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鈍い君に先手必勝、(千歳×静)



 風が空を渡る。

 空を遠く感じ始める夏の終わり。

 日差しにまじる夏の名残が、肌を焼いていく。

 ほのかに涼を含んだ風が、木の葉をさざめかせた。

 本館とステージを繋ぐ迂回路。そこから少し、森の中へと足を踏み入れる。

 人気も少なく、並ぶ木立と水辺が立ち上る暑気をやわらげてくれる好ルートだ。

 静に学園祭会場内の散歩を勧められて以来、よく訪れる場所のひとつになった。

 本来の通路が見える程度の位置。

 ここから稀に、忙しく走り回る静の姿を見かけることもあった。

 少しだけ遠ざかった喧騒と、緩やかに流れるこの時間が心地いい。

 なんとはなしに池を眺めていた、その視界の端に見覚えのある人影が過った。

「ん」

 静だ。

 これから昼食だろうか。

 弁当の包みとペットボトルを手にのんびりと、池の真ん中に渡されたた橋を歩いている。

 水辺を渡る風に前髪をそよがせて、目を伏せるのがいかにも幸せそうで、思わず頬が緩む。

 しかし次の瞬間、その身体が後ろにつんのめった。

「あ」

 とっさに足を踏み出したが、間に合うはずもない。

 弁当包みとペットボトルを握ったまま、ぱたぱたと手を振り回してたたらを踏む。

 そのまま数歩、後ろに後退し───背後から現れた男子生徒にぶつかった。

 ぶつかったというよりは、受け止められた。

 はじめから受け止めるつもりで近づいたらしい、男子生徒はむしろ嬉しげな様子で静に話しかける。

 静が頭を下げ、二言三言交わして、オレンジ髪の男子生徒は機嫌良さそうに立ち去って行った。

 それから静はふうっとため息を吐いて、失敗した、というように顔をゆがめる。

 とりあえず転びはしなかったことに、こちらもふっと息を吐いた。

 相手は明らかにナンパをしにかかっていたようなのだが、彼女は難なくかわしたらしい。

 相手があっさり引き下がったこともあって、胸に二重の安堵が広がる。

「……やれやれ、ひやっとさせてくれるばい」

 と、安堵したのもつかの間、今度は別の男子生徒が静に近づいていく。

 橘だ。

 静はぴっと姿勢を正して、顔を引き締めた。

 運営委員の顔だ。

 世話好きのしっかり者、長女タイプだと思っていたが、それは先日彼女自身によって否定されたばかりだ。

 ならば彼女の仕事ぶりは、責任感の賜物なのだろう。

 彼女の働きぶりに好感を抱く者は少なくない。

 それは千歳も、橘とて例外ではないのだが。

 橘と静の間にあるものが、男女の感情に及ぶものでないことは察せられる。

 二人が何事か、仕事上の打ち合わせらしきやり取りを終えた別れ際。

 更にその背後から、伊武と神尾がやってきた。

 橘に気はない。が、この二人は違う。

 神尾は明るく話しかけ、伊武は常の通り変化に乏しい表情で───それでもしっかり静を気にしている。

 静はそれに笑顔で応え───神尾は笑い返しながらそっと溜め息を吐き、伊武が視線を逸らした。

 想像はつく。

 普段は察しのいい静は、恋愛事となれば途端に話がかみ合わなくなる。

 自分がそういった対象に見られるという意識が、極端に低いのだろう。

 不動峰の、いつもの光景だ。

「うかうかしとれんね」

 ふっと、口から先ほどとは別の溜め息が漏らしながら、ポケットから携帯電話を引き出す。

 カチカチとボタンを操作して耳に当てる。

 視線の先の静が、三人に断りを入れて携帯電話を取り出した。

『もしもし?』
「確認したいことがあっとよ。いま、電話は大丈夫ね?」
『はい、大丈夫ですよ。でも千歳さんがそういうの、珍しいですね?』
「静?」
「………はい」

 名前で呼びかければ、気持ち緊張した声が返った。

「俺の名前、忘れたと?」
「え、あ。せ………千里さん……」

 恥ずかしそうに呼ぶ静の背後で、分かりやすく神尾と伊武の顔色が変わる。

「ん。それでよか」

 勿論、それに静は気付かない。

 電話越しに呼ばせた名前の意味にも。

「勝負には、牽制も重要たい」
「はい?」

 きょとんとした声に、かすかに笑う。




 鈍い君に先手必勝、宣戦布告。







後書き。

千歳が覗き魔状態。(え)

オレンジ色の髪は、言わずもがなの人物ですね。
静はどこまでも恋に鈍感てことで。


三度も参加させて頂きまして、ありがとうございました!


夜月 蒼(やげつ そう)



キミノトナリ
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