「により」未来設定・南涼2つ 美しき生活 トーストが焼けた音がする。 一つ音が入ってくれば、眠っていた聴覚は次々と周囲の音を拾い出す。 低いニュースアナウンサーの声。雀と時々鴉の鳴き声。車のエンジン音。 朝が来てしまった。朝が来るというのは憂鬱なものだ。幸いにも、今日の講義は午後から。もう少し寝ていられる。それに比べ、風介は毎日朝から学校だ。よく行かれるものだ。 かり、とパンをかじる音。珈琲の匂い。きゅる、と腹が呻く。 まだ起きたくないのに。布団から出ず、体を起こすのを渋っていると、皿が流し台に置かれて、水が流される。ぼんやり聞いていても、やっぱり起きる気が出てこない。 アナウンサーの声が途切れる。衣擦れの音が微かに拾える。電気が落とされる。 「晴矢、行ってくるからな」 ソファの背もたれから顔を覗き込まれ、うんうん頷く。 「うんー」 「まったく、間抜けな顔をして……」 口端の涎を拭われ、その上にキスされる。 それ、ちゃんとしたキスじゃねーし……。 「ん!」 唇を尖らせ突き出すと、風介は困ったように笑う。 「分かったよ」 今度は口の真ん中にしてくれた。とりあえずこれで満足。 電車の時間が、と風介が呟く。 「いってら」 「うん、いってきます。お前、早くレポート終わらせるんだぞ!」 忙しなく玄関から出ていき、静かになった頃、やっと俺は体を起こした。 テーブルには途中でほっぽったレポート。あー、と時計を見る。あと4時間。終わるかなー。 君だけの匂い 今日の手土産は消費期限ぎりぎりのパンとポッキー。 ポッキーを定価で買うなんて我が家ではご法度だから、細長いそれを持ち帰るのは永らく久しい。 風介喜ぶかな。じっと参考書やらパソコンに向かい合うから、糖分が必要になると風介は言う。 ただ単に甘い物好きなくせに。うふふ、かわいい奴めー。 ビニール袋を胸に抱いてうらうら、ぐちゃぐちゃにする。本人にはできないからこれで我慢。 「ただいまあ」 声を掛ければすぐに風介が駆け寄ってくる。丁度風呂上りだったのか、髪が湿っていて首にタオルを下げていた。 「おかえり」 「おう。はい、お土産。貰ったんだ」 袋の中を見て、風介は顔を綻ばせる。 「君は……」 嬉しげに目を細め、俺の手から袋を奪う。そわそわしながら、風介は中の物を冷蔵庫にしまいに行った。 俺も靴を脱いで上がって、風介にご飯をよそってもらう。うん、なんか新婚さんって感じ。幸せだな。 でも風介はご飯を置くと、顔を顰めさせた。何か気に入らない事があったのか。 「晴矢」 「うん?」 「臭いぞ」 「くさい!?」 え、何所が!? 自分の腕の匂いを嗅いでみるけど、何にも臭わない。風介はご飯をおひつに戻して、風呂の方向を指した。 「風呂に入ってこい」 「何で!」 「入ってこいと言ってるだろ!」 背中を押され、風呂に押し込まれると穢いものを触ったかのように、風介は手を払った。何でそこまでされなきゃいけないわけ? 折角ポッキー貰ったのに! 扉を閉められたら、がん、と拳で殴る音がした。 「香水臭いんだよ! とっとと風呂入って洗い流せ、マーキングされてんじゃねーよ!」 きょとんとする俺は服を脱いで、湯船に浸かった。あれか、バイト先の先輩(大学3年の姉ちゃんだ)の香水が移ったのか。そういえば、何だか今日はやけに絡まれたような……。そういう事だったのか。 風呂から上がると、風介は扉の前で待っていて、体を擦りつけられた。匂いが移るように、という意味らしかった。 おぉ甘い甘い。 全くこのバカップルどもが! 虚言症 ↑お借りしました ←back |