氷結っ娘といっしょ



 何時までも去らなかった冬の気配が、ようやく遠ざかっていくのを感じた。寒がりの彼はやれやれと言ったように肩を竦めさせていたけれど、ガゼルはその去り行く冬の言葉を反芻していた。

 霧の湖の近くに住んでいるのと、氷系の弾幕を使う事で、氷精は何かとバーンとガゼルに突っかかってきた。鬱陶しいと思ったのは最初の事で、冬になるとチルノの母親代わりとも言えるレティ・ホワイトロックが相手をしてくれていた。レティは冬にしか現れない妖怪で、物腰は柔らかかった。ガゼルに、今年の雪は例年の4倍の大きさだと教えたのも彼女だ。チルノだけに限らず、未だ幼い妖精たちの保護者のような立ち位置で、レティは幻想郷に来て日の浅いバーンとガゼルの事も気に掛けてくれた。母親が居たら、こんな感じなのだろうかとその温かさに二人は身を委ねていたのだが、それももうできない。十六夜咲夜が春を迎えに行く、と発した翌日にレティは行かなくてはと霧の湖を後にした。

「チルノたちをよろしく、って言われてもなあ」
「レティが行った後は随分ごねるらしいから、わたしたちが見ていないと」
「お前、責任感強いよな」

 霧が辺りを包む中を、二人は宙を泳ぐ。こうしていれば、チルノに氷塊をぶち当てられて自然と遊ぶ形になるだろうという魂胆だった。

「でも俺、めちゃくちゃ体痛いんだけど」
「こてんぱんにしてやったからな。いい気分だった」
「お前な……」

 一昨日の弾幕ごっこはガゼルの圧勝だった。その勝利の心地良さを思い出し、ガゼルは微笑む。
 刹那、あ、とバーンが声を上げた瞬間に、前を飛ぶ彼が氷柱に被弾した。

「うわ、あんなにドヤ顔しといて……」

 湖に落下していくガゼルを見下ろし、目の前の氷精に視線を移す。腰に手を当てて、誇らしげにする少女はまだ肌寒いのに、半袖のワンピースに裸足である。どこぞのガゼルだ、とバーンは密かに思った。

「不意打ちでやっつけちゃうなんて、やっぱりあたいったらさいきょーね!」
「不意打ちは卑怯なんじゃねーの?」
「えーでも、勝負にはひきょーもふきょーもないって」
「同じハ行でも、随分意味違うな」

 透き通る氷の羽をはためかせ、チルノは首を傾げる。
 仕方ないと、バーンは溜め息を吐きながら、鈍痛の続く体を解した。

「やる? 弾幕ごっこ」
「うん、やりたい! あたいさいきょーだから、バーンなんてすぐやっつけちゃうよ!」
「そりゃあどうかな。マスターランクの実力見せてやるよ!」

 マスターランクって何? と疑問に思っているだろう、チルノが前に飛び出してくる。バーンはふらつきながら、下へ向かい水面すれすれに飛んだ。
 せんてひっしょー! とチルノが叫び、氷塊を打ち出す。マシンガンのように走る弾を避けつつ、手に炎を作る。ゆっくりと確実に生み出される炎をある程度の大きさまでにして、後ろのチルノに投げつけた。速度を持った弾が、チルノの羽にかする。きょとんと、これだけ? とチルノが呟く。

「ねえ、ちゃんと打ってきてよ!」
「悪かったなあ! 弾がちゃんと作れなくて!」
「マスターランクの実力見せてやるって言ってたじゃん!」
「うっさい!」

 バーンは再び炎を作り、彼女に放つ。しかしたった一個の弾は簡単にかわされた。当たり前、とチルノは手を腰に当て鼻で笑う。
 全く相手になんないわね、さいきょーのあたいにこんな簡単な弾幕を用意するなんて、何がマスターランクの実力よ、あたいの方がウルトラスーパーハイパーデラックスマックス強いもん、バーンもガゼルも歯応えがないわよね、歯応えが、本当にあたいったらさいきょーね!

