「何ともまあ、宴会やってるなんて聞いてないぜ」
「わたしもだ」

魔理沙の表情は清々しいものであったが、ガゼルの方はしかめっ面である。酒の匂いが充満していて、匂いだけで酔いそうだ。匂いも雰囲気もすぐ慣れるだろうが、宴の中に紛れたバーンの姿を見つけて気分が悪くなる。彼は霊夢とアリスとで盛り上がっているようで、何故かはよく分からないがとてもいらつく。バーンに気付かれぬよう魔理沙の影に隠れると、彼女はにやにやした。彼女もバーンに気付いているのだろうが、何となくガゼルの気持ちを察して体で庇うようにしてくれる。

「どうしたんだ、行かないのか」
「うん、まあこういうお前を見るのも面白くて」
「悪趣味め」
「バーンみたい?」

彼の名前が出た瞬間、ガゼルは彼女を軽く叩いて歩くように促した。にやつきを止めないまま、魔理沙は幾分か静かな方へ歩んでいった。
魔理沙に霊夢の所へ遊びに行こうと半ば強制的に連れてこられたが、博麗神社では妖怪の比率が多めの宴会が行われていて、中々に賑やかである。以前、八雲紫の言っていた、皆宴会好きという言葉を思い出してガゼルは頭を痛くした。宴会というのは無法地帯だ。研究所で研究員がおこなった宴会を思い出すと、酒というのはすごいという思いでいっぱいである。横に連れ添ってくれる彼女は元来派手なのが好きという事もあり、楽しそうであるが。
それでも、交友関係があまり広くないガゼルに気を遣ってくれたのか、彼女はレミリアと咲夜の方へと案内をしてくれた。酒を飲んで気持ち良さそうになったレミリアがやあ、と手を上げる。

「バーンは一緒じゃないのね」
「いいんだ、あんな奴」
「まあ、夫婦喧嘩ね」
「勝手に言ってろ」

魔理沙がガゼルを敷物の上に座らせ、グラスを持たせた。それに濁った日本酒を注がれる。あまり見栄えの良くない液体だが、美味いらしい。酒の味はもう覚えた。勢いに任せ、酒をあおる。

「おーいいね、その調子だ」
「じゃあもう一杯」

追加の酒を注がれ、また飲み干す。その度にレミリアは嬉しそうに笑った。

「今日は急な宴会だな」
「そうね。あの鬼が宴をやるって突然言い出して、準備をさせたそうよ。霊夢すごい怒ってたわ」
「ふーん。まあ騒げれば何でもいいや。ガゼル、これも美味いぜ」
「ありがとう」

同じグラスに違う酒が入った。味が混ざってしまうだろうが、そんな事は気にしない。飲んでしまえば一緒なのだから。ガゼルはまた酒に口をつけると、きゃーきゃーとレミリアは酒瓶を押し付けてくる。咲夜がしつこく何を喧嘩したのかと問うてくる。レミリアは色々うるさいし、咲夜の言葉がちくちく胸に刺さる。
もうあれだ、自棄酒だ。ガゼルはそう思った。いらいらが止まらない。バーンがいけない。直感的にそう感じる。

「じゃあ私はぶらぶらしてくるぜ」
「あ、私も行くわ」
「それでは私も。ガゼル、一人でも平気?」
「子供じゃない、平気だ」

そうかしら、と三人は笑ってそこを離れていった。ガゼルは静かになった、と目を閉じて酒を飲んだ。周りにある酒瓶を寄せ集めて、グラスにどんどん注いでは飲み下す。酒瓶が空いては、何時の間にか新たな酒瓶が追加される。おかげでガゼルが動かなくとも、酒は沢山飲めた。
少し気持ちが落ち着いた所で、グラスを置くと隣に誰かが座っているのに気付いた。飲むのに夢中で気付かなかったらしい。自分でも気付かないなんて珍しいな、と思った。隣に居るのは長くて明るい髪をした、幼い子供だ。しかしそれは見た目だけの話である。幻想郷に慣れて、それは良く分かっていた。そうでなくともすぐ分かる。頭から長い角が二つ生えていたのだから。

「中々良い飲みっぷりだね、お前が噂の番いだって?」
「誰だ」
「あははっ、そうだねえ。初めましてだ。私は伊吹萃香って言うんだ。ほら、お前の番だ」
「ガゼル」
「ガゼル? 結構かっこいい名前してんじゃないの。で、どうしたのさ。かっこいいガゼル君は、酒の席で浮かない顔をして。そんなんじゃ折角の美味しい料理も酒も不味くなっちまうよ」
「いいんだ。酒を飲んでると全てを忘れられると言うだろう」

そうガゼルが言うと、萃香は首を振って舌を鳴らした。

「いかんね、一番許せない飲み方だよ。美味しく楽しく酒は飲まなくちゃあ」

萃香はガゼルのグラスに自分の瓢箪から酒を注いだ。ふわりと甘い匂いが漂ってきて、頬が思わず緩む。だが未成年な為、味がどうとかよく分からないし、舌も麻痺してきている。

「何があったか知らないけど、吐いちまえよ。そういう吐いちまうじゃなくてさ、酔った勢いで今までの鬱憤を晴らすのさあ」
「鬱憤……」

萃香は瓢箪を口につけて酒を飲み、時々ガゼルのグラスに足してはまた自分の口へと動かす。その瓢箪へ酒を注ぎ足すという素振りは見せない。不思議だ、と火照る頬を感じながら考える。

「酔った勢いといえば、今まで出来なかった行動をしちゃうとかが多いね。気がついたら大変な事になってたりさあ。酒は飲んでも呑まれるなって、あはは!」

陽気に彼女が笑うものだから、ガゼルも釣られて笑った。もう自分の理性が何処かへ行くのを感じる。



バーンは辺りを見回してみたのだが、ガゼルを見つけられずにいた。彼も来ていると魔理沙に教えられたが、酔っ払い(特にレミリアや紫)の相手で満足に探す事ができなかった。足元に寝転がる酔っ払いたちを避けながら、隅の静かな所へ近づいていくとそこにガゼルが寝ているのに気付いた。

「ガゼル!」

思わず叫ぶと、彼の横で酒を飲む少女が手を振ってきた。

「ああー、えとー番いの赤の方?」
「うん多分。こいつどうしたんだ」

少女の下へ駆け寄ると、けらけら笑いながらガゼルの背中を叩く。

「気持ち良く酔い潰れたんだ。大丈夫、二日酔いになりにくい酒だから」
「そうか……じゃなくて、こいつそんなに飲んだのか!」
「あんまり?」
「あんたの基準からしたら全然ってだけよ。紫が呼んでるわよ、萃香」

何時から居たのかバーンの後ろから霊夢が顔を覗かせて、少女に言うと楽しそうに彼女は返事をした。さっきまで寝転がっていたのにまた起きたのか、あの隙間妖怪は。
霊夢と少女が離れた後、バーンはガゼルを揺すった。顔を真っ赤にしていて、どうも酒臭い。ガゼルは呻きを上げて、のっそり起き上がってその瞳にバーンを映した。

「ガゼル、平気か。気持ち悪くない?」
「んー」
「水持ってくる」
「待て、バーン。ん、貴様はバーンか?」
「うん、バーンだよ」

酔ってちゃんと相手を判断できていないらしい。とろんと淀む目に顔を近づけてやる。バーンと確認のできたガゼルは何度か彼の名前を呼んで、何かを話したそうだった。それを待ってやると、ガゼルは突然おかしな事を叫んだ。

「バーン! 君は一体誰の物なんだ!」
「はい?」
「いつも君の周りは騒がしすぎる! 馬鹿なお前の事だ、わたしよりそちらの方が良いんだろう! いつもわたしの事を置いていって! 君はわたしの物なのに!」

話に脈絡がない。ああ、酔っ払ってる。バーンは少し困った。
だが、彼の言っている事はとても嬉しい事である。「君はわたしの物」……。ん、あれ普通は反対じゃないか。

「お聞きしますが、ガゼルさんは誰の物で?」

疑問に思ってそっと聞いてみると、潤む瞳で睨みつけられる。馬鹿め、と唇だけが動いた。

「バーンに決まってるだろう。わたしの全てはバーンの物だ」

ガゼルはバーンの腕を引っ張って、自分の上に覆い被らせた。驚くバーンの下で、ガゼルが自分の唇を舌で舐める。発情している。バーンは本能的に興奮した。

「ほら、わたしを満足させてみろ。馬鹿バーン」
「ガゼル……、駄目だって」
「じゃあキスしろ」
「それも駄目!」
「何故?」
「だって……、皆が見てるじゃん」

ガゼルが首を反らせて後ろを見ると、そこには大きなスキマがあって幾つもの目が二人を見つめていたのだった。

「お願いだから、家に帰ってからな!」
「嫌だ、今がいい!」






萃酔粋








ぼろ様からのリクで「幻想入りで宴会に招かれるバンガゼ。酔っ払ったガゼルが珍しくデレる」でした。幻想入り関連だと、いつもバーン視点で東方キャラと絡むのも彼だったので半分をガゼル視点で書いてみました。ちなみに萃想夢は未プレイなのですが、直後設定です。結構幻想郷生活も慣れてきたよ、な感じで。
酔っ払ってデレるガゼル、なのですが…デレが足りなかったかな?すみません…。今思うと、このガゼルは酒に強いですね。バーンはそこまで強くなさそう。
ぼろ様、素敵なリクエストありがとうございます! 宜しければ黄身時雨と一緒にお受取り下さいませ。ミッシングパワーで踏み潰しも可です!

2010.03.08 初出



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