モノクローム


 僅かな隙間から差し込んでいた光が、やがて消えた。真っ暗になった荷台の中で、皆ただ沈黙していた。
 隣に蹲っているガゼルは、ぞっとする程冷たい。頬を叩いてやると、温い水滴が手の甲に引っ付いた。俺はガゼルの手を探し出し、そして握った。まじ冷てぇ。

「ガゼル」

 囁くように言ったけど、確かな音となってそれは空間に霧散した。ガゼルはじっと動かない。
 握った手がやっと生温かくなった所で、こいつは口を動かした。小さく、本当に小さく、父さんと呟いた。
 俺を含む、その場の全員が身を震わせた。

 父さんが、警察に捕まった。
 それを聞いたガゼルはその場に崩れ落ちて、まるで抜け殻のようになってしまった。
 俺たちも(きっと父さんと同じように)、警察に用意された護送車に乗らされた。

 ガゼルが小さく、嗚咽を上げ始める。
 父さん、と愛しげに、狂おしそうに、呪詛のように、何度も名前を呼ぶ。
 釣られて、ダイヤモンドダストの女たちが涙を零し始める。やがてプロミネンスの面々も、悔しさで声にもならない悲鳴を上げた。

「父さん、父さん、父さん、」

 壊れたカセットテープのように、ガゼルはずっと繰り返す。
 その声音が段々とやばくなっているのに、俺は手を強く握って引き止めようとする。それでも、バグで悲鳴を上げる機械の音は止まらない。

「父さん、父さん、父さん、父さん、」

 口から紡がれる甘美な言葉が、空間を侵していく。
 なんとか口を塞ごうと、唇を押し当てるけど、もごもごと口の中で舌が蠢く。
 と、う、さ、ん。
 ずっとずっとその言葉を口にする。唇が父さん、と形作る。
 ああ、どうやったってこいつから「父さん」を取り上げる事も忘れさせる事も出来ないんだな。
 それはよく分かった。
 俺は、ガゼルの頭を引き寄せて胸に抱き締めた。人形のように大人しいこいつは、ずっと父さんと繰り返すばかり。
 悲しみが溢れる中で、俺は何故か冷静な思考で要られた。不思議な物だ。ガゼルと同じように、俺だって、父さんが大好きだったのに。

 





りうこ様からのリクエストで「病みガゼルでバンガゼか、バン→ガゼ」でした。
父さん依存症でどうしようもなくなったガゼルとその他。バーンは父さんよりもガゼルが好きになっちゃった。でもバーンからガゼルを取り上げると同じようになっちゃうよ。ちゃんと病んでいる?んん?
もうリクエストから1年経っちゃいそうだよ…、お待たせして申し訳ありません…ぐずぐず。
りうこ様、リクエストありがとうございました!これからも仲良くしてやってくださいっ

2011.04.23 初出 

back


BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -