涼野くんが僕の後ろをちょこちょこ歩く。 涼野くんが寒いと、僕のマフラーを巻く。 涼野くんが僕と一緒にいようとする。 それはまるですりこみで母親についていく鳥のようで、とても可愛かった。 今日も涼野くんは昼休みのチャイムが鳴ったすぐ後に、僕のクラスへ駆けつけてきた。一番最初に僕の名前を呼ぶ彼は笑っているように見える。目の前にいるアイキューくんは恨めしそうに僕を見るけど、気にしない。 「こんにちは」 「こんにちは」 お互いに言葉を交わし合うと、借りてきた椅子に涼野くんが座って、パンの封を開けた。今日はピザパンだ(ちなみに昨日は焼きそばパン)。僕も弁当を広げて、箸を持っていただきますをすると、涼野くんもいただきますと手を合わせた。アイキューくんも釣られて、手を合わせる。傍から見れば面白い光景だろうな。 もくもくと昼ご飯を食べ始めた僕らは、食べ終わるまで終始無言だ。食べているのに集中をする為だ。 涼野くんが一番先に食べ終わった。ビニールを綺麗に畳んで、ゴミ箱に捨てに行く。こういう所は律儀だ。 アイキューくんと同じ時間をかけて弁当を食べた後、僕は鞄から大きな袋を取り出した。安くなっていたからつい買ってしまった、チョコレートのバラエティパックだ。涼野くんが目を輝かせるのを感じる。 「食べる?」 「食べるさ、勿論。さ、ガゼル様」 アイキューくんは口の開いたそれに手を突っ込んで、赤いパッケージを彼に差し出した。一番甘いそれを、涼野くんは首を振って黒いパッケージを掘り出して口に入れた。アイキューくんが困惑した顔でチョコを口の中に放り込む。おかしいな、と首を傾げたのに僕を見て彼は納得したように頷いた。そっと僕の耳に顔を近づけて耳打ちをしてくる。 「ガゼル様は甘いのが好きなんだ」 「でもなんでブラック?」 「ほら」 僕の前に散らばる黒いビニールを指して、彼は涼野くんに視線をやる。涼野くんは僕の真似をしている、という事だろうか。僕は甘い物より苦い物が好きだから黒ばかりを食べているけど、黒を破いてはそれを食べる涼野くんの顔は少し浮かない。甘いチョコレートの方が好きなのに、ブラックだけをもくもくと食べている。甘味を味わう事なく噛み砕いては飲み込む。ただビニールの数を増やすだけだ。 「平気?」 「平気だ」 また袋から黒いのを取って、口に入れる。眉を寄せて、食べる彼は苦手な物を頑張って食べる子供みたいな表情をしていた。僕は赤と茶色のパッケージを勧めてみたけど、断固として首を振る。ああ、また彼の面倒臭い所が出てしまった。 「頑固だなあ」 「頑固じゃない」 「苦くない?」 「苦くない。美味いから食べてるんだ」 ぱき、とチョコが割れる音。 アイキューくんが笑いを堪えながら、僕に頑固な涼野くんに向かって何か言えと促す。元部下(少しおかしい表現だけど)と言えども、君も面白がっているんじゃないか。僕も笑い声を出さないように彼に話しかけた。 「涼野くん」 「ん」 チョコを噛みながら彼は返事をする。手に持つ、半分に割られたチョコが指の間で溶け始めていた。 「自分が苦手な物を克服するは良い事だけど、どんな時でも好きな物を貫く事はもっと良い事だよ」 「……そうか?」 「うん、大人おとな」 「大人……」 彼は溶けたチョコを口に入れ、あまり噛まない内に飲み込む。今のはどういう理屈だ、と自分でも思ったけど効果はあったようだ。「大人」と出せば、涼野くんは今までの考えを変え始める。しばらく動きを止めた後、彼は僕の方へ身を乗り出した。 「ほら、あーん」 あらかじめ封を切っておいたミルクチョコを彼に向かって差し出す。涼野くんは小さく口を開けて、チョコを受け取った。 「ん」 「美味しいでしょ?」 今度は噛み砕く事はしなかった。舌の上でゆっくり溶かすように味わって、飲み下していく。うっとりと目を細めて、甘美な味をよく口内に行き渡らせて、今度は幸せそうな顔をしてくれた。 「ガゼル様」 「アイキュー、ハイミルク」 「はい」 赤いパッケージを手渡すアイキューくんも微笑んで、僕に小さくありがとうと囁いた。 これで一件落着。胸の辺りがほわほわと温かくなる。 「ガゼル様、勉強する時に甘い物を食べると良いんですよ」 「糖分が摂取すると、脳が疲れにくくなるんだろう」 「そうです!」 「アイシーちゃんのクッキーが良いそうだよ」 「確かにアイシーのは美味しい」 「俺の妹ですからね、当然ですよ」 コールドスナップ? トモリ様からのリクエストで、「フリーズタッチミーの続き」でした。続き、と言えるのか…。シリーズ物? フブキングの大人っぽさに憧れる涼野と、それを見守る大人たち。苦いものが食べられる=大人と考えた涼野が、大人の心配を無視しつつ頑張りました。そして子供であるから単純です。 コールドスナップというのは、アメリカで暖かくなった春に突然起こる寒い期間らしいです。もしくは一時的な大寒波。フブキングに懐いてきた所で、思わぬ寒波。一時的にフブキングの言う事を聞かなくなった涼野でした。 トモリ様、リクエストありがとうございました! もし宜しければ貰ってやってくださいませ…。クレームなど受け付けますぁああ! 2010.02.28 初出 |