■1
「……か、快斗……」
「ん? どうかしたか?」
私は私の右手を握りながら一歩前を歩く快斗に呼び掛けた。
「ね、ねえ……。やっぱり、恥ずかしいよ……」
「何で? 良く似合ってんじゃん」
快斗は私の方に視線を向けながら、そう言った。
江古田高校のセーラー服……、そのセーラー服のリボンを左手でギュッと握りしめながら、私は俯き加減でこう言った。
「で、でも……。私……」
「大丈夫だって、誰も気づかねーって! 名前だってつい数か月前までは高校生だったんだし」
「でも! でも今は、大学生なんだよ!!」
『数時間だけの同級生』
「ねえ……、やっぱり着替えても良い?」
「大丈夫だって、誰も気づかねーって言ってんだろ? ホラ、何処行きたい? 映画? カラオケ?」
「……帰りたい……」
「あっ! あそこの角の所! アイスクリーム屋、新しくオープンしたみたいだな! ちょっと行ってみねー?」
「話を聴いてよー!!」
私が快斗と出会ったのは、高校3年の夏の事……。少年のように屈託なく笑うその笑顔に、一瞬で心を奪われた。
少しした後、快斗から告白された時は、死ぬほど嬉しかった。付き合う事になった時も、こんなに幸せでいいのだろうか、と思ったほどだった。
しかし、不安が全く無かったわけではない。
私は快斗が通う江古田高校ではなく別の、女子高に通っていた。それに快斗はすごくもてていたから、いつも気が気じゃなかった。
そして私の方が2歳も年上だった事も、あまり喜ばしい事ではなかった。常にある不安を抱えていた私だったが、哀しい事にその不安は見事的中してしまった。
今年の3月に快斗よりも先に高校を卒業してしまった私は、4月から念願だった大学に入学した。
勿論高校を卒業するのは当たり前の、普通の事であるし、私には将来やりたい事があったから、ずっと目指していた大学に合格出来たのはとても嬉しかった。
だが、新しく大学生となった私と、未だに高校生である快斗との間に、時間のずれが生じたのもまた事実だった。
以前よりも会える時間が少なくなり、私の不安はより一層増えていった。
勿論メールや電話は毎日のようにしているが、それでも会えない日が増えていくのは辛かった。
そんな中で久々のデートに誘われた私は、嬉しくていつも以上にメイクに気合いを入れ、この前一目ぼれして衝動買いをしたワンピースを着て、待ち合わせの公園に行った。
そこで快斗に手渡されたのは、紙袋だった。
これに着替えて、と強く言われ、渋々公園のトイレで紙袋の中身を確認した私が目にしたものは、江古田高校のセーラー服だった。
直ぐに快斗に電話で嫌だと言ったが、結局聴き入れてはもらえなかった。そして現在に至る――
「……何で、こんな格好を……」
快斗がアイスクリーム屋に行っている間に、私は少し離れた場所で待っていた。
一人溜め息をつきながら、セーラー服に視線を落とす。
こんな姿を知り合いに見られたりしたら……、そう考えるだけで心が落ち着かない。
でも今日は久々のデートなのだから、このまま帰りたくないと言う気持ちもある。複雑な感情が絡み合いながら、この場から動く事は出来なかった。
「名前ー! お待たせー!!」
両手にアイスクリームを持って走って来る快斗……、その笑顔は初めて出会った時と同じ、少年のような笑顔だった。
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bkm