暑い陽が照り続けるこの沖縄にて、わたしたちは三回目の試合を始めた。相手はわたしたちより確実にレベルが低い。そうでなかったとしても遥かに努力と経験を積んできたわたしたちには勝てはしないだろう。 汗が服の下を流れていく。 なんで沖縄というのはこんなに暑いんだ。わたしにとっては地獄でしかない。蝉の声でも聞こえてきそうだが、今の季節は秋だ。蝉の残党などもう居ない時期である。 ゆらゆらと陽炎が揺らめく。その不安定さといったら不快極まりない。わたしは憎らしい太陽を仰いだ。 その時、陽炎の先でホイッスルが鳴ったと同時に動き出す相手チーム。走り出したFW陣が交互にパスをして上がっていく。遅い。わたしには止まっているように見える。迫ってきた相手に駆け寄り、そのままスライディングをかけてボールを奪う。左斜め前に相手MFを抜いた鬼道が見えた。 「鬼道!」 彼に向けてパスをすれば、ボールは弧を描いて目標どおりの地点に落ちた。再びボールが蹴り上げられる。今度は豪炎寺に渡り、そのまま足に炎を纏いながら空へ跳ね上がった。遠心力によって得られたパワーでボールが打たれる。炎の砲撃が一直線にGKへと向かい、それを止めようとするGKの技が完成する前にボールはゴールへと突き抜けた。 前半16分、3点目。 太陽の光が眩しい。手でそれを遮った。目の前が白くなり、その空しさに気が遠くなる。……目眩がする。 「選手交代!」 瞳子姉さんの声がグラウンドに響いた。誰か怪我でもしたのか。じんと痛む頭に手をやりながら、その誰かが呼ばれるのを待つ。 「涼野風介!」 何かの間違いだろうか。わたしの気のせいかと考えていると、わたしの名前が鋭い口調で叫ばれる。ベンチには、立ち上がった瞳子姉さんがわたしを見据えていた。 「わたしはまだ戦えます!」 「いいから、こちらに来なさい!」 このように姉さんから言われると逆らわずにいられない。目眩の続く体でそこまで歩くと、姉さんは私にベンチに入るように告げた。新たな目眩に襲われる。それは足元を掬われて冷たい地面に叩きつけられるような感覚だ。幾度か経験したことがある。雷門に敗北した時と、父に見離された時に感じた、そう――絶望だ。 「でも」 「いいえ、交代です」 まだわたしは戦えるのだ。 抗議の声を上げる前に、姉さんはわたしを黙って睨んだ。失望した時の父さんの目と酷似していて、暑さで流れる汗とは別の汗が額から吹き出る。 「ヒロトがいきなさい」 「はい」 砕け落ちる、私の中の何か。赤い髪がわたしを座らせる。屈辱的だ。悔しい、悲しい。またわたしはこいつに負けるというのか。 試合開始のホイッスルが鳴る。一斉に上がる声たちを聞き流しながら、空を仰いだ。澄んだ青はわたしを惨めにさせる。どうして、交代させられたのだろう。 「風介」 姉さんが何かを差し出す。ビニールに入った氷水とタオルだ。マネージャー三人がわたしを奥のベンチへ誘う。日光がよく届かない奥は少しだけ涼しい。横になるように言われ、手に持った氷水を奪われて額に当てられる。冷たくてうっとりと目を閉じた。 「終わるまでそうしてなさい」 わたしは返事をしなかった。こうして体を休めると、もう動く事が面倒になってしまう。ただ感情はしっかり動くようだ。 ヒロトの流星ブレードを打つ声が響く。爆音の後、溢れんばかりの歓声に腸が煮えたぎりそうになる。 いつまでもあいつへの劣等感が残る。父さんのお気に入りで、父さんに認められて、父さんに愛されて。本当はわたしもヒロトのようになりたかった。 「瞳子姉さんまでヒロトを選ぶのですか?」 無意識に出た声に自分でも驚いた。 息を呑む音がする。驚いたのはマネージャーと他のメンバーたちで、姉さんはフィールドの行く末をじっと見守っていた。 「わたしはまだ戦えるのに、わたしは弱くて役に立ちませんか」 「今は休みなさい。監督命令よ」 「……はい」 6-0で勝利した後、ヒロトがすぐにわたしの元へ駆け寄って顔を覗き込んできた。その目には不安の色が浮かんでいて、変に思った。わたしは氷水を離して、起き上がる。ずっと横になっていたせいで、目眩が起こる中、ヒロトが風介、とわたしを優しく呼ぶ。 「大丈夫だった?」 「何がだ」 「風介、休憩の時も水飲まないし、クッキーフレーバーも食べないし! そんなんだから熱中症起こすんだよ!」 「熱中症? わたしが?」 「そうだよ、心配したんだから!」 ヒロトは、マネージャーたちが持ってきたバックの中から水と食料を漁って持ってきた。スーパーウォーターとおにぎりを差し出して、ヒロトは情けない顔をしながら食べろと促す。 「食べられなくても、水は飲まなくちゃ」 「いい」 「良くない! 風介はいつも頑固だから、気分が悪くても何も言わないし。だから、そんな風に急に倒れちゃうんだ! いいから、飲んでよ!」 必死に言葉を絞り出して、彼はわたしの胸にボトルとおにぎりを押し付けた。困り果てたわたしは、瞳子姉さんを見た。姉さんもヒロトと同じような瞳をしていて、助けを求める事ができない。仕方ない、と諦めてわたしは水を飲んだ。火照った体に水が染み渡る感覚がとても気持ち良い。 「おにぎりも」 「わか、った」 おにぎりを包んだラップを剥いで、口に入れる。柔らかいご飯が口内でほぐれていく。美味しい。中に入っているのは梅だった。わたしはもう一度、おにぎりに噛み付く。 「風介」 「何だ」 「何で泣いてるんだよ……。俺まで悲しくなっちゃうじゃないか」 手の甲に落ちたのは、涙だったのか。わたしはそれを拭く事はせずにおにぎりを食べ進めた。 違うよ、ヒロト。 お前がそんなんだから、わたしは君に対する羨望が消えないんだ。 水と塩が流れ出る プレミア対戦の話。GPもTPもなくなってへとへとになったガゼルを見ると、なんか滾ってくる。そんな話。ヒロトが羨ましくて、頑張っちゃうガゼル。妬む自分に優しくするヒロトに益々羨ましくなっちゃう。ガゼル可愛いよガゼル。 2010.04.07 初出 ←back |