小説 | ナノ

◇ やわらかなまどろみ

※トリッシュ護衛前謎時間軸です。ジョルノは新入り。

 漸くスケジュールを圧迫していた仕事が終わって、フーゴは安堵のため息をついた。見られて困る類の書類ではないので、データのみで提出可能だったのは不幸中の幸いというところだろう。締切などなく、とにかく早く出せとの上からのお達しだった。
 今まで書類仕事はブチャラティ、フーゴ、アバッキオの三人体制でこなしていたが、新入りが入ったことで幾分か楽になったことも今回の修羅場の救いの一つだった。全くこのジョルノ・ジョバァーナという新入りは何をやらせても卒がない。何より説明が一回で、そして必要最低限で伝わることがフーゴの精神に余裕を与えてくれた。
 ナランチャに教えるのは嫌いではないし、むしろ自分が考えたこともないことに気付かされて学ぶところは多く、絶対本人に言うつもりはないがその時間を気に入っている。しかし、それはじっくり時間をかけて教えられるときに限る話である。つまるところ、今回の仕事に関してはナランチャは完全待機で、力になれない事にとても悔しそうな顔をしていた。そのうち出来ることから教えてくれと言ってくるに違いない。向上心の高さにおいてナランチャを上回る人間をフーゴは知らなかった。何から教えてやれるか、明日になったら準備を始めようと取り留めもなく思う。ミスタに4を克服させて数字の多い書類を片付けさせるのは到底無理そうなことであるし。
 疲れは溜まっているのに変に目が冴えていたので、ブチャラティの次にシャワーを浴びることにした。アバッキオは朝に回すことにしたようで、長い足をベッドに投げ出して眠っている。ひと通り汗を流して出てきたら、キッチンで電子レンジが無機質な音を立てた。覗きこむとブチャラティがテーブルにマグカップを並べている所だった。

「まだ起きていたんですか?」
「ああ、お疲れ様、フーゴ。おまえも飲むか?」と、応えるより先に差し出されたのはホットミルク。
「もうぼくの分あるじゃないですか……ありがとうございます」
 髪を乾かしている間にすっかり体が冷えていた。温かいそれを両手で受け取ってテーブルに付く。すると向かい側のソファにナランチャとミスタが、その横のソファにジョルノが、それはもう気持ちよさそうに寝ているのが目に入った。なんだこれは。
「二人は帰ってもいいといったんだがな……」
 ブチャラティが苦笑する。しかしながら向ける眼差しは慈愛に満ちた優しい視線だった。先程まで働いていたジョルノはともかく、対書類の戦力ではなかったナランチャとミスタは、抜けているメンバー分増えたいつものパトロールを終えて、それでも起きて待っていたのだろう。だが結局睡魔に負けてしまったようで今や立派な夢の住人である。
 そのソファで眠ろうとしていた僕はどうしようかと、疲労のためか怒ることを放棄したフーゴの頭は考えた。余り物のブランケットも探さなければならない。なんだかとても面倒だと思ったが、口をつけたホットミルクの温かさに思考がほどけていった。はちみつが香って、眠気を誘われる。
 飲み終わったカップをシンクに移して、洗い物やらはもう全て明日に回してしまうことにする。もう朝日が顔をだすまで一時間もないぐらいだけれども、明日と言ったら明日だ。
 この事務所扱いのアパートの一室にベッドは二つある。一つは既にアバッキオが眠っていて、余ったもう一つのベッドは当然ブチャラティの寝床だ。大きな二つのソファはミスタとナランチャ、ジョルノに占領されている。残りは一人がけの椅子がいくつかあって、動かせば横になれないこともない。しかしながらそんな余力はなかったので、フーゴはそこに座ってそのまま眠ることに決めた。春先とはいえまだ冷えるので、さすがに床は遠慮したい。
目当ての厚手のブランケットを仮眠室代わりの寝室で探り当て、さあ寝ようと部屋を出た所でブチャラティに引き留められた。
「何処にいくんだ?」
「えっと、リビングで寝ようかと」
「ソファは満員だったじゃないか」
「椅子に座って寝ますよ。もうこのままでいたら床ででも寝ちゃいそうなんですから……」
 言い切るかどうかのところで欠伸が出た。頭がふわふわして、まぶたが今にも落ちそうだ。早く眠ってしまいたいと、ごしごしと服の袖で目を擦る。

