バーン→ガゼルとヒートくん ヒートくんは天然なんだ! 「うわ」 思わず、恥ずかしながらも声が出た。 体が重力に従って地面に倒れていく感覚が止まる。それは誰かがわたしを助けたからだ。 腰に回った腕がしっかりとわたしを抱きとめ、そして引き上げてくれた。大丈夫か、とわたしの無事を確かめて顔を近づけてきたヒートとわたしの距離は数センチといったところだ。近くにあるビー玉のような青い目は空を彷彿させるほど美しい。そしてそのガラスを埋め込んだ彼の造形もやはり美しかった。 「すまない、ヒート」 「いいえ、お怪我はありませんか」 「ああ、足首が痛むだけだ」 捻ってしまった足首はまだつきつきと痛みを訴えたが、軽いものだ。すぐ治る、と言う前にヒートはぐっとわたしに再び顔を近づけた。医務室に行きましょう、と柔らかそうな唇からあまり似つかわしくない低い声が放たれた。否を認めない声音にわたしは反応できず、腰を支えられたまま立ちつくす。 彼は一度跪き、そしてわたしを抱え上げた。落ちぬよう胸に体を押し付けられ、膝裏を支えられ、とわたしの足は地面から離れた。何やら女子達が騒がしくなり、中からは悲鳴が上がる。何かあったのかとわたしは疑問を抱いたがそれを確認する事はできず、次の瞬間にはヒートはグラウンドを抜け、冷たい施設の廊下を駆けていった。 ぱたぱたと響く足音はとてもしっかりしたもので、過去の病弱で窓の外を見るだけの彼と同一人物なのかと疑うほど、ヒートの体は服越しでも力強い。不思議なものだ、とわたしはヒートの顔を見上げた。ただ前を見つめる彼は、男のわたしでもかっこいいと感じた。 「ヒートの奴、練習中にあんな事すんじゃねえっての!」 「何故だ?」 どすんと図々しいくらいにわたしのベッドに腰掛けたバーンは、ユニフォームを脱いでいつもの黒いTシャツにすすけた緑色のカーゴパンツだった。わたしの部屋はバーンに占領されつつあるようだ。バーンの私物もいくつか持ち込まれているが、わたしは何も言わずにいた。 「人の部屋に来たと思ったら、愚痴を零しに来ただけか」 わたしは湿布の張られた足首に気をつけながら、ハーフパンツとスパッツを脱ぎ、ジーンズに足を通した。 バーンがつらつらと並べる今日のヒートの行動に対する文句を聞き流せば、後ろから頭を叩かれる。ユニフォームの袖から腕を抜いている途中だったので、仕返しはできなかった。 「聞いてんのかよ」 「聞いてどうする。ヒートは親切心でした事なんだ、何が悪い」 ユニフォームを頭から抜き、バーンへ投げつけた。それを見事にキャッチした彼に、キーパーになれるな、と冗談を言えば頬を膨らませられた。 「悪いも何も、あーいう目立つ事はやめてほしいっていうか……」 「ほう、つまりヒートをできるだけ人目に晒したくないと。可愛い部下を他チームのキャプテンに取られたくないわけだな」 ヒートはバーンと幼馴染であるから、部下としても友人としても一番信頼のおける人物だろう。幼い頃は病弱であったわけだし、保護欲も募っていく。何かと独占欲が強いわたしたちは部下もできるだけ傍に置いておきたいのだ。だが彼はそれとは少し違うものを言葉に含んでいた。わたしはそれに気付き、ちょっとした冗談を言ったのだ。 「ああなるほど、貴様はヒートに特別な感情を抱いているわけだ」 相槌をうちながら一人納得すれば、バーンは顔を赤くした。冗談のつもりが、とんでもない事実を発覚させてしまったらしい。自分でも驚いた。赤いバーンは顔を伏せて、恥ずかしそうにしている。 「大丈夫だ、誰にも言わないさ。まあ、強請りに……失礼、あー応援するぞ。ヒートはかっこいいし良い奴だ。手際も良くて、料理も上手いらしいしな。気も利いて、優しい」 「あーうー」 「恥ずかしがらなくてもいいだろう。そうか、憎たらしいバーンの万年夏な脳みそにも秋冬を通り越して春が来たか。まあ貴様もヒートも同性同士だが、わたしは気にしないぞ。そうそうイケメンアップ持ちはすごいな。わたしも少しどきどきした……」 そこで言葉を切る。 バーンは先程と同じように顔を伏せて、首を振っていた。やはり恥ずかしがっているのか、とても静かだ。 「俺は……」 「うん、ヒートが好きなのだろう?」 「だから」 「恥ずかしがらなくてもいい」 わたしはバーンの隣に腰掛けた。あまりきかなくなったベッドのスプリングに腰が沈む。珍しくしおらしいバーンの顔を覗き込むが、長い前髪で顔が見えない。 「バーン?」 「俺は!」 何かを吹っ切るように彼は声を荒げて、わたしの剥き出しの肩を掴んだ。そしてベッドに押し倒され、反動で胸の辺りが跳ねた。何事かと驚くわたしは更に驚愕し、目を見開く。バーンの目尻から水滴が溢れ、瞳を潤していたのだ。何故泣いているのだろう。やはり恋心に気付かれたショックであるのだろうか。 勢いで押し倒したはいいが、どうすればいいのかと彼は少し躊躇いがちにわたしを見下ろしてくる。 「どうした?」 「あー、うー……」 あーうーではないだろう。 「離してくれないか?」 「……やだ」 「やだじゃない」 ぐっと掴まれる肩に力がこもる。 そういえばわたしは今、上を着ていないのだった。 「離せよ……」 「やだ」 バーンがわたしの胸に額を押し付けてきた。髪がくすぐったい。何がしたいんだ、こいつは。 彼がそっとわたしを見上げる。黄色い瞳と目が合う。潤んで光を放つそれに思わず息を呑む。 「俺は」 耳を澄まさなければ聞き取れないほど小さな声が発せられる。わたしは彼の声に集中した。 「俺は、誰にもガゼルを触らせたくないよ」 「は?」 わたしは耳を疑った。 唐突な言葉である。 バーンはヒートが好きなのではないのか? 何故わたしが出てくるのだ。 「えっと、それは……」 理解できないわたしは彼から目を逸らした。 どくどくと、何故か心臓の鼓動が早くなる気がした。 バーンがわたしから体を離す。彼の顔はいまだ赤いままだった。 「鈍感!」 バーンはそれだけ言い捨てると、部屋から出ていった。 なんだ、今のは。 わたしはベッドに寝転がったまま彼が出て行った扉を見つめた。 解せないバーンの言葉。 ヒートみたいにかっこよく感じられないバーンなのに、何故か心臓がうるさくて仕方ない。 「ただしイケメン」とは限らず ガゼルが好きすぎるへたれバーン。それと天然ヒートくん。 ヒートくんは親切心でいつも動いている。で、従順な子。 そんなヒートくんにやきもきしながらガゼルに好感度をうかがうバーン。思春期だから色々気にする。と思ったら、ちょっとやりすぎちゃったかな。可愛いな、バーン。 その後、ちゃんとちゅっちゅっするようになるよ。 2010.02.11 初出 ←back |