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さあ、恋をはじめよう(手塚×静)



 十五年に少し足りない人生の中において「それ」を明確に意識したことは、ほぼ皆無であった。

 しかし近頃、手塚の周囲は常にそれを意識させようと仕向け、彼に突きつけてくる。

 彼の中に起こった変化を。

 その呼び名を。

 その心が向かう先を。


 そして問いかける。

 このままