Clover


≫Clap ≫Top

最後の夏


夏休み、最後の思い出


「え?旅行?」


高校最後の夏、快斗と初めてプールデートをした数日後の午後、哀ちゃんから電話がかかってきた。
なんでも博士の発明品を手に1週間ほど2人で出掛けるらしい。


「なんで哀ちゃんまで?」
「途中、私が手伝った場所があるから」
「なるほど」


だからその間世話してくれないか、って聞かれたわけだけど。


「新一は?」
「工藤くんが世話できるわけないじゃない」


事件が起こったら餌も忘れてそっちに行くでしょ、って言う哀ちゃん。
まぁ…そうだよなぁ…。


「ダメかしら?」
「持ってきてくれるんだよね?」
「もちろん」
「うん、じゃあいいよ」


そう言ったのは確か3日前。
その後博士と新一と哀ちゃんの3人で江古田のマンションに運んできた。


「な、なんでっ…!」


そして運び込まれてから気がついたこと。
いや…、正確には思い出したこと。
それは、


「なんで部屋の中に魚がいんだよっ!!!!!!!!」


快斗が大の魚嫌いで、哀ちゃんに世話を頼まれたのは博士が飼っている熱帯魚だった、ってこと。


「魚って言うか、水槽に入った熱帯魚ね」
「魚は魚だっ!!!!!!!!」


気づいた時には、時すでに遅し。
快斗様、大暴動を起こそうとしてます。


「…哀ちゃんに頼まれたから?」
「断れ」
「え、」
「今すぐ返して来い」


いや…。
暴動を起こすだけの元気がすでにない…?
真っ青な顔で水槽を指差したまま私の顔の前にグィッと自分の顔を突き出し言ってきた。


「今頃哀ちゃんたち北海道だよ?」
「届けて来い」
「…普通に考えて無理でしょ」


大人の男2人がかりで運んだ水槽、何が悲しくて1人で北海道まで届けるの。
…いや、根本的にはそういう問題ではないけど。


「無理じゃない!やれ!!」


…快斗の主に宮本くんに対しての無茶振りは日常茶飯事だけど、私に対してここまで無茶振りって珍しいな。


「でもほら、1週間だけだし?」
「ふざけんなっ!!!!」


なんて、のん気に考えていた時、フッと気がついた。


「よく見ると可愛いよ?」
「可愛いわけあるかっ!!!!!!」


快斗、不自然なほど水槽の方を見ていない。
…嫌いなのは知ってたけど、そんなに…?


「でも別に害があるわけじゃないし、」
「存在が既に害なんだよっ!!!!!!!!」


…よく見たら快斗冷や汗掻いてる…。
え、そんなに!?


「じ、じゃあもうちょっと部屋の隅に移動させるから、」


こんな快斗を見てさすがにヤバイと思った私は、慌てて水槽の近くに行く。
…ん、だけど、大人の男2人がかりで運んできた水槽、私1人でどうにか出来るわけなく…。


「う、動かな…」


一応動かす努力って言うのはしてみるものの、全く意味のないものになっていた。


「ね、ねぇ快斗、」


チラッと快斗を見るものの、


「…………」


私の方を見ようともせず腕を組んで目を瞑っていた。
そんな快斗を見たら、ピタリ、とくっついた水槽が冷たくて、なんだか気持ち良いなぁなんてどうでもいいことを思った。
押せども引けども当たり前だけど、びくりとも動かない水槽を前にどうしようかな、って思った時、


「早希子ー、いるかー?」


この場をさらに混乱させそうな声が響いた。


「新一、どうしたの?」
「おー、熱帯魚の餌渡しそびれて、」


コナンから新一に戻った時、異常なほどごねた新一にマンションの鍵を渡した。
新一がそれを悪用することはないけど、まぁ…、たまにこういうタイミングで奇襲をかけてくる。


「なんだ、黒羽もいたのか?」


…あれ?


「いちゃ悪ぃかよ?」


もしかして新一、


「いいやー?てゆうかオメー機嫌悪くねぇ?」


快斗の魚嫌い知ってて熱帯魚運び込んだ、とか…?


「…別に俺は、」
「てゆうか見たか、コレ!博士が知り合いから貰った熱帯魚!なんか和むよなぁ!!」
「…………………」


…とか?じゃなく、確実に知ってて運び込んだのね、新一…。
快斗があからさまにイラッとしたのがわかった。


「ねぇ、新一、」
「早希子も見てみろよ!これコイツ、すっげー珍しいんだって!」
「知ってるかもしれないけど快斗実は、」
「なんと一匹15万!!」
「…はっ!!?熱帯魚ってそんな高いの!!?」
「いやいや、コイツはまだ安い方で、高い奴は100万近くするんだって!」
「ほんとにっ!?…やだ、そんな高額だなんて知らずに預かっちゃった…」
「大丈夫だって!普通に餌やって水温に気をつけてればいいんだから!なぁ、黒羽?」


新一の「なぁ、黒羽?」の声で再び事態を思い出した私。
…に、さっきより冷や汗を掻きながら、それでも決して水槽を見ずに、


「早希子っ!!」


私の名前を呼んだ。


「な、なに?」
「オメーは俺とコイツ、どっちの味方なんだよっ!!!?」


こんなことに味方も何も、って言おうと思ったら、


「そんなん俺に決まってんじゃねぇか!」


私が言うより先に新一が答えた。


「オメーに聞いてなんかっ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!??」


その新一に食って掛かろうとした快斗。
…は、それまで決して見ないようにしていた熱帯魚をモロに見てしまったわけで。
まるで殺人鬼にでも遭遇したかのような雄叫びをあげ、


「コイツ、倒れたんだけど…」


その場に気絶した…。


「宮本くんから聞いてたけど、ほんっとにコイツ魚ダメなんだな…」
「新一…、知ってたなら試さないで…」
「いや、聞いてただけでそんな馬鹿な、って思ってさぁ」


ごにょごにょと言い訳する新一。
足元には青い顔して倒れている快斗。


「で、どーすんだ?コレ」
「責任持って快斗ベッドに運んであげてよね。それからその水槽ももっと部屋の隅に寄せてあげて」


肩を竦めて快斗を抱き起こし、ベッドに連れて行く新一。
…起きてから大変そうだけど、それは起きてから考えることにしよう。
こうして、私の高校最後の夏休みは快斗の雄叫びで幕を閉じた。

.

prev next


bkm

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -