『どこ行ったのよアイツら…』
呟いて、本日何度目かのため息をつく。面倒だとあたしは頭を掻いたのち、再びキョロキョロと辺りを見回した。
日が沈んでいくにつれて、立ち並ぶ屋台が一層華やかさを増していくように思う。片手にりんご飴や金魚をぶら下げて脇をすり抜けていく子どももいれば、手を繋いで笑いあう恋人たち。
既に周りはお祭りモード一色だ。
いつか行われた開国20周年を記念した祭典ほどではないにしろ、人で混雑しそれなりに賑わう会場の中、あたしは先ほど逸れた二人の幼い従業員…新八と神楽の姿を捜す。
『神楽の奴、お小遣いあげた途端走りだしやがって…』
「あ!茉銀だ!」
『新八も神楽追いかけていったっきり戻ってこないし…』
「ねえ!あれ、ちょっと茉銀?」
『こーなったらしらみつぶしに捜すしか…』
「茉銀ーー!!!!」
『うわぁぁあああ!!?』
突然背後で自分の名前を叫ばれびくりと肩を震わす。慌てて振り向くと、あたしは内心焦りから安堵へと変わった。
『…って、なぁんだ、風香か…』
「ちょ、なんだって何さ。あたしの呼びかけにいつまでも気づかなかったのは茉銀でしょ?」
呆れたと言うような視線を向ける彼女は、艶やかな黒髪に、武装警察「真選組」の象徴ともいっていい漆黒の制服を身にまとっている。真選組零番隊隊長の肩書きをもつ彼女ーー日比野風香は、あたしにとっては腐れ縁と言ってもいい幼馴染みである。
「珍しいね、茉銀がこんなとこで一人なんて。他の二人は?」
『随分前に逸れた。風香こそなにやってんの?』
「何って、見回りだよ見回り。もーやってらんないよねー」
そうは言うが風香の手には屋台で買ったのだろうたこ焼きがある。もごもごと頬張る風香の姿に、あたしは内心で「アンタもアンタで祭り満喫してんじゃねーか」とつぶやく。そして彼女の怠慢によってまた胃に穴が開くであろう真選組副長に同情した。哀れマヨラー。部下に振り回されてアンタも大変だね。
「なんだかんだ言いつつ、茉銀だって綿あめ買ってるじゃんか。糖尿になっても知らないよ〜」
『風香だって甘いもの好きじゃない』
「いや、好きだけど茉銀ほどじゃないし!ごはんに小豆乗せる神経が分からん」
『ふっ、アレの素晴らしさが分からないなんて、風香もまだまだね』
「分かりたくもねーよ」
どうやら風香の辛辣さは相変わらずのようである。かつて彼女の毒舌であたしやヅラ達が精神的なダメージを受けていたのは最早いい思い出である。
『…そーいや、戦争のときあいつらと夏祭り行ったよね』
「?夏祭り?」
『そ。ほら、高杉がすっごいノリノリだった…』
「あ、思い出した!」
『(それで思い出すってどーなんだろう……)』
まぁ確かに高杉のテンションがちょっとおかしかったけれども。自分のキャラ見失いかけてたもんね。
「なぁんか、ときどき懐かしくなっちゃうんだよね。戦争のときのことも…あの人が、居た時のことも」
『………』
「特にさ、あの人と一緒に居た時のことは、今でも鮮明に思い出せるんだよね。あんなことがあったなぁとか、こんなこともあったなぁとか、ホントに色々なことを」
『……そうだね。四人でよっちゃん川に突き飛ばしてあの人に大目玉くらったりね』
「……もうあの時はホントに怖かった」
思い出したのか、顔を青くしてぶるりと肩を震わせる風香。あたしもあの時はこの世の終わりを見ている気がした。他には勝手にあの人が楽しみにしてた饅頭を盗み食いして同じように怒られたっけ。…まぁどれもこれも元はと言えばあたしたちが悪いのだけれど。ホントにあの頃はバカなことしかしてなかったよな。
「今までさ、色々なもの背負って、刀振るって、気づいたら背負っていた物を失って…そんなことの繰り返し。そして、失うたびに泣き崩れるんだよ、あたしは…あたしたちは」
『………』
「だからさ、今度こそは絶対に取りこぼしたくないんだ。…大切だから。ヅラや晋助に何て言われようとさ、あたしはあの場所で生きていたいんだ」
『風香…』
そう言って前を見据える風香の瞳には、何か決意のようなものが感じられた。
ーー近藤さんに助けられたから
以前風香はそう言っていた。実際、あたしたちの中で一番複雑な立場なのは彼女なんだろう。憎い仇である幕府についた風香。きっと今に至るまで、色んな葛藤があったに違いない。
ーー最初はあたしだって、壊してしまおうって思ったんだよ。でも、出来なかったんだよね。
