「により」未来設定・南涼2つ


今日、携帯電話が水没しました



「お前、機種変しないの?」
「やっぱり赤が……え?」
「え?」

 わたしに向かって言っていたのか。いや、それしかありえないのだけど。目も合わせず問われたし、直前まで新しい携帯の色について相談していたから、脳の切り替えが上手くできなかった。数テンポ遅れたわたしの疑問符に、晴矢も同じように返してきた。わたしたちの接客にあたっている女性は、思わず吹き出してしまう。

「機種変更もキャンペーン対象の物でしたら、普段よりもお安くなっておりますよ」
「だってさ。お前、何年使ってるよ? えっとお、6年くらいか?」
「8月で7年目だ」
「長く使っていらっしゃいますね。ポイントも結構溜まっていらっしゃるのでは?」
「あまり。この前、ティーセットと交換してしまったし」
「あのティーセットの出所はここか!」

 晴矢が手に取っていた黒いボディの携帯を奪い、ボタンの打ちやすさを試してみる。ボタンが小さすぎて、打ちにくい。

「でさ、機種変しない? 一緒にさあ」
「断る。今の携帯が一番良いし、お前みたいに金もないし」
「家電買う金はあるのに」

 ブーツの底で、足を踏んでおく。

「とにかく、機種変はしないからな」
「なんでー」

 うわあ、と子供みたいな声を上げてわたしの肩を揺さぶってくる。うるさいと一喝してやるも、素直に聞き入れず胸を叩き始めた。だが、優しく力加減された拳は全くダメージを与えてこない。

「理由、理由を簡潔に! 詳しく!」
「変えてもいいが、無駄な機能がありすぎて困る。使い慣れた奴の方が良いし、今の携帯のデザインも気に入っているし、そして何より」

 指を彼の鼻に突き出す。何より? と晴矢は身を乗り出す。彼の面白い事になった表情に、店員は口に手を当て、笑いを堪えている。

「厚さが非常にうっすい」

 最近の携帯の傾向として、形状が薄い物が、わたしは苦手である。苦手というよりは、そう……

「思わずへし折りたくなってしまう」
「そんな理由かよ」

 へにゃりと晴矢の体から力が抜け、ふええと頼りない声を洩らす。
 店員は他の客に呼ばれたのか、姿を消していた。

「まあそんなわけだから、諦めてくれ」
「夢は諦めきれない」
「夢? そんなものがあったのか」
「あるよ。失礼なやつ」

 これがいいかも、と言っていた携帯をディスプレイに戻し、彼はふらふらと違うサンプルを見に行く。わたしはそれを追い、晴矢の顔を覗き込んだ。

「あれが良かったんじゃないのか?」
「薄いのじゃ駄目なんだろ」

 ああ、とわたしは彼の夢を理解した。女々しいな全く。

「買うなら、青と赤がある機種にしてほしいな。青が君で、赤がわたしだ」






君をデザインする



「どうだ?」
「ああ、いいんじゃない」

 さっきの細身の金フレームよりましだと思う。風介は白っぽい色の髪をしているから、それに合わせて、銀とかどうだろう。氷みたいに冷たい色の光を反射する金属に、射抜かれる。印象は理知的になりそうだ。ああ、青も似合う絶対。だって、こいつのイメージカラーは青だし。俺が言うんだから間違いない。
うろうろと、棚に並ぶ度無しのサンプルフレームを眺めている間、風介は視力検査に呼ばれてしまった。奥で店員と言葉を交わし、白い機械に顔をくっつけ、単語と思しき短い呟きを吐いている。
 金属フレームもいいけど、プラスチックはどうだ。おしゃれ要素が強く、デザインも色々あった。太い黒縁とか赤縁とか人気だよな。
試しにかけてみた眼鏡に、頭の両脇を締め付けられるせいで気持ち悪くなってくる。レンズ越しの世界も、好きにはなれなかった。

「似合ってるじゃないか」

 痛みに唸っていた俺の後ろから、帰ってきた風介が声をかける。手に持ったA6版くらいの小さな紙には、表が印刷されていた。

「どうだった」
「両目とも0.6だ。パソコン用に一番弱いレンズで作ってもらうよ」
「ずっとパソコンに向かってるからだよ。去年まで両目ともAだったじゃないか」
「仕方ないだろ。授業なんだから」

 それにしても、と所々に張られた鏡に映る俺を見て、風介は笑った。

「惚れてしまいそうだ」
「え?」
「こら、なんだそのカオは」
「え、風介、俺の事好きじゃなかった?」
「いや、そういうわけではなくて……惚れ直すというか、なんというか」

 うろたえる風介を、抱き締めたくなった。そうだよな、いつ風介が俺を好きじゃなくなるか分からない。でもでも、お前が嫌いになったとしても、俺はいつまでもお前の事好きだぞ。好きだと叫んでしまいたい。風介かわいい、だいすき。

「ふ、フレームを選ばなくては」
「ああ、うん」
「何色が似合うと思う?」

 俺は眼鏡を取って、元の場所に戻す。右に行くにつれて、明るい色に変わっていくプラスチックたちがきらきらと照明で光った。

「銀とか青。あ、鼻高いやつは控えて」
「何故?」
「ちゅーする時、邪魔だろうから」





恥ずかしいバカップルども。買出しと銘打ったデートです。

虚言症
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