紫、青、黄、緑。目まぐるしく咲く美しい色の弾。高速の弾たちを避け続けるのは困難だ。固まっているよりは二手に分かれた方が勝算があると二人は考えたが、全方位にばら撒かれる光にとってそれは無意味だった。咲き誇った花の発生源は空中に居るのに不思議なもので優雅に腰掛け、足を組んでさえいる。俊敏に落ちゆく弾を避けるバーンと無駄なく慎重に体を動かす対照的な人間を見守りながら、彼女は春の風を楽しむ。芳しい桜の香りがした。 ガゼルは下で広がり、隙間が開いた所で体を捻り上昇した。作り出した氷塊を撃ち出した所で、大半は放たれるクナイに阻まれて紫に届かない。彼の頭上でバーンが大きく動き大胆に弾を避けている。それはガゼルの目にひどく魅力的に映った。だが今はそんな場合ではない。バーンはガゼルよりも前へ出ているのだ。彼の距離なら何発か紫に浴びせられる筈。しかし弾を生み出すのが苦手らしいバーンは辛そうに顔を歪め、紫を睨みつける。鋭い視線の先の相手はにこりとし、規則的である弾の密度を濃くした。 この戦いのルールは手持ちの技を解放させ、それで相手が潰れるか、自分が白旗を上げるかで勝負が決まる。紫はスペルカードを放つ素振りは見せないし、バーンとガゼルは弾を出せない。これでは勝負にならない。単に力の差は歴然、というだけの話ではない。もう彼女自身がまとう雰囲気からも今までに出会った妖怪とは一風突き抜けて違う。巫女が言うには妖怪の中で圧倒的な力を誇る種族というのは、神様や一人一種族を除いて吸血鬼らしい。確かに吸血鬼を垣間見た時に感じた威圧感は半端なかった。しかしそれを遥かに凌ぐ何かを八雲紫は秘めている。じわじわといやらしく精神を侵していく恐怖を振り払いつつ、弾をかわした。 ふむ、と紫が唇に指を当てて何かを思案し始める。その表情は新たに手にした玩具にすぐ飽きてしまった幼子のそれである。紫は弾幕の展開を止め、疲労した二人を見下ろした。 「つまらないわ、黒い鞠は使わないのかしら」 くるくると開かれた桃色の日傘が回る。 ここまでしておいて、とガゼルは跳ねた前髪を握り締めた。一方的な勝負というのはいけ好かない。自分が優位に立つ場合は別だが、ここまでされて冷静さの塊と自称する彼も怒る筈だ。段々と冷えていく空気に細氷が混じり出す。バーンはガゼルを一瞥すると、手を空にかざした。途端に現れる黒と赤のサッカーボール。紫はやっと楽しげな目をした。 「ガゼル!」 「ああ!」 ガゼルの手にもボールが実体化する。放り投げたボールを足で蹴り上げれば、中足骨にかかる久しい重み。普通の人間では持ち上げる事すらできないそれに足を踏み込ませ、青い砲撃を打った。煌くダイヤモンドを残しながら、ボールは紫目掛けて真っ直ぐに放たれる。一直線に打たれたそれは簡単に避けられてしまった。 舌打ちする凍てつく闇を横目に、バーンが飛び上がる。跳躍だけで紫以上の高さまで跳ね、そこから全てを溶かしつくしてしまうような炎をまとうボールがガゼルのものを凌ぐスピードで蹴られた。 「アトミックフレア!」 叫ばれた名の通り、核融合の星から噴き上げた紅炎を表すような炎。散りばめられた細氷と焼き尽くしながら紫を襲うボールは、人間が受けたなら怪我だけではすまない凶悪な力がこもっていた。 「まあすごい」 紫が向かい来る弾の方向へ腕を伸ばし、指で縦に線を引く。ぴり、と紙が破れるような音の後、空中に黒い穴が開いた。その穴へボールが吸い込まれ、辺りは静まり返ってしまう。なんか見た事のある技だな、と思っているとまた空間に亀裂が入り、そこから炎が放たれる。バーンが受け止めると、それは先程自分が蹴ったボールだと気付く。 「でも、それだけかしら」 首を倒し窺ってくる紫に、二人は顔を歪めた。 勝ち目がない。そんな言葉が胸をよぎる。 「あんたのそれ自体チートだよ!」 「そうね、勝負も何もないわね。じゃあこれでおしまいにしましょう」 紫の手に一枚の札が取られる。遠目から見て、それの詳細は分からないが、おそらくスペルカードだ。二人は一段と身構えてスペルの宣言を待った。 「――罔両『ストレートとカーブの夢郷』」 3.隙間妖怪と弾幕ごっこ。 台詞がほとんどない…だと!? 弾幕ごっこは書くと極端に短くなるか極端に長くなるか。中間がない、中間が。 ゆかりんは勿論手加減をしておいでです。スペルでわかる手抜き。でもワームホール(カウンターあり)はあかんと思う。 あと2話で終わり。 2010.01.29 初出 ←back |