「ここで寝ればいい」
――ここ? って何処だろう。彼が眠る筈のベッドを指しているような気がする。
「前は一緒だったろ?」
――それはそうだ。だってこのチームが出来立てだった頃は本当にお金が無くて、ベッドが一つしかなかったんだ。ぼくだって今よりは小さかったし。
「抱き枕になれ」
――ああ、さむいのか。なら、しかたがないなあ。

 ブチャラティがブランケットを持ち上げて手招きして誘うので、呼ばれるままに部屋履きをぬいでフーゴはベッドに入った。空気に触れてヒヤリとした足が一瞬だけ冷静な思考をつれてきたけれども、フーゴが考えられたのは(ブチャラティもかなり眠そうな顔してるなァ)ということだけだった。そのままふわりと抱き込まれたらシャンプーの香りに混じって微かに彼の匂いがして、どうしようもないほどの安心感が押し寄せる。あたたかくて、とてもおちつく。
 ほぼ無意識にすりよれば、ゆったりした鼓動が聞こえて、幸せな気分のまま、もう寝てしまうなんて勿体ないと思いながらもフーゴは意識を手放した。

 日が昇り始めて、外では小鳥が朝を告げ始めた時刻のことである。

***

(今何時だ……?)
 部屋の中が、カーテンが閉まっているというのに明るかった。相当寝過ごしてしまったようだと、ブチャラティは上半身を起こす。
「んん……」
 横から声がしたので視線を下げれば、隣にフーゴが眠っていた。慌てて持ち上げてしまったブランケットを直してやる。寒かったから引き込んでしまったのだったか……? 眠くてよく覚えていなかったので、あくびを一つ、伸びを一回して、ブチャラティは深く考えることをやめた。まあいいだろう、温かいし。
 相変わらず寝顔はあどけない、と傍らの少年を観察する。いつもはどこか大人びているから、こういう年相応の顔を見ると微笑ましい。ナランチャと喧嘩をしている時もとても自然で、それはきっとフーゴにとって漸く訪れた少年時代と言ってもいいのだろうとブチャラティは考えている。だいたいおまけに流血がついて回るが、その程度はご愛嬌だ。年頃の少年なんてきっとこんなものなのだろうと、そう考えるブチャラティもまともな少年時代を経験などしていないから、残念ながら想像の域は越えないのだが。
 そっと傍らの柔らかな髪を撫でていたら、ドアの向こう側から突然賑やかな声がした。
「なあ、寝顔! ブチャラティの寝顔見るだけだからさァ!」
「落ち着けってナランチャ。マジック持ったか?」
「おい、――……!」
 最後の声は低く響いて意味がとれなかったが、アバッキオがやめろとかなんとか言ったのだろう。その程度であの暴走列車が止まるわけもなく(マジックは取りやめになったようだが)二人の声は徐々に近づいてきて、部屋の直前で急に静かになった。ここで静かになるんじゃあダメだろう。バカだなあ。
そっとドアが開く。抜き足差し足、入ってきたナランチャと目が合った。
「――ッ!」
ぱっと顔を輝かせて名前を呼ぼうとしたナランチャには悪いが、騒いだらフーゴが起きてしまう。問答無用で口をジッパーで閉じて、唇の前に人差し指を立てて喋るな、とジェスチャーした。ミスタは既にベッドの中のフーゴを見つけたらしい。大口開けて叫ぼうとしたのでこちらもジッパーでとめておく。その間も髪を梳く手は止まらない。この手触りは癖になるのだ。

「……ん……ぶちゃらてぃ……?」

 やはり気配が騒がしかったのだろう。目を醒ましたらしいフーゴがむにゃむにゃと不明瞭な発音ながら名前を呼び、目元をこする。
「ああ、おはようフーゴ」
「おはようございます……」
 眠たげな目を瞬かせ、きっちり焦点が合わないままに、半分夢の世界にとけた笑顔でフーゴはブチャラティに手を伸ばした。首に手を回してブチャラティの顔を引き寄せ、そのまま挨拶のキスを頬におとして、ずるずると抱きつく。腹の辺りに顔がくるような、猫が甘えるような体勢になっている。
(ミスタとナランチャに気づいていない、のか……?)
二人は扉の近くで完全にかたまってしまっている。もしかすると向こうからは頬ではなく唇にキスをしているように見えたのかもしれない。あまりに呆然としているので、もっとからかってやろうかとむくむく悪戯心が沸き上がった。何より、フーゴが自分だけしか見えていないという事実がブチャラティを上機嫌にさせた。

