「おーう早いなあ」 充分な休息が取れた頃、今度は黒白魔女が降り立った。よく見れば、彼女の腹には日に焼けた健康的な腕が巻きついている。見覚えある腕だな、と思った瞬間、魔女の金髪の影からガゼルが顔を覗かせた。驚いて、更にぎょっとした。彼はくらくらしているのだ。 「ガゼル!?」 「少し飛ばしたらのびちまってさ、やれやれだぜ。あ、介抱してたら遅れたんだ」 「そりゃあどうも」 箒から降りたガゼルは覚束ない足取りで、バーンに近づき胸にすがりついた。気持ち悪そうにする彼の背をさすってやれば、魔女はにやつき、さすが夫婦だな、と言った。ダウンするガゼルがそれに反論しようとするが、すぐに沈みこんだ。石段に座り込ませ、安静にさせる。一体どれくらいの速度を出したんだか。走るスピードが早く、風を切る事が好きなガゼルが酔うくらいだ。やはりここの人間は人間じゃないのか。とりあえず箒にもスピード制限をつけるべきである。 「悪かったな」 「それはこっちの台詞だぜ。酔わせた上に遅れて、霊夢がここに居なくて良かった。怒られたくないからな」 「巫女ならここに着いてすぐに行っちまったんだ。あまりここに居たくないからって」 バーンがそう告げると、魔女はあまりいい表情をしなかった。黒い三角帽子を被り直し、そして宙に浮かんだ。 「確かに。そんなわけで私も帰るぜ。お前らはその階段の上目指していけばいい」 斜め上を指は示す。自分たちが居るのは長い石の階段であった。最後の一段がどこにあるのか分からない程、果てしない距離だ。 「これを?」 「まあ、飛べるんだから良い方なんじゃないか。頑張れよ」 「あのさ、何であまりここに居たくないんだ?」 「それを聞いたら誰だって逃げ出したくなっちまうぜ」 「もう大丈夫だと言っているだろう」 背をさすり続けるバーンの手を払い落とした。ガゼルの酔いは直りつつあり、それなのに彼は心配しすぎなのである。でも、とバーンは口ごもりガゼルの手を引いて立たせた。 「だって俺たち夫婦らしいし」 「馬鹿め!」 何が夫婦だ! 頭を全身全霊の力をこめて叩いてやった。とても気持ち良い音がして、それに満足したガゼルは足を踏み出し、階段の上を飛んでいく。走るのとは全然違うが、この感覚は嫌いではない。外の世界の人間はこんな気持ち良い事を知らないのか。ガゼルは少し優越感に浸る。 「ガゼル!」 後ろから聞えた音に、体を傾け左に避けた。炎の弾が胸をかすり横切る。 「何だ、貴様も出せるようになったのか。つまらないな」 「つまらないとは何だ! つまらないって!」 「一方的に勝てるというのも楽しかったのに」 2週間前の出来事を思い出す。雪の上に倒れたバーンを見下ろすのは実に気分が良かった。その後の事は気の迷いである。あまり思い出したくない。 「可愛いと思ったら、そうガゼルは考えてたのかよ!」 「悪いか?」 「悪いわ!」 バーンが一発弾を撃ち出す。それを簡単に避けると、その弾は飛び続け、40メートルほど先の人影を前に霧消した。 そんな進んでいないはずであるが、石段の上に立つ影に気づいてバーンとガゼルは地面に足をついた。自分たちより少し上に居るのは明るい金色の髪をした女だった。その女は差していた日傘を畳んで、腕を組む。 「遅かったから、迎えにきたわ」 「誰だ」 ガゼルの言葉に彼女は笑った。分かりやすい愛想笑いだ。 「八雲紫。初めまして、南雲晴矢と涼野風介」 「ただもん、じゃないな」 バーンの耳打ちに、ガゼルは頷く。 幻想郷でその名前は一切口外していない。互いの本名を知りえるのはバーンとガゼルだけだ。 妖しげに微笑む女に聞えるよう、胡散臭さが溢れ出ているな、と言い放てば紫という女は表情を変えずに頬に手を当てる。 「あらひどい」 違和感を覚えて、バーンが辺りを見回してみる。紫と自分たち以外の気配を感じ取れないのだ。それがあまりにも気持ち悪い。巫女と魔女がここに居たくないと言った理由が分かった気がする。 だが、と二人は紫を見据えた。 「あいつらの知り合いなら、俺たちがなんでここに来たか理由を知っているんだな」 「さあそれはどうかしら。その紅白巫女と黒白魔女と知り合いとは限らないわ」 「知り合いだな」 「ああ」 「あら、なんで分かったのかしら」 鈴の音のような声が笑う。 どうもこの幻想郷には真面目に取り合ってくれない性質の者が多い。それにガゼルはいらついた。 「ふざけてないで早く話し始めろ!」 思わず荒げてしまった声に、バーンが隣で馬鹿、と呟いた。 紫は怖いわね、と風になびく髪を押さえる。ガゼルの機嫌が損なわれたせいで、周りの気温が下がりつつあった。バーンが体を震わせながら、彼を宥める様子を元凶は面白そうに見ているだけで、更にガゼルの神経を逆なでた。 「せっかちねえ。そう、もう少し遊び心を持ち合わせないと。私と勝負しましょう」 「ほらお前のせいで面倒くさい事になった! こういう奴に本気になるなよ!」 そのバーンの一言はとても失礼なものである。だが紫は彼に同意して、二回首を縦に振った。 「余裕が必要なのよ、ここでは。現代社会向きの貴方の性格で、今後幻想郷で生きていけるかしら」 「原因が分かれば、こことはおさらばだ」 「そうかしら。霊夢が帰そうとしても駄目だったのだし。あきらめたら?」 「結構だ」 ああもうお前は! バーンはガゼルを抱き寄せて、その口を手で塞いだ。もごもごするガゼルを無視し、バーンは紫に問う。 「で、勝負の事だけど……嫌だと言ったら?」 「そうね、貴方たちの家を破壊しましょうか。容易い事よ」 「そりゃあやべえ。拒否権はないわけだ」 「ええ、貴方たちと同じ交換条件を使ったの。どう、選択を迫られる人間側の気持ちは」 そして戦慄する。どこまでこの女は知っているのか。バーンは額から吹き出た汗を拭い、紫を見上げた。 「本当に何者だ、あんた」 「幻想郷のしがない妖怪よ」 2.目が合うと吸い込みます。 私はスキマババアが大好きです。 私もスキマに吸い込まれたい。 次は弾幕ごっこ。一番疲れる所ですね。書くのも避けるのも。 目が合うと吸い込むのはカービィではなくて隙間女のことだったり。 2010.01.28 初出 ←back |