小説 | ナノ

◇ 空き領域に詰まる不安


 引きたい単語が辞書の何ページに書いてあるかがわかる。何が書いてあるのかも。

「できるけれど、それがどうかしましたか」

 要するに『一冊本を丸暗記できる』というだけのことで、こんな特技は無駄でしかない。手元にその本があれば事足りる話で、コンピューターもどんどん進化している昨今、もっと他のことに頭の容量を割くべきではないのかと常々思っている。
 記憶力がいい、といえば聞こえがいいだけで、結局のところ記憶の取捨選択ができないのだ。一度読んだ本は余程のことがない限りおおまかなことを覚えている。もしページ数を意識していたのならばその数字までもが刻み込まれて、不必要な情報だというのにどこにも放り出せない。今のところ自身のこの脳は破裂するようなこともなく、散らかり放題になるでもなく、整然と知識を仕舞いこんでいるけれど、いつまで保つことが出来るのか、見当もつかない。
 このことは頭の片隅に常に居座る不安だった。
 
(いつまでぼくは期待に応えることができる? いつまでぼくは、あんたの役に立つことができるだろう……そもそも役に立てて、いるのだろうか?)

 それでも自分にできることなんて、知識を蓄えたり策を練る為の視点を増やしたり、とにかく成功率の高い、安全率の高い答えを導き出すための前例をこの頭に詰め込んでいくくらいのことしかない。
 そしてそんな不安を感じているなんて髪の毛先ほども知られたくないのだ。絶対に、絶対に彼に迷惑なんか掛けたくないし、心配されたいわけでもない。これは自分自身の問題で、それでも滲み出そうになるこの不安を押し隠す為には、このスタンスを貫き通す以外の方法を知らなかった。

「別にどうということでもないでしょう?」

 今日も小さく笑いながら、少年は彼の求める答えを述べるのだ。








お題『つまらないスキル』
制限時間:15分(+加筆修正5分ほど)


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