Melting white わたしは何をしてしまったんだろう。 何を口走ってしまったんだろう。 これから練習があるというのに、ユニフォームに着替えもしないでベッドに寝転がっている。このまま寝てサボってしまおうか。そんな事、父さんの事を考えれば本当はできない。それ以上に、わたしはバーンに会いたくない。身勝手すぎるわがままだと思う。昨夜の行いも、今朝の言葉もわたしの勝手すぎる想いのせいだった。告白、したというのだろうか。告白したわたしを眺めるだけで何も言わないバーンを、無理矢理外へ追い出して入ってこないよう鍵をかけた。勿論、彼は帰ってこなかった。まず敵の部屋に誘い出された時点で彼は気付くべきだった。そういう事をしたい、と言った時お人好しをしたのがいけなかった。突っぱねていれば、こんな事にならずに済んだ。彼に責任があるわけじゃない。わたしもあの時普通でなくて、バーンが近づいてきた時に逃げればよかったんだ。わたしは、大馬鹿者だ。 枕元に置いた携帯のアラームが鳴った。雨粒が落ちていくような音が知らせるのは、集合時間五分前。起き上がれる気分にならない。 替えたばかりのシーツから清潔な匂いがする。お日様の匂い。なんだか泣きたくなった。バーンもお日様みたいな匂いだった。小さい頃から。そうだ、わたしはその頃から彼がきっと好きだった。 恋愛なんて子供騙しの童話の中でしか有り得ないと思っていた。 小学校の友達と好きな子の話をした。わたしは好きな女子も居なかったから聞くばかりだったが、あどけない顔で恋焦がれる人間を語るのを滑稽に感じた。くだらないと心の中で思っていたと記憶している。すずのはくーるだから女子にもてるぜ。誰が言ったんだか覚えていないが、もてた事はなかったな。 別に恋をしなくても生きていけるし、面倒なんだ。だから、恋など覚えたくなかった。 四時を回った。 携帯には三回受信があった。一切出なかったが、練習一時間も過ぎればぱったり止んだ。確認しようとは思わなかったから、ずっとベッドに寝ていた。そろそろ練習も終わって、シャワーを浴びて、夕食を食べに出て、就寝。面倒くさい事をよくもまあ毎日繰り返していたものだ。 一食分抜いても平気だろう。明日の朝、ちゃんと食べればいいのだから。朝はカップヌードルで、昼はパン一枚。最低限食べれば、生きるのには充分だ。ああ、それでも……バーンの作ったオムライスが食べたい。 扉が突然ノックされた。わたしは返事をしなかったが、大方ダイヤモンドダストのメンバーだろう。話すのも面倒くさい。それに彼らは返事をしなければ入ってくる事もない。 わたしは寝返りを打って、扉から背を向けた。鍵もかけてあるから、絶対に入ってこない。扉が未だに音を立てる中、わたしは目を閉じた。もうちょっとだ。もうちょっとで、彼への想いを忘れられそうだ。 かちゃかちゃと金属音が小さく聞こえる。鍵がかかっていると気付いたんだろうな。早く帰ればいいのに。 がちゃんと扉が開く。どういう事だ。鍵が開けられた? 研崎か? 父さんに何かあったのだろうか。少し混乱する中、言葉を投げかけられる。わたしの名を、バーンの声が呼んだ。 「どうしたんだよ」 頭が真っ白になる中、わたしは必死に言葉を探す。 「だるかった」 「サボりかよ」 図々しく彼はベッドに腰掛けてきた。スプリングが軋んで、陥没する感覚を覚える。 「朝の生意気さは何処に行ったんだよ」 「……うるさい」 「失恋ですか」 胸が痛む。失恋か。うん、そういえば失恋だ。ぐっと目に力を入れる。 「お前さ、馬鹿だよ」 「馬鹿さ。馬鹿だよ、わたしは。勝手に君を好きになって、想い合ってもないのに体を繋げて、さぞかし君は嫌悪しただろうな。吐き気がするのに無理をしていたというなら謝る」 体が知らずに起き上がっていた。わたしは彼に背を向けたまま、今日発しなかった量の言葉を発した。 「迷惑だったのは分かっている。わたしもそう感じる、同じ立場なら。悪かったな。でも平気だ。もうそんな迷惑になった気持ちは捨てるさ。恋愛感情なんぞ、結局は勘違い思い込み錯覚だ。正常な思考を持てば消える。いや消えるというのはおかしい。正されるんだ。今までわたしはおかしかったんだ。大丈夫、元に戻る。だから忘れろ、バーン」 我ながら良い言い訳だ。バーンはずっと黙ったまま、わたしの背中に凭れてくる。つんとする鼻を啜ると、ぐずっとした。泣く以前に、これでばれてるだろう。 彼は呻き、わたしの肩を掴んだ。あのよ、なんていう彼の声は震えている。期待するな、期待するなわたし。そんな少女漫画みたいな展開があるか。罵倒されて終わりだ。定番な終わり方じゃないか。これでいい。わたしはバーンの金眼を見据えた。覚悟はできている。泣きはしない。 肩を掴んだ、彼の手は熱い。頬は少し赤かった。 「失恋して手負いのお前に付け込んで良いか?」 罵倒するんだろう。粉々に打ち砕けば良い。 わたしは頷く。それに押されたように、バーンは口を開いた。 「俺、お前が好きだ」 「……なんでそうなる」 息が詰まりそうになる。声が上手く出ているか心配だ。 バーンは肩の手を離し、自分の顔を覆った。耳まで赤い。暫くそのままにしていると、彼は呟く。 「その、告白した時のお前の可愛さに惚れたって言ったら、怒る?」 「……長続きしないな、それじゃあ」 「そうかな」 「そうさ」 思ってもいない言葉が出てしまう。もう正常な自分が機能していない。熱で壊れてしまったのだろうか。脳が悩で溶けていく感触がする。 「でも、嬉しくない? 俺がお前好きなの。それとも本当に清算したか!?」 必死になって音を紡ぐ彼が可愛らしくて、わたしはバーンの手を取った。とても熱い。それを心地良く思う。 「……バーン」 「何だよ」 「本当に、好きか?」 「うん、好き」 「同情じゃないか?」 「違う」 「本当に?」 「本当」 「そうか……。バーン」 「ん」 「嬉しいよ、ありがとう。幸せだよ」 「良かった」 「幸せついでに、良いか」 「何」 「バーンの作ったオムライスが食べたいんだ。作ってくれないか?」 わお様からのリクエストで「物質と反物質の宇宙の続き」でした。 「溶ける白」別名「メルトダウンなう」…。前回は宇宙の出来方がタイトルでしたが、絆されちゃったガゼルさんの心境を表して。宇宙つながりで星関係のタイトルをつけようかとも思ったのですが、ちょっと違うなあという事で。 かなり前に書いたものの続きを書くと、どうしてこうなった感たっぷりですね。純愛ルート。バンガゼが幸せならそれでいい。キャッキャッウフフ… わお様リクエストありがとうございました!お気に召さなければクレームでもなんでも受け付けます!またお越しいただければ幸いです。 タイトル「東方非想天則」より 2010.07.21 初出 ←back |