【1】 ここは全国から名だたる家の令息令嬢が集まる金持ち学校、ロマレス学園。 そこに周囲の視線を一身に浴びている者が二人。 一人は時代が時代なら華族と言われていた小花衣家の一人娘、小花衣梓。 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。 美人という言葉はこの女のためにあるといっても過言ではない。 しかしそれも……、 「ねえ楓……、あんな形の良いお尻見たことないわ。触りたい」 口を開かなければの話だが。 「……またですか。お嬢様、何度も言いますがもう少し淑女たる言動を心掛けてください」 「何よ、発言くらい自由にしたっていいじゃない。楓のケチ」 「……」 そんな名家のご令嬢とは思えない発言を毎度嗜めるのが、梓の専属執事であるこの男、不動楓の役目である。 この男もまた外見だけは一級品の梓と同じく、周囲の視線を止め処なく浴びていた。 それは容姿もさることながら、この男が類を見ないほど優秀だからである。 ロマレス学園には専属の執事学校がある。 将来国を背負う人材のサポートをするために、幼い頃から専用の教育を受けるための施設だ。 執事学校はロマレス学園と同じく初等部から存在するが、不動楓は中等部から入学した。 実力至上主義である執事学校の特徴として、学年で差別化することはなく、皆同じ教育を受け、同じ成績のつけ方をする。 しかしそれでも学んできた年月というハンデはあり、3年生が成績上位を独占する中……なんと楓は1年目でトップの座を掴み取ったのだ。 これだけでも執事学校創設以来初めての偉業だというのに、楓は3年間一度たりともトップの座を降りることはなかった。 そんなバケモノ並の才を持つこの男にはもう一つ他と違うところがある。 「あっ、楓!じゃああの胸筋は?アレなら触っていいでしょう?」 「いい加減にしてください」 「……ダメ?」 「そんな顔しても無駄です」 そう、この男。全く動揺することがない。 ピクリとも表情を動かさないのだ。 これは小花衣梓を知っている学園中の誰もが驚いた。 いかに心の内で邪なことを考えていようとも、梓が笑えば老若男女問わず誰もが虜になる。 梓はそんな常人離れした魅力の持ち主であるのだ。 にも関わらず、梓の『……ダメ?』という破壊的な可愛さを前にしても眉ひとつ動かさない。 高等部からは、執事学校中等部で優秀な成績を修めたごく一部の執事が、令息令嬢の専属執事としてロマレス学園に通うことを許されている。 既に梓と楓が入学してから1年経つが、梓の魅力を持ってしてでも無表情を貫き通す楓に“鉄仮面堅物執事”という異名が付くのに時間はかからなかった。 ◆◇◆ 「もう〜、楓ってばすっごく厳しいのよ?もうちょっと自由にさせてもらってもいいじゃない?」 「ふふふ、お嬢様を自由にしたら大変なことになりますから」 「まあっ、マリまでそんなことを言うなんて」 学校から帰り、湯浴みの最中。 梓は学園での楓に対する愚痴を専属メイドに零していた。 マリは梓が生まれてからずっと世話をしている乳母のような存在だ。 楓とは違い梓と歳が離れているため同じ学園に通うことは叶わないのが、マリの唯一の不満。 そのフラストレーションをこうして湯浴み最中に学園での話を聞くことで発散している。 「生まれた頃から執事やメイド達の素晴らしい肉体美を見ていたせいで、綺麗なモノには触りたくなっちゃうのよ。ほら、マリの引き締まったくびれとか堪らないわ……」 「お褒めいただきありがとうございます。内容がどんなに淑女らしからぬ変態発言でも、お嬢様に褒められるのは嬉しいです」 「じゃあ……ついでに触ってもいいかしら?」 「それはダメです」 即座に拒否られ、ムムム、と頬を膨らませる梓。 