「なあ、今日はどうしようか」
「ん、フレンチトーストとかどうです…? おかずの作り置きもうなかったですよね……れいぞうこのなかみもピンチです……」
「そうだな、買い出しに行かないと」
「金曜日だからおさかなですよ……」
「おまえはいつも、寝ぼけてても日付だけは抜けないな……」
「ねぼけてなんて……ちょっと……ぼくはペットじゃないんですよ……んん……髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃいます……」
「ふふ、寝ぐせを直してやってるんだろう?」
「? なんですかもう……」
 もぞもぞと上半身を起こすフーゴと目が合ったので、こちらからも朝のキスをと、ブチャラティは唇でフーゴのこめかみに触れた。わざとリップ音を立ててやる。フーゴは満足気に笑って、そのまま振り向き、固まった。

「どうして」とか「なんで」という言葉はなかった。恐らくは一瞬で全てを理解してしまったのだ。そして弁解をするにも制止するにも、ナランチャとミスタの唇はジッパーで縫いとめられている。俯いてわなわなと震えたフーゴの唇から、寝起きとは思えない声量で叫び声が飛び出した。

「〜〜〜〜ッ! ぱ、パープルヘイズーーッ!!!!」



「いやしかし、秀才のフーゴ君がァ、あーんな甘えたの子供だとは思わなかったな〜?」
「やっぱおまえ年下だな! もっとオレを年上扱いしろよォ! つーかずるい! オレもブチャラティと一緒に寝たいッ!」
「くそ、うるせーぞテメーらァ!! もういいでしょォーッ!!」
 三人が大騒ぎしているのを、アバッキオは遠目に眺めていた。フーゴは顔を真っ赤にして、恥ずかしさからかほとんど涙目になって抗議している。フォークでもなんでも武器になりそうなものを持ち出してキレるのも時間の問題だろう。
「元気ですね……」
 一部始終をミスタとナランチャに説明されたジョルノが、欠伸を噛み殺しながら呟いた。最年少らしくすやすや寝ていたのをこの騒ぎに起こされたのだ。そして何を思ったのか、紅茶を淹れようと茶葉の準備をしているアバッキオの横にわざわざやって来てエスプレッソを淹れている。
「その、聞きたいことがあるんですが……」
「なんだ新入り」
 じろりと視線を流してジョルノに目をやる。ほとんど睨み付けるような形相だ。怯えたり萎縮する様子がないのがふてぶてしくて苛つかせるとアバッキオは思ったが、その反応を返してきたところで苛つくのは変わらないだろうから、馬が合わないというのが正しいところだろう。
「ブチャラティとフーゴは、その……そういう関係なんですか?」
「本人に聞きゃあいい。そこにいるじゃねーか」
 隠しもせずに舌打ちをして、それでも今回の仕事のコイツの頑張りはなかなかのものだったから、少しくらいは答えてやろうか、と補足を続けてやった。こういう所が、陰でチームのメンバーに『人がいい』とか『面倒見が良い』とか思われているのだとアバッキオは気づかない。
「このチームじゃあブチャラティの次にフーゴが古株で、要するにあいつらが一番付き合いが長い。だから仲の良すぎる兄弟くらいに思っときゃ、今のところは間違いねえ。……だがな、仮にアイツらがどんな関係だろうが、オレ、いやオレ達はブチャラティのもとで働く。それだけだ」
 なるほど、と小さく呟いて、少し俯いてジョルノは「でも聞いてくれませんか」と続けた。
「今回の仕事、ぼくはフーゴから教わることが多かったでしょう? 最初は全然問題なかったんですけど」
「はっきり言えよ、面倒だ」
「慣れてないもんですから書類で指を切っちゃったりして、そしたら書類が汚れるといけないからってフーゴが絆創膏をわざわざ貼ってくれたんです。その間中ずっと、ブチャラティの視線が離れないんです……その、自意識過剰とかではなく事実として」
「…………考えたら負けだぜ」
 アバッキオ自身多少覚えがあったので、明言は避けて視線を泳がせる。現実逃避も兼ねて、よく自分に話しかける気になるものだとアバッキオは頭一つ分下にある金髪に目をやった。この位置からはつむじまで見える。まだ成長途中の子供だ。いくら度胸が座っていて能力があるからって、コイツがギャングになりたいなんてやってきた理由が未だにわからない、とアバッキオは思う。こんなに希望にあふれた顔をして、まだ学校にも通っていて頭も良くて、何をギャングになんかなることがあるのかと本当は思っている。
 ここまで思考がたどり着いて、アバッキオは考えることをやめた。そんなことは自分の知ったことではないのだ、と軽く頭を振って、頃合いであろう紅茶のポットを手にとってちらりと横に視線をやったら、ジョルノが自らのエスプレッソに尋常でない量の砂糖を投入していた。ぎょっとするアバッキオを尻目にカップの中身を混ぜながらジョルノは喋り出す。
「実は、初日にあんなことされてどう接したらいいか戸惑っていたんですが」
ずっとすまし顔だったくせによく言うものだ。鼻で笑って往なしてやったつもりだったが、ジョルノは続けた。
「あなた、意地悪だけど優しいんですね。イイ人だ。そんな気がします」
 にっこり、天使のようなほほ笑みを見せてリビングへと去っていった。

