顔を上げた先、視界に入った臨也の顔がさっきまでは真っ白だったのに、今度は真っ赤になっていて、霜焼けしちまったのかと焦る。
「おい、どうしたんだ。寒いのか?」
握っていた臨也の手を俺のジャージのポケットに突っ込んでやる。さっきまで俺が手を入れていたそこは充分に温まっているはずだから、ちょうど良いだろう。
りんごみたいに真っ赤になった頬を両手で包むと、それまで大人しかった臨也は弾かれたようにして暴れ始めた。
「っな、やめろよな!このタラシズ…っ。」
「なーに言ってんだーてめぇ。おら、頬も治してやるからおとなしくしとけ。」
「必要ないよ、ばかぁ!…っぅ、もう・・・…恥ずかしいからやめてよ・・・・・・っ。」
・・・・・・なんだ、そんな理由か。
臨也はどうやら俺に身体を触られていることが恥ずかしいらしい。冷えて少し浮腫んだ頬はぷにぷにしていて柔らかく、その気持ちよさから手を離せないのもあるが。こいつは分かっているのだろうか。
臨也が雪で遊び始めた頃くらいからクラスメイトの何人かはこいつのことを遠めに見ているということに。
自分の事に関心がないのか知らないが、臨也が手や顔を真っ赤にさせてはしゃいでいる姿はちょっとというか結構俺には威力があった。俺でさえヤバいくらい可愛いと思える姿を、他の奴らに見せたくねぇし、第一じろじろと見さすのは気分のいいものじゃない。けれどこいつにはその自覚が無いらしいので、俺がなんとかしてやらない限り無駄なのだろう。
いまだに腕の中で臨也は暴れるが、仕方ない。これからも俺が気に掛けてやるしかねえか。と胸に臨也の顔を押し付けながら考える。
「うるせぇよ・・・・・・てめぇ顔真っ赤に腫れて不細工になってんだよ。、離して欲しかったら顔暖めろ。」
ぽつりと呟いた言葉は臨也に衝撃を与えたようで、ぴた、と動きが止まったかと思うとすりすりと顔を胸に摺り寄せてきた。
「・・・・・・・・・・・・顔の火照りが治るまで、だからね・・・。」
見えていないが頬を赤く染めたまま、ひどくぶすくれた声音で臨也が呟く。真下に見える髪から覗く、形の良い耳まで真っ赤になっていくのを見ながら、おお好きにしろよ、と言ってやった。
とりあえず俺は真っ赤に成る程寒さに弱いこいつの事を、少しでも熱を分けて暖めてやろうと思う。
「……あーホモップル爆発しろ。」