True Colors


「ねえ、見てあの二人」
「うーわ、本当いつ見ても地味だね」
「あのメガネとかダサすぎ」

校門をくぐるとそこかしこから聞こえてくる声。
それもそのはず。
今、私の姿は堅苦しい黒髪おさげに、本当に前が見えているのか疑いたくなるピン底眼鏡。制服は特に校則も厳しくないのにカッチリと規則通り着ている。
どっからどう見ても突っ込みたくなるような“地味女”。

「相変わらずうっぜえ視線」

そしてこれは隣を歩く男も同じようなもの。
私と同じくダサいピン底眼鏡に、全く手入れのしていないボサボサ頭。加えて猫背なせいで根暗オーラが半端ない。
不満げな男に私は何度言ったかわからないセリフを吐いた。

「そんなに嫌ならソレ、辞めればいいでしょ」
「えーだってそしたら俺に近付くなって言うじゃん」
「当たり前。目立つのは嫌だもの」
「……今も十分悪目立ちしてると思うけどな」

ふん。いいのよコレは。
確かに陰口は言われるけど、“以前”のように話しかけられることはないもの。
私はできるだけ静かに過ごしたい。
“以前”の姿だと何もしていないのに人が寄ってきちゃって、大好きな読書の弊害になるのだ。
そしてこの男も私と“同類”。
幼稚園の頃からの幼馴染であるコイツとは腐れ縁で、ずっと行動を共にしてきた。
中学時代、急に姿を変えた私に驚いていたが、それでも距離を取ることはなく。
私がどんなに『離れろ』と言っても喋りかけてきたこの男に……周りの連中が黙っていなかった。
私だけ変わったのでは、一向に平静は訪れない。
したがって高校へ上がるときこの男に告げたのだ。
『その姿を改めないのなら学校では一切話しかけないで』と。

「なあお願い!一日だけでいいから“元の姿”に戻らねえ?」
「嫌」
「そこをなんとかさ〜」

めげずに懇願してくる男に溜め息を零す。
中学までとは180度違う周りの態度に耐えられなくなったのだろう。
私はもう慣れてるから気にしないけれど、この男は昔から堪え性がなかった。

だからそんなに嫌なら自分だけ戻ればいいのに。そして私に近寄らなければいい話だ。
そう何度も言っているのに、この男には『私から離れる』という選択肢はないようで。
それならブーブー文句は言わないでほしい。

これはある日のこと。

「……いっ、」
「あ、ごめーん地味すぎて気付かなかった〜」
「キャハハハ!ちゃんと前見ろっての!」

休み時間、私の憩いの場所、図書室へ向かっている時だった。
ドン!と背中に生じた衝撃。
突然のことに対処しきれなくて片膝をつく私に、真上から降り注がれる女の声。
……後ろからぶつかってきたクセに、前を見ろはないでしょうよ。と不平を漏らしたくなるが、ここで反論したらより面倒なことになるのは百も承知。
振り向くこともなく足早にこの場を去ろうとしたら、焦ったような男の声が聞こえた。

「おい!お前達何してる!」

聞き慣れた声。
アイツだ。あの男が、私達を発見してそのまま駆けてくる。

「誰かと思えばもう一人の地味男じゃん〜」
「ほんとあんたらお似合いだよね。付き合ってんの?」
「えー何それキモすぎ!こんな地味な奴等の濡れ場とか想像するだけで吐きそう〜」

そうキャッキャと笑い合っている女達。
想像しなければいいのでは、と真顔でツッコミたくなるが、コレがこの女達の貶め方なのだろう。
付き合うのも馬鹿馬鹿しいのでまだ辿り着いていないあの男を待つことなく図書館へと向かう。

「あっ、おい待てよ弥生やよい!」
「……何よ、たつみ

漸く追いついた男がパシリと私の腕を掴む。
それに対し、私は心底面倒そうな声を出した。

「何じゃないだろ!あいつらお前にっ、」
「さあ。ただぶつかっちゃっただけじゃない」
「お前な……、」

なんて、明らかに故意だとわかるものだったがそれを言っても仕様がない。
それに怪我はなかったし、気にするだけ無駄だ。

「ああいうのは、黙ってたらどんどんエスカレートするんだぞ」
「ふぅん。でもまだ被害ないからいいよ」
「ふざけんな!」
「っ、」

びっ、くりした。
巽が私に怒鳴るなんて、初めてじゃないだろうか。
なんだかんだ私には優しい巽が、今は怒っている。

「なあ、やっぱり“元の姿”に戻ろう?そしたらあいつらだってこんなことしないだろ」
「言ったでしょ、私は……」
「じゃなかったら俺があいつらに何するかわかんねえぞ」
「……ッ」