「……あ」
 紅茶にミルクを入れすぎてしまった。あまりに思いもかけないことを言われて手元が狂った、のだろうか。そんな媚びたって騙されやしないのだと、ますます苛々とカップの中身をかき混ぜる。カチャカチャとなるスプーンの音が耳障りだ。
「随分仲良くなったじゃねェか」
 入れ違いにブチャラティがひょっこり顔を出した。
「アイツが勝手に近寄ってきたんだろ……アンタ何飲むんだ?」
「いや、自分でやるよ。おまえは淹れ終わったんだろう、向こうでゆっくり飲んでこい」
「あっちの方がやかましいだろ。あれ、アンタわざとだな?」
 キッチンで立ったまま紅茶に口をつけながらアバッキオは尋ねる。目の前の男は指示語を正しく受け取って答えた。
「丁度いいから誰のものかっていうのを主張してみようかと思ってな」
 くす、と楽しげにブチャラティは笑ったが、アバッキオの背筋はヒヤリと冷えた。これではまるで獲物を狙う瞳だ。大事な大事な弟分なのだと酒に酔う度そう言うが、保護者というには些か枠を外れている事に気づいているのだろうか。
「アンタが良いならそれで良いが……」
 だがお互いに向けている特別な視線に二人が気付いていないとも思えない。先程のジョルノではないがアバッキオは時折フーゴからも視線を感じている。釘を刺す視線ならば見当違いなのだからまだいいが、あちらから寄越されるのはなんというか湿った、もどかしい視線なのだ。
『許せない』とか『自分も欲しい』というよりも、『寂しい』『こちらを向いてほしい』、そんな色合いの濃いもので、そんなヤワな人間性をしていないことはわかっているのに、こちらが悪いことをしているような気になってしまう。
「いつもすまないな、アバッキオ」
「いや、オレは何もしてないだろう。……昼飯食いにいくんならそろそろアイツら止めねェと掃除からだぜ」
「違いない」
 それでもなるようになるだろう、と思わせるのがブチャラティという存在だ。案外サディストな所も持ち合わせている男だから、フーゴのそんな態度も楽しんでいるのかもしれない。だとすれば首を突っ込むだけ無駄というものだ。いずれ痴話げんかに巻き込まれるのかと思うと今から頭が痛くなってくるような気までする。
(それでもオレはブチャラティの元で働くだけだ)
 もう一度頭の中で繰り返してアバッキオは一人頷いた。そしてブチャラティが幸せならそれに越したことはないと思うので、やはり早くくっついてしまえばいいと思う。

 二人連れ立ってリビングに入れば、喧嘩の気配は鳴りを潜め、三人が興味深げに新入りを取り囲んでいた。なんでも妙な特技を披露したとか何とか。全く芸達者な奴である。
 ブチャラティの腕をナランチャが引いて輪の中に連れ込んで、そうなればいつも通りの日常だ。その様子を遠巻きに眺め、紅茶に口をつけてナランチャの説明に耳を傾けるが要領を得ない。説明を引き継ぐ新入りの声が割って入った。

「ですから、ぼくは耳の穴に耳を全部しまうことができるんです」

……奴はやはり正体不明だ。


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