そんな顔もまた愛らしい、とマリは頬を緩めた。 こうやって他人の肉体美を褒める梓だが、梓自身も相当なプロポーションを保有している。 すらりと長い手足に、豊満な胸。細いのに出るところは出ている。確かに日夜激しい仕事をこなしている執事やメイドのような筋肉はないが、バランスのとれた女性らしいボディラインだ。 そこでふと、マリは思った。 筋肉や肉体美が三度の飯より好きなお嬢様。 イイ身体を前にすれば誰彼構わず飛びつこうとするくせに、誰よりも綺麗な身体をしている執事には一切手を出そうとしないのだ。 「お嬢様……ふと疑問に思ったのですが」 「なあに?」 「何故楓には触ろうとしないのでしょう?アレは誰が見ても極上な身体をしていますのに」 「そ、それは……」 そう、楓は幼少期から梓の専属執事になるべく厳しい特訓を行ってきた。 今となってはこの屋敷の誰よりも鍛え上げられている。 といっても、ただゴツいわけではなく、しなやかさのある綺麗な筋肉だ。 マリは楓の身体が梓の好みドンピシャだとわかっていたので、一向に手を出す気配のない梓に疑問を抱いていた。 言葉を一旦切って瞳を揺らす梓を、マリはじっと見つめる。 「……怖いからよ」 「楓がですか?まあ確かに“鉄仮面堅物執事”などと言われていますが、お嬢様にはなんだかんだ甘いでしょう」 「いやそうではなくて……嫌われるのが怖いのよ!」 「はい?」 「いくら小言は煩い楓でも、私がお願いすれば聞いてくれると思うわ。でも……無理矢理嫌なことして嫌われたくないじゃない」 「……お嬢様。それなら変態発言も控えた方がいいのでは?」 「それはそれ。発言の自由くらい許してほしいわ」 「……左様ですか」 マリは、どこまでも変態で少し不器用な梓に呆れ笑いが溢れた。 なるほど、嫌われたくない……か。 これを彼が聞いたら、どうなるのかしらね。 と、ここにはいない誰よりも優秀で、どこをどう切り取っても綺麗な執事を思い浮かべた。 ◆◇◆ 所変わって梓専属執事室。 「はあっ、はあっ」 部屋には荒い息遣いが響き渡る。 それは紛れもなく不動楓のもので、筋肉を維持するためのトレーニングの最中だ。梓の専属執事になると決めてから、一日たりとも欠かしたことはない。 傍らには一枚の写真。そこには白いワンピースを着た少女が満面の笑みを浮かべている。 コレがあれば、どんなにキツいトレーニングにも耐えられるのだとか。 本日のノルマを一通り終わらせ、写真を手に本棚へと歩み寄りズラーと並んでいるファイルの中から一つを取り出した。 背表紙には『お嬢様の軌跡〜12歳〜』と書かれている。 「やはりこの頃のお嬢様はまだあどけなさが残っていて一層愛らしいな。勿論今の大人っぽいお姿も非常に美しいが」 静かな独白に返事が返ってくることはない。 写真を元あった場所に収め、ファイルを閉じようとする……が、ページをペラリと捲った。どうやらまだ閉じる気はないらしい。 初めは静かに眺めていた楓だが、段々息が荒くなってくる。 それは何もトレーニングの疲れが原因ではない。 「はあっ、お嬢様は何故触ろうとしてくれない?お嬢様好みの身体を手に入れるため日夜鍛えてきたのに……私では満足できないというのか?……クッ、焦らしプレイもなかなかだな」 はあ……と、興奮してくる気持ちを抑えようと一旦息を吐く。 その姿は既に学園で見せていた姿――“鉄仮面堅物執事”ではなかった。 「それにしても……お嬢様の前では上手く振舞えているのだろうか。ボロを出さないように表情は常に消しているが……」 そう、世間一般では変態お嬢様を嗜める堅物執事。 しかし真実は少し異なる。 「願わくは……お嬢様に身体の隅々まで触られたい。ついでにぶち犯されたいっ」 つまるところ、この執事も変態であった。 |