無人駅 | ナノ




  無人駅









 待ち合わせにはまだ、時間に余裕があった。
 平日の昼間だというのに、池袋駅には学生らしき若者がたくさんいる。いけふくろうの前で一時に、なんてベタな待ち合わせ場所を指定したのは昨夜の話。彼の仕事は時間に不規則だから、深夜にいれたその留守電を聞いてくれているかいないかは判断できない。
 
 そうでなくても相手が俺の言うことを聞いて、この場所にやって来るという確率なんて無いようなものだ。あったとしても一分くらいしか望みのない賭け。
 だから始めから期待しているわけではないのだ、しているわけではないのだが。

 それでも、もし。あいつが少しの慈悲か、気紛れでも起こして俺の前にでも現れたのなら傑作だろうと。ただその幻のような瞬間を見逃さないためにだけ、ここにいる。

 高校を卒業してからも、望まずとも何度も顔を合わせてきた。
 大抵は俺が池袋に来て、彼がそれに怒り心頭して。という被害者は俺の方ではないかと言ってやりたくなるようなものばかりだった。
 

 あいつが毎日をどう過ごしているかなんて、知りたくなくても勝手に耳に入ってきたし、詳細を調べられるくらいには、俺は情報網に長けていた。

 
 冬は寒い。
 マフラーを巻かない首は、空気に晒されているとひどく冷え込む。普段は開いたままにしているが、こんな日にはそんな装備では耐えられず。コートのジッパーを上まで引き上げて、ファーに顔を埋める。

 女々しい、というか弱い感想はあまり洩らしたくはないのだけれど。


「…………やっぱり、寂しいんだよなぁ…。」


 肩にかけていたボストンバックを抱えなおす。
 今、このバックに入れてない物は、部屋に残してきて、数日経ったら非合法の業者に全て破棄してもらうように頼んである。ここにあるのは、折原臨也と少しの生活用品たちのみだけだ。
 首のことは波江に任せたし、重要な書類には俺自ら神様アタックを施してきた。

  別に危険な目に陥って逃げようとしているわけではない。ただの気紛れなのだ。
“情報屋が突然消えたら人間たちはどのような行動に出るのか。”
それが知りたいだけ、意味はない。
 だからアイツだけの行動が気になっている訳ではない、断じて。

 いけふくろうの間抜けな顔が視界に入る。
 もう、そろそろ約束の時間から一時間以上が経つ。どの入り口にも、群衆の向こうにも。あの目立つ金髪は見当たらない。向かいにある売店のおばさんが気まずそうに待ち惚けをくらっている俺と視線を合わせないようにしている。

 潮時かな。 

 自分の吐く息が、ここに訪れた時よりも白く見えて。指先が上手く携帯を操れなくなって。自分がどれだけ馬鹿なことをしているのか、思い知る。 
 本当、女々しいじゃん。
 はっ、と嘲笑しようと弛ませた口元をそっと腕で隠して、これで最後と人の群れへと視線を走らせる。

 いない。
 分かりきっていた事だ。諦めて自然と熱くなる目元を誤魔化して歩き出す。

 ずん、と肩にかかる重さが酷くなったような気がする。靴の中に鉛を仕込まれたように重くなった気がする。泣き叫びたい気がする。全部、気のせい。

 あらかじめ遅くなることを想定して買っておいたチケットを通して改札を抜けると、シーズンでないからか人の姿は疎らだ。片手で足りるほど。新幹線はまだホームに入っていないから、仕方なくベンチに腰掛けた。

 本当に一人でいると、嫌なことばかり考えてしまうようになった。

 期待していないなんて、笑ってやろうなんて、全部、嘘。
 泣きそうなのが気のせいなんて。それも嘘。
 一人でいるホームは寂しくて寂しくて寒いのに、流れ始めた涙で目元だけは熱い。




「・・・・・・・・・・・・どこまでも、追い回すって言ったじゃんかぁ・・・・・・・・・っ。」




 ぐしぐしと鼻水まで垂れてきて、ほんと眉目秀麗が台無しだよ。ティッシュとかハンカチとか持ち歩くのを忘れたから、汚くなるのも嫌で、服の袖で拭うことも出来ない。
 良い大人が、とは思っても。悲しいのだから泣くことを止めれない。



「・・・ふっ・・・・・・うぁ・・・あぁ・・・・・・っ。」



 もう少しで時間。ホームに列車が入ってくる。
行く先は今まで生きてきた中で、名前も聞いたことも無いような田舎。せっかく彼に合わせて選んだ場所だというのにあんまりだ。
 それでも今更キャンセルするなんてこともプライドが許せなくて、荷物を持ち上げ立ち上がった。



 瞬 間、








「・・・・・・っ、・・・・悪い・・・。」



 ふわりと後ろから回された腕がマフラーを首元に巻いてきて、驚いた。マフラーを巻き終えた腕はそのまま優しく俺のことを抱きしめる。はぁっと荒い息を吐く口を、耳元に寄せてくるこの男を、俺は知っている。


「いきなりすぎんだろ、バカヤロ……焦ったじゃねぇか。」


 さっき聞いたから、準備も何も出来てねえよ。と愚痴る声が俺の求めていたもので、本物かどうか疑ってしまうくらいには戸惑っている。
 急いで走ってきたのか未だに息が整わない彼は、きったねぇ顔。と笑いながらぐちゃぐちゃになっている人の顔を自分のマフラーで拭ってきた。汚いのに。


「おい、てめぇのせいでこっちは身一つで来てんだから責任、取れよな。」
 

 照れくさそうに笑うシズちゃんに、普通に応えてやるのは悔しくて。ぎゅっと思いっきり抱きつきながら告げてやった。












「あと、一分遅かったら人身事故起こしてやるところだった。」
「やめろよなー、てめぇ助けんのに線路飛び込むのとか嫌だぜ、俺は。」


 ぎゅっと抱きしめ返してくる腕の中は暖かくて。
 たまには、こんな愛の逃避行もいいんじゃないかと思った。








 ( 愛の終着駅 )









池袋駅の中どうなってたかとかうろ覚えです。




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