●● ○ 風が空を渡る。 空を遠く感じ始める夏の終わり。 日差しにまじる夏の名残が、肌を焼いていく。 ほのかに涼を含んだ風が、木の葉をさざめかせた。 本館とステージを繋ぐ迂回路。そこから少し、森の中へと足を踏み入れる。 人気も少なく、並ぶ木立と水辺が立ち上る暑気をやわらげてくれる好ルートだ。 静に学園祭会場内の散歩を勧められて以来、よく訪れる場所のひとつになった。 本来の通路が見える程度の位置。 ここから稀に、忙しく走り回る静の姿を見かけることもあった。 少しだけ遠ざかった喧騒と、緩やかに流れるこの時間が心地いい。 なんとはなしに池を眺めていた、その視界の端に見覚えのある人影が過った。 「ん」 静だ。 これから昼食だろうか。 弁当の包みとペットボトルを手にのんびりと、池の真ん中に渡されたた橋を歩いている。 水辺を渡る風に前髪をそよがせて、目を伏せるのがいかにも幸せそうで、思わず頬が緩む。 しかし次の瞬間、その身体が後ろにつんのめった。 「あ」 とっさに足を踏み出したが、間に合うはずもない。 弁当包みとペットボトルを握ったまま、ぱたぱたと手を振り回してたたらを踏む。 そのまま数歩、後ろに後退し───背後から現れた男子生徒にぶつかった。 ぶつかったというよりは、受け止められた。 はじめから受け止めるつもりで近づいたらしい、男子生徒はむしろ嬉しげな様子で静に話しかける。 静が頭を下げ、二言三言交わして、オレンジ髪の男子生徒は機嫌良さそうに立ち去って行った。 それから静はふうっとため息を吐いて、失敗した、というように顔をゆがめる。 とりあえず転びはしなかったことに、こちらもふっと息を吐いた。 相手は明らかにナンパをしにかかっていたようなのだが、彼女は難なくかわしたらしい。 相手があっさり引き下がったこともあって、胸に二重の安堵が広がる。 「……やれやれ、ひやっとさせてくれるばい」 と、安堵したのもつかの間、今度は別の男子生徒が静に近づいていく。 橘だ。 静はぴっと姿勢を正して、顔を引き締めた。 運営委員の顔だ。 世話好きのしっかり者、長女タイプだと思っていたが、それは先日彼女自身によって否定されたばかりだ。 ならば彼女の仕事ぶりは、責任感の賜物なのだろう。 彼女の働きぶりに好感を抱く者は少なくない。 それは千歳も、橘とて例外ではないのだが。 橘と静の間にあるものが、男女の感情に及ぶものでないことは察せられる。 二人が何事か、仕事上の打ち合わせらしきやり取りを終えた別れ際。 更にその背後から、伊武と神尾がやってきた。 橘に気はない。が、この二人は違う。 神尾は明るく話しかけ、伊武は常の通り変化に乏しい表情で───それでもしっかり静を気にしている。 静はそれに笑顔で応え───神尾は笑い返しながらそっと溜め息を吐き、伊武が視線を逸らした。 想像はつく。 普段は察しのいい静は、恋愛事となれば途端に話がかみ合わなくなる。 自分がそういった対象に見られるという意識が、極端に低いのだろう。 不動峰の、いつもの光景だ。 「うかうかしとれんね」 ふっと、口から先ほどとは別の溜め息が漏らしながら、ポケットから携帯電話を引き出す。 カチカチとボタンを操作して耳に当てる。 視線の先の静が、三人に断りを入れて携帯電話を取り出した。 『もしもし?』 「確認したいことがあっとよ。いま、電話は大丈夫ね?」 『はい、大丈夫ですよ。でも千歳さんがそういうの、珍しいですね?』 「静?」 「………はい」 名前で呼びかければ、気持ち緊張した声が返った。 「俺の名前、忘れたと?」 「え、あ。せ………千里さん……」 恥ずかしそうに呼ぶ静の背後で、分かりやすく神尾と伊武の顔色が変わる。 「ん。それでよか」 勿論、それに静は気付かない。 電話越しに呼ばせた名前の意味にも。 「勝負には、牽制も重要たい」 「はい?」 きょとんとした声に、かすかに笑う。 鈍い君に先手必勝、宣戦布告。 後書き。 千歳が覗き魔状態。(え) オレンジ色の髪は、言わずもがなの人物ですね。 静はどこまでも恋に鈍感てことで。 三度も参加させて頂きまして、ありがとうございました! 夜月 蒼(やげつ そう) キミノトナリ (もっと)学園祭の王子様企画 | |
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