「あだっ!」

 言葉を言い終えた瞬間に、彼女の顔に弾が当たった。いや、タマはタマでも、弾ではない。球だった。落下していくのは白と黒の面が連なるサッカーボールだ。弾幕ごっこに、サッカーボールを使用するという事は完全に反則行為であるが、バーンは先程のチルノの真似をして腰に手をやった。

「俺って最強!」
「今のなし! なしだもん! ボールなんてなしだもん!」
「勝負に卑怯もクソもありません」
「今のは絶っ対なしだもん!」

 チルノは半ば涙目になりながら、バーンに飛び掛った。突然な事で避ける事ができず、そのまま少女に押し潰された彼は、案の定、霧がかる湖へと落ちていった。



「仲の宜しい事で」

 十六夜咲夜にふわふわのタオルを渡され、3人は頭の水分を拭き取る。
 湖でびしょびしょになってから寒空の宙の中、紅魔館に辿り着き風呂を貸してもらったわけである。門番の紅美鈴が今日も昼寝をしていたなら、今此処に居なかったかもしれない。バーンは彼女がシェスタをしていたせいで2時間、中に入れなかったというトラウマがある(何故門を超えていかなかったのか、とガゼルは馬鹿にする)。

「あたいバーン嫌い」
「あらあら」
「ぶぅー」
「何をしたのかしら」

 様子を見ながら、食後のデザートを楽しむレミリアはバーンを横目で見る。お嬢様は、今日は朝からお目覚めのようだ。

「ボール使ったんだよ、弾幕ごっこなのに! ボールはダメだよね、なしだよね!」
「バーン、子供相手にそれはないわ」
「しっかりしなさいよね、お兄ちゃん」
「お兄ちゃんっておま!」

 女性群の非難殺到に、バーンはガゼルに縋る。翠の瞳が氷のような冷たさを帯びて、ふるふると横に揺らめく。

「謝るべきだ、バーン」
「ガゼルまで……」
「大人気ないぞお兄ちゃん」
「だぁから、お兄ちゃんじゃないって!」

 チルノは頬を膨らませ、咲夜のスカートを握り締める。子供らしい行動に、咲夜は思わず笑みが零れた。レミリアは従者を取られたと思ったのか、チルノの手を払いに立ち上がる。
 ぎゃいぎゃいと言葉が、行動が、次の何かへと連鎖していく。ガゼルはそれを幸せだと感じた。



「お兄ちゃん、落とさないようにね」
「お兄ちゃんじゃない!」

 とっぷりと陽も落ちて、究極の丸に近づく月が空に打ち上がっていた。
 美鈴に見送られ、バーンとガゼルは館を離れて湖の方へ向かう。ガゼルはバーンの背に項垂れて動かない氷精を見て、微笑した。

「本当にお兄ちゃんのようだな」
「お兄ちゃんじゃない」

 何度目の台詞だ、とチルノのずり下がる体を持ち上げ直して、足を一歩一歩前へ踏み出す。夢の中へ旅立った彼女は一体いつ起きるのだろうか。美鈴と遊んで、レミリアと遊んで、フランとも遊んで、吸血鬼姉妹に囲まれたら普通なら震え上がってしまうのに、チルノは逆に命の危険も考えず、楽しさに興奮していた。姉妹の方もそれなりに満足していたようだったから、それでいいかと二人は顔を見合わせる。

「レティによろしくって言われたのにな」
「危険な事させてる、かね」
「まあこれも教育の一つだな」
「なんか、ガゼルお母さんみたいな言い方だな」
「じゃあ君はお父さんになるのか?」

 かあ、とバーンは赤面する。釣られてガゼルも赤くなり、何を言ってるんだろうなと先程の言葉を撤回した。
 闇に満ちる空に星がちらちらと輝き出す。
 唐突に冷たい、とバーンが小さく呟いた。

「チルノ、冷てえや」
「氷精だからな。交代するか?」
「いや、重くねえし我慢する」
「さすがだな、お兄ちゃん」
「だから、お兄ちゃんじゃない」






葵様からのリクエストで「幻想入りでバンガゼとチルノ」でした。
「なけなしの〜」の直後の話。チルノって斜め上のHさで、書くのが非情に難しい事がよく分かりました…。でも逆にチルノは頭が良いと思うんだ、発想の転換だとか、バカじゃないよ!
そんなチルノに、性格的にはバーンが、能力的にはガゼルが似ていますよね。イコール、傍から見たらチルノって二人の家族みたいじゃない!?とぶっ殺されそうな発想しました。お兄ちゃんたら、弾幕ごっこできないくせに見え張りすぎです。チルノのお母さんと言ったら、やっぱりレティ想像しますが、今回は白岩さんはお留守です。今度は白岩さん在中書いて見たいですね。
葵様、リクエストありがとうございました!Hコールでもなんでも、メールフォームからどうぞ^^

2010.08.12 初出 

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