●● ○ 十五年に少し足りない人生の中において「それ」を明確に意識したことは、ほぼ皆無であった。 しかし近頃、手塚の周囲は常にそれを意識させようと仕向け、彼に突きつけてくる。 彼の中に起こった変化を。 その呼び名を。 その心が向かう先を。 そして問いかける。 このままで良いのか、と。 「ねえ手塚」 「……何だ、不二」 模擬店の屋外会場。 呼びかけには振り向かないまま、言葉だけを返す。 くすりと漏れる笑い。いつも通りの微笑み。 目を向けずとも分かる。 そしていつも通りだからこそ、その表情は読めなかった。 ただし、言わんとすることは察せられる。 「眉間にシワ、寄ってるよ」 「……そうか?」 「うん」 あっさりと肯定するものの、先日と違ってそれ以上の言及はない。 しかし、視線は手塚と同じく、ある一点に集中していた。 運営委員の腕章をつけ、書類を手に立つ少女と、それを取り巻く数人の男子生徒。 その誰もが身内で、知った顔ぶれだ。 なにか雑談でもしているのだろうか。時折、笑い声もあがっている。 自分ではああはいかない、と考えたところで、手塚ははっと我に返った。 これではまるで。 まるで、笑わせたいと思っているようではないか。 半ば愕然とした心境に陥って、手塚はその思考を振り切る。 隣から再度、ふふ、と笑いがこぼれて、そこでようやく、手塚は不二に目を向けた。 「ああ、ごめん。手塚の百面相なんて珍しいものを見たから、ついね」 「……そうだったか?」 百面相。そんなことをしていただろうか。 「今の手塚はわかりやすいよ。彼女はすごいな」 「そうだな」 さも可笑しげに言う不二に同意する。 不二の言うところの「すごい」とは意味にかなりの差異があるが。 彼女の努力、そして挙げてきた成果は、認められてしかるべきものだ。 「よくやっている。助けられたと感じることも多いな」 「それは勿論そうだけど。……意味が違う」 「まだ全国大会前だ。こんな───」 「どうして気付かない振りをするの?」 言葉を紡ぐのを遮って、不二は不満そうに眉尻を下げた。 すっと手塚の目を見据えて、言葉を継ぐ。 「君はまるで、恋を悪いことだと思っているみたいだ」 「……………」 手塚は、ただ沈黙した。 そうだとも、違うとも言い切れない。 返すべき言葉は見つからなかった。 「……おや」 更に何事か口を開きかけて、ふと気付いたように不二の視線が外れた。 つられてそれを追えば、手塚の物思いの主要因が───広瀬静が、こちらを窺うように佇んでいる。 視線が合うと、ぺこりと頭をさげてきた。 「手塚に用事みたいだね。なら、僕はもう行くよ」 言って不二は静の方へ向かって数歩足を進め───不意に立ち止まった。 「ねえ、手塚。───君にとって、彼女は悪いモノなのかい?」 「何?」 「なら、はじめから遠慮なんて必要なかったのかな」 振り返った不二は、もう微笑んではいなかった。 見開いた瞳に、ただ静かな、強い光。 ひたりと据えられた眼差しは揺るがない。 「どういう───」 意味だ、と思わず質そうとして口を開いた瞬間。 「なんてね」 にこりと、いつもの微笑を浮かべて。 今度こそ、不二は立ち去って行った。 代わりに手塚の口にのぼるのは、筆舌に尽くしがたい程、重いため息だ。 「す、すみません……お邪魔しちゃいましたよね」 「……いや、構わない」 申し訳なさそうに言う静に、短く答える。 「でも、真剣なお話だったんじゃ……」 「真剣、か。どう……だろうな」 それは手塚自身に一番わからない。 むしろ、誰よりもそれを知りたいと思っているのは自分であるように思う。 「あの、それはどういう……?」 知りたい。 小さく首を傾げた彼女を、好ましいと感じる己の心を。 「気にするな。こちらのことだ。何も問題はない」 「そう……ですか」 わずかに曇った表情に、かすかな落胆を覚える。その正体を。 「それより、俺に何か用だったんじゃないのか」 「あ、はい。実は―――」 彼女の声を聞きながら、密かに心を決める。 この心を、恋と呼ぶのなら。 「俺だ、手塚だ。夜分にすまないな」 電話を片手に。 さあ、恋をはじめよう。 後書き。 お題から連想させて頂いたのは、自覚と始まり。 手塚が二度も静に電話したのは何故かなと、私なりに付け加えてみました。 気付いたら、不二が猛ダッシュを決めてましたが。(笑) 参加させて頂きまして、ありがとうございました! とても楽しく書かせて頂きました! 夜月 蒼(やげつ そう) キミノトナリ (もっと)学園祭の王子様企画 | |
|