Clover


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2度目のバースデー


月明かりの下で


「しっかり掴まっていてください?」
「う、うん…」


キッドの手を取った。
瞬間、抱き寄せられた。


「これはここに置いて行きましょう」


そう言ってバラの花束をベランダのイスの上に置いた。
そして失礼、とキッドが言ったかと思ったら、気がついたらベランダの手すりに立つキッドに抱きかかえられていた。


「いいですか?」
「うん」


抱きついたキッドからは、いつもの快斗の匂いの他に、ブルガリアンローズの甘い甘い、匂いがした気がした。


「…では、お姫さま。満月の夜の空中遊泳、ご堪能あれ」
「っ!?」


言うが早いか、私を抱えたキッドは闇夜に吸い込まれるように落ちた。
そう、落ちた。
ベランダの手すりから、私の部屋がある方とは逆側に、躊躇いなく落ちた。
わかっていてもこれは、多少なり恐怖が生まれる。
特にこんな暗闇。
…快斗はいつも、こんな中に飛び込んでいたんだ。
そう思った。


バサッ


大きな音と共に伝わる、独特の浮遊感。
体がこの暗闇の中、浮かび上がったのがわかった。


「見えますか?左側」


しがみつくように抱きついていた私に、キッドが声をかけてきた。


「…きれい…」


言われた先には、大きな丸い丸い月が青白く光輝いていた。


「手が、届きそうだね」


手を伸ばしても届くわけない。
そんなことわかっているんだけど。
あまりの月の綺麗さに、手を伸ばさずにいられなかった。


「…なに?」


キッドがクスッ、と笑ったのがわかった。


「可愛いなぁ、と思いまして」
「…バカだと思ったんでしょ?」
「まさか、そんなこと!」


心外だ、とでも言うようなキッドの大袈裟な口ぶりが余計嘘くさい。
少し口を尖らせた時だった。


「盗ってきましょうか?」
「…え?」
「私に盗めないものはありませんよ」
「え、」
「例えそれが、あの月だとしても」


ニヤリ、って。
不敵に笑う快斗は、いつもの快斗だった。


「…いくらキッドでもそれは無理」
「おや、信じられませんか?私に不可能はありません」


そう言うとキッドはグライダーを大きく傾けて近くの高層ビルの屋上に降り立った。
私を立たせて、キッドはまたゆっくりと月を見上げる。


「ふむ…。風向き良好、天候も上々。これ以上ない条件ですね」
「…はあ…?」


キッドは特に何か準備するわけでもなく、私に向き直った。


「では、早希子嬢。心の準備はいいですか?」
「え?心の準備?」
「ええ。何せあの月をいただくんですから」
「…うん、まぁ、いつでもいいけど…?」
「では少し目を瞑ってくださいますか?3・2・1の合図で目を開けてください」
「こう?」
「ええ。…ではいきますよ?3、2、1!」


パッと目を開ける。


「あ、あれ?月が、」


目の前には、確かにそこに浮かんでいたはずの満月が無くなり、暗い夜空が広がっているだけだった。


「早希子嬢、手を」
「え?手?」
「…私に盗めないものなど、ありません」


そう言ってキッドから渡されたのは丸い丸い、


「スーパーボール?」
「いいえ、月ですよ。その証拠にほら、夜空から消えてなくなった」
「…いやいやいやいや」


手渡されたそれは、どう見ても夜光塗料を塗って淡く光っているスーパーボール。


「夜空に浮かんでいる時は誰をも魅了する輝きを放っていますが、貴女の前ではその輝きも薄れてしまう」
「…」
「せっかく盗み出したものですが、このままでは月明かりの下で愛を囁いている恋人達が悲しんでしまう。…元の場所に返してもいいですか?」
「え?あ、うん…?」
「では、失礼」


キッドが私の手の中からスーパーボール、いや、月を取り空に向けて投げた。


「すごい…」
「きちんと元の場所に戻ったようですね」


さっきまで暗闇だった空間に、月が戻っていた。


「快斗すごい!ほんとに月を盗んだみたいに見えたよっ!」


なんとなくの話の流れで、さっき急に決まったのに。
準備なんてしてる時間もなかったのに。


「…こんなんでいいなら、」
「え?」
「いつでもしてやるよ」


そう言って私を見るキッドは、キッドの姿こそしてるけど、私の良く知る快斗だった。


「ごめんな、早希子」
「…」
「許して、くれるか?」


快斗は泣きそうな顔で笑いながら言った。


「…約束」
「え?」
「したでしょ、去年」
「約束?」
「来年も、再来年も、俺が一番最初に祝ってやる、って」
「ああ…」
「あの約束破ってたら許さなかった!…でもちゃんと守ってくれたよね?…すごく、嬉しかった」
「早希子…」


快斗が目を細めて私を見ているのがわかった。
私は快斗のこの柔らかい笑顔が大好き。


「…私、も、ごめん、ね」
「…」
「でも私、ほんとに」
「いーって、もう!」
「え?」
「俺を許さなかったら、俺も許さなかったけど!」


口を尖らせながら言う快斗。
…どんな理屈だ。


「でも、これでおあいこ。…だろ?」
「…快斗」
「だから、ほら!」
「うん?」
「仲直りのちゅう!」


白い姿で両手を広げる快斗。
新一は奥手だから、こういうことで照れるのはよくある。
でも、快斗がこういうことで少し照れた顔をするのは、ちょっと、というかかなり珍しい。
それがすごく、愛しく思えた。


「快斗、」
「うん?」
「私、…快斗が大好きだよ」
「…俺も、早希子が好き。…誕生日おめでとう」


18歳、最初のくちづけは月明かりの下で。
青白く浮かぶ満月に見守られて、私は誕生日を迎えた。

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bkm

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