※拓南+天馬



「南沢先輩って、リップクリーム塗ってます?」
「はあ?」

 思わず、南沢篤志の口から間抜けな声が出た。
 突拍子のない事を質問した1年生、松風天馬はじっと南沢の唇を見つめてくる。この1年、南沢の目の高さまで背丈があったりする。小さく上目遣いをされる事に、複雑な思いを抱きながらも南沢は天馬を見返す。

「いや、塗ってねーけど。急になんなわけ?」

 存外冷たい口調になってしまった。それでも天馬はいつもと同じ声音で、彼の言葉に答えてくれる。

「すみません。その、綺麗だから」
「は?」

 予想外の言葉だ。
 手からスポーツドリンクが落ちそうになる。まあ、それは大げさな表現だったかもしれない。
 呆然としている南沢に構わず、天馬は言葉を紡ぎ続ける。

「南沢先輩の唇、ぷるんってしてるし、ピンクだし……綺麗だなあって前々から思っていたんですよ。なんか、女の子のよりも可愛いし」
「かわいい?」

 この1年は何を言っているのか。本当にこいつの言う事は理解できない。
 それで、と天馬が続けようとした所で西園信助の悲鳴が耳に届く。どうやら小さい身体で無理をして、重い荷物を持っていたらしい。足を縺れさせて転んでしまったようだ。痛そうな声が聞こえる。

「天馬ー、手伝ってよお」
「わっ信助大丈夫!? じゃあ南沢先輩、片付けに行ってきます!」
「あ、あ……」

 ぱたぱたと駆けて行ってしまった天馬を見送り、一度溜め息を吐く。
 そして、スポーツドリンクで濡れた唇を自分の指でなぞってみる。
 薄すぎず、厚すぎず、普通な唇だと思う。色もピンクだと言われたが、完全に色づいているわけではない。

「かわいい、か」

 男が言われて嬉しい言葉ではない。
 それでも少し頬が熱くなってしまうのは何故だろうか。




「今日松風に唇がピンクって言われた」
「へっ」

 夕日が照らす中、隣りだって歩く神童拓人に先程あった事を告げれば、素っ頓狂な声を出された。それはそうだ。自分だって同じ声が出た。
 神童は、間延びた音の後にぎゅっと肩から提げた鞄の肩紐をぎゅっと握り締める。

「へえ、そうなんですか」

 動揺の混ざった声音だ。
 南沢はそれを聞き逃さずに、目を細めた。同じ高さにある瞳を覗き込むようにすると、神童は肩を跳ねさせて一歩引き下がる。

「俺、そんなに唇色づいてる?」

 わざと人差し指を唇に置いてやる。ちょん、と唇を指で弾き、首を傾げると、神童はぎこちなく視線を逸らした。

「そ、うですね……」
「ふうん」

 自分でも意地が悪いなと思った。
 自然と口角を上がり、ひっそりと神童に囁く。

「綺麗?」
「……はい」
「可愛い?」
「……っ、はい」

 神童は肩紐を更に強く握った。恥ずかしげに目を逸らす素振りが愛らしいと感じられ、さらに嗜虐心を誘う。
 熱くなる耳を隠しながら、南沢は神童の頬を撫ぜ、耳に向かって吐息を吹きかける。

「みなみさわさん?」

 慌てる神童の耳を唇で軽く噛み、熱っぽい声で誘う。

「だったら、キスする?」

 自分も大概だ。
 こんな道のど真ん中で、誰が通るか分からない場所で。
 それでも南沢は面白おかしくて仕方なかったし、神童から離れようとはしなかった。
 神童が息を呑む。実際に、ごくりと喉が鳴っていた。

「いい、んですか?」

 南沢は頷く。
 神童の息をする音。傾く夕日の朱。何処からか漂う肉料理の香り。シャワーの音。唇を吸う音。粘膜が触れ合う音。
 幸せそうな声。喧嘩する声。食事を促す声。猫の鳴き声。

「南沢さん」
「ん?」

 唇を離すと、神童は南沢の肩口に鼻を押し付けた。頬をくすぐる柔らかい髪からは、良い匂いがする。
 そして告げられる、甘い言葉。
 南沢は自分もだ、と言葉を吐き出すと、さも幸福そうな表情をした神童と目が合った。

「ああ、また泣いて。全く」

 唇から舌を突き出す。
 目を瞑った神童の目の縁から溢れ出た、その甘露を……。



飴をのみこむ







中学生らしき男子の唇が綺麗なピンクでぷっくりしていたのを見かけて。
南沢先輩もこんな風に麗しい唇をしているんです?
神童くんは動揺しながらも、結構大胆な事をしそうだ。
わけのわからない文になってしまった、ガッテム!

11/07/19 初出

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