ーー馬鹿みたいに騒ぐアイツら見てたらさ、なんか懐かしくなっちゃって。壊せなかったんだよ。
そんなことを言いながら真選組の奴らを見る風香の瞳には、かけがえのないものを……例えばそう、あたしが新八や神楽に抱く感情と同じものが込められていた。
『はぁ……やっぱりあたし、風香のこと好きだわ』
「は?何?茉銀がデレるとか、なんな悪いモンでも食べたの?」
『なんとでも言いなさいよ』
風香の頭を軽く小突く。彼女はポカンとしていたが、すぐにへらりと笑って見せた。
「シロちゃーん!!」
『!』
「あ、新八と神楽じゃん」
「風香さん!こんばんわ。シロさんと一緒に居たんですね?」
『っ、アンタら、今まで何して「それよりシロちゃん!見てヨこれ!」
あたしの言葉を遮って、神楽は何やら左手に持っているものをズイ、と差し出してくる。神楽の右手と新八の右手にも、まるで同じものが握られていて。
『チョ、チョコバナナ…?』
「はい!りんご飴や綿あめの屋台ならすぐに見つけたんですけど、シロさんのことだから既に食べてるんじゃないかと思って」
現に今、綿あめ食べてたみたいですし。そう言って得意げに笑う新八に、キャッキャとはしゃぎながらあたしの腰に抱きつく神楽。風香が隣でニヤニヤと笑っているのが分かる。新八と神楽の手にはチョコバナナ以外のものは見受けられない。……ひょっとしてこいつらは、この為だけに今まで屋台を練り歩いていたのだろうか。
「じゃあシロちゃん!今度は食べ物買ってくるアル!!」
『は?ちょ、』
「いやいや神楽ちゃん。チョコバナナだって十分食べ物なんだけど」
「チョコバナナはデザートアル!何言ってるアルか駄眼鏡。だからお前はいつまで経っても駄眼鏡なんだヨこの駄眼鏡」
「謝れぇぇぇ!!全国の眼鏡かけてる皆さんに謝れ!!」
「グダクダ行ってないでさっさと行くアルよ駄眼鏡」
「なんで僕いつもこんな扱い……シロさん、風香さん、それじゃあまた」
「バイバイアル風香!シロちゃんはそこで待ってろヨー!!」
あたしの返事を聞かず、二人はそのまま走り去ってしまった。ホント、なんなんだアイツら…。
「茉銀、顔真っ赤」
『うるさい』
「照れちゃって〜。今日は新鮮な茉銀が良く見られることで」
言いながら、風香はヘラヘラと笑っている。「あたしはまだ屋台回るけど、茉銀はここにいるんだよね?」という問いに頷いておく。あとでまた探し回るのも面倒だし、何より神楽に「待っていろ」と言われた手前、ここから動く訳には行かないのだ。
そんな感じで風香に別れを告げようとしたとき、「二人とも奇遇ですねィ」という、妙に聞きなれた江戸っ子口調が聞こえてきた。
『総一郎くんじゃん』
「姐さん、総悟です。姐さんも祭りに来てたんですかィ?」
「…それはそうと総悟、そのバズーカって、」
「ん?ああそうだった。丁度いいや、逃げやすぜィ風香」
「は?」
そう言って風香の返事も待たずに屋台の人混みに消えていった総一郎…じゃない、総悟くん。訳が分からず風香と一緒にポカンとしていたが、直後に響いた「総悟ォォォオオオ!!風香ァァァアアア!!」という怒声に、瞬時に状況を理解した。
ーーああ、そういやコイツ、祭りの見回りの途中なんだっけ。
「やっば土方さんだ…!茉銀、またね!!」
『おー…がーんーばーれー』
「せめて棒よみやめてよ!」
言いながら、風香は黒い髪を靡かせて人混みの中へ消えていった。なんて別れ方だ。するとすぐに、いつにも増して瞳孔が開いた真選組副長がおいでなすった。心なしか、服が焦げていたりとボロボロなご様子。
『やぁ大串クン。ご苦労なことで』
「!万事屋か、丁度いい。総悟と風香を見なかったか?」
『さぁ、知ーらな「今度でにぃずでパフェでも奢ってやる」あっちだよ!!!!』
ビシッと二人が走っていった方向を指でさす。すると土方はそれこそ鬼の形相で追いかけていった。すまない風香、総悟くん。これもパフェの為に必要な犠牲なんだ。反省はするけど後悔はしないよ。
まぁ、なんだかんだで風香も追いかけっこ楽しむんだろうけど。
そうしてすぐさま響くバズーカの爆発音。怒声と笑い声がここまで聞こえてくるなんて、
「騒がしい奴らよね」
そう呟いて、あたしは片手に持っていたチョコバナナにかぶりついた。さぁ、暫くはこうやって、あの二人を待っていなければ。
世界の色が変わったら、夜がゆっくり明けたなら
((打ち上がった花火と))
((それとは違う爆発音に))
((声を上げて笑ったんだ))