Angel or Devil?

「センセイ、さよーなら」
「はいさようなら。明日もちゃんと来なさいよ〜」
「えー沙羅さらチャンの頼みなら仕方ないなぁ」
「“先生”を付けなさい」
「やーだ」

アハハハ!と笑いながら去っていく男子生徒。
全く……と呆れた表情をしながらも心の中ではほくそ笑む。

いや〜数ヶ月前は度重なる暴力事件を起こしたり、手のつけられないほど女癖の悪かった彼が、今ではすっかり大人しくなったじゃない?
彼に限らず、それまでどんなに悪名高かった生徒も今では毎日学校来て真面目に授業受けてるし(主に私の授業だけだが)。
他の先生からも『綾咲あやさき先生のおかげで更正する生徒続出ですよ』とか『これぞ綾咲マジックですね』とか滅茶苦茶有り難がられるし??

問題児と言っても所詮は高校生のガキ。
人心掌握術を完璧に心得ている私からしたら『生徒を虜にして言うことを聞かす』なんて朝飯前よね〜オーホッホッホ。
なんて高笑いをかましている時。

「綾咲先生、今お時間よろしいですか?」

もう下校時間はとっくに過ぎているというのに、下駄箱前でみんなに挨拶していた私に声がかけられた。
ん?私のことを『綾咲先生』と丁寧に呼んでいる生徒なんて一人しか……。

「椿くんじゃない。どうかしたの?」
「すみません、ちょっと相談したいことがありまして……」

振り返った先に立っていたのは、この不良高校では唯一といっても過言ではない優等生の椿玲一れいいち
彼は私の担当しているクラスの委員長だ。優等生なのに不良連中とも仲が良く、就任当初からいろいろ助けて貰っていた。
例えば、不登校だった生徒の性格や、暴力事件が起きやすい場所、更には男子生徒の好きな女のタイプを教えてもらったりなどなど。
そんな変なことを聞く私を詮索することもなく、人当たりの良い笑みを浮かべ答えてくれる彼。
勿論成績も良く先生からの信頼も厚い彼は『ゴミ溜めに舞い降りた天使様』などと言われていた。
いやゴミ溜めって。
他の子達が可哀想だろうとも思ったが、確かにいろんな先生の話を聞くに私がここへ来る前は散々だったらしい。
今まで幾つのクラスが学級崩壊して何人の先生が辞めたことか……。
とまあそういうわけで、この椿玲一という生徒のことは私含め先生方のお気に入りだ。
そんな生徒の相談とあらば、断るわけにはいかないだろう。

場所を変えたいとのことで、私達のクラスへと足を運ぶ。

「その節はありがとうね。君のおかげでやっとクラスが纏まってきた」
「いえ、僕は何も。全て先生の努力ありきですから」
「ふふ、ありがとう」

爽やかな笑みで私を褒めてくれる椿くん。
普段から自分の能力に傲らず謙虚に振る舞う彼。
男とは思えない綺麗な外見も相俟って、確かにこれは天使のようだな。

「それで?相談って何?」
「ああ、それなんですが……」

彼ほどの男が一体どうしたんだろう。成績……は相変わらず全国模試の上位にも食い込むレベルだし、人間関係は……先生生徒問わず順調にファンを増やしていっている。
一体何が問題なのやら……

「どうやら僕、先生のこと好きになっちゃったみたいです」

ああなるほど好きにね……って、は?

「今まで散々先生の手で更正していく人達を見ていたら、仲良くなっていく様を段々羨ましく思うようになって……」
「え、いや、ちょ、は?」
「でも不良じゃない僕のことなんて全く興味を持ってくれない。……そこで僕、考えたんです」

いやいやいや、ちょっと待って?この子は一体何を言っている?

「そっか、じゃあ僕も不良になればいいんだって」

ええええええ!!?
どゆこと!?
何がどうなってそうなった!?

「俺、センセーのこと本気なんで……覚悟しててね?」

――――この日を境に、私の順風満帆な教師生活が一変するとは、

「え……いや、椿くん!?」
「ふふ、焦ってるセンセーもかーわい」

この時の私は思ってもみなかった。


to be continued?

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