そう、キラリと目を光らせた巽に慄く。
敵意はさっきの女達に向けられているというのに、何故だか私が脅されているように感じた。
何するかわからない、なんて。そんなの一番怖いじゃないか。

「……一日だけよ」

諦めたように了承する私に、巽は満足そうに頷くのだった。

◆◇◆

「よ!弥生おはよう!」
「……おはよう」

次の日の朝、家を出ると既に巽が待ち構えていた。
いつになく明るい声に辟易する。
はあ……嬉しそうにしちゃって……。
最近ではすっかり忘れていた巽の“以前”の姿。
重苦しさしか感じなかった黒髪は丁寧にセットされていて、制服はだらしないとまではいかないが気崩されている。眼鏡がないせいでハッキリとわかる端正な顔立ち。
根暗オーラを醸し出していた猫背は跡形もなく、モデルのようにすらっとした体躯が一目でわかる。

「おー偉い偉い。約束通り“何も”してないな」

私の姿をまじまじと見て、感心したように言う巽。
そう、今日の私は“何も”していない。
いつも丁寧に編んでいるおさげはなく、髪はただ梳かしただけ。
あのダサい眼鏡も置いてきた。
この“本当の姿”に、何故だか人は黙っていないのだ。
私はただ、静かに読書がしたいだけなのに。

「ついでにその長いスカートも折っちゃえよ」
「嫌」
「だってその顔とは不釣り合いだろ?」

その顔ってどんなだよ。
制服に不釣り合いも何もないだろう。
そうツッコミたかったが、私の前に立ちはだかっていつまでも動こうとしない巽に、渋々言うことを聞いた。
……本当、今日一日だけだからね。

◆◇◆

「ちょ、誰あれ!?」
「あんな美男美女この学校にいたっけ!?」

学校に着くと、自然と集まる視線。
けれど昨日までのソレとは質が全く異なる。
それらを見て満足そうに笑う巽とは違い、私の口からは溜め息が出っぱなしだ。

下駄箱で別れ、それぞれの教室へと向かう。
歩いている間も一向に止まない視線の嵐。
しかし、私が自分の席に座るとソレはより一層激しくなった。

「は!?嘘でしょ!?その席ってあの女の席じゃん!!」
「俺が今見てるのは幻か……?」

信じられない、と言わんばかりの様々な声。
はあ、やっぱりうるさい。
いつもだったらHRまで読書をするのだが、とてもじゃないが今日はできそうにない。

「おいおいおい、じゃあ何か?あの女が松原弥生だっていうのか……?」
「何かの間違いだろ!?」
「でもさぁ、あの本いっつも読んでるやつだよ……」

そう女子生徒の声がして、一気に私が手にしている本へと視線が注がれるのがわかった。
あーもう。ウザいったらないわ。
ていうか、『いつも読んでる』ってそんなに私のこと見てたのね。
やっぱり地味すぎる見た目は悪目立ちしてたのか。
でも雰囲気というのはそう簡単に変わってくれなくて、あれくらいしないと平穏は訪れなさそうだったのだ。

チラリと、昨日私にぶつかってきた女達に目をやる。
すると丁度目が合い、女達は気まずそうにそそくさと教室を出ていった。
……あれ、絡まれると思ってたけどどっか行っちゃった。
これは、もしかしたら巽の言う通りかもしれない。

そうして、一日が過ぎていった。
確かに女達からイジメ紛いなことはされなくなったが、周囲からの不躾な視線は普段の何倍も鬱陶しかった。
地味な姿の時は基本空気のように扱われるだけだったのに、行く先々で見られる。それはもう半端ないほど見られた。
終いには“以前”のように名前も知らない男子生徒から喋りかけられて……。
今日一日、読書ができる時間なんて全くなかった。

したがって。
やはり“この姿”は一日限りだと、心に誓ったのだった。


to be continued?


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