冷たい。 指でそっと胸に触れると、先端から伝わるのは熱ではない。 一瞬で心臓が止まってしまうような冷たさ。 触れるものを凍結させてしまう指先。 最近、自分の体温を感じられない。 もしかしたら最近ではないのかもしれない。 もっと遥か過去に熱が消え失せたような気がした。 冷たさに神経が全て麻痺してしまったようで、物に触れた時の感覚や大地を足で踏みしめる心地も一切ない。 自分は生きているのか、死んでいるのか――それすらも分らない。 周囲が凍てついていく。 生命が停止する。 時さえ止まる。 (おかしいな、いつものわたしなのに) 指を差し込む陽にかざす。 太陽の暖かさすらこの空間には届かない。 あの宇宙で核融合をおこない続けている炎の恒星すらもこの氷を溶かす事が出来ない。 ゆっくり目を閉じる。 静かな呼吸。 自分を取り巻く大気がきらきらと光に煌く。 美しいが、ここでは息をするのさえ困難。 肺が凍りつく。 死の恐怖がのしかかってくる。 (ああ、わたしは……) 脳裏に浮かぶ愛しい姿。 熱悩の炎。 別たれた熱を思い出す。 包まれた時の指。 体内から内臓たちを侵食していく熱。 全てを溶かそうとするあの炎は何処へ消え去ったのか。 初めて垣間見た時の熱。 自分を壊していく腕にもう一度触れたい。 この孤独を溶かすのは、彼しか無理だ。 (そう、寒いんだ) はた、と気付く。 自ら身体を抱えている事が何よりの証拠。 思わず笑いがもれた。 (そうか、わたしは寒いと感じているのだ。不思議だろう?) 空を見上げる。 生命が消え失せた空間の上空には、太陽が燃えている。 太陽の暖かさが恋しい。 あの炎を持つ彼が恋しい。 (このわたしが、君が居ないと死んでしまいそうなんだ) マイナスK ケルビンの最小値は0=-273℃の絶対零度。 マイナスをつければ絶対零度下。実際には存在しません。 絶対零度というのは、物質が存在しない所でしか実現しないらしい。 バーンとガゼルは互いが離れると、中和されていた温度から元の温度に戻って、それに困惑すればいいじゃない。 タイトル「東方文化帖」より 2009.12.28 初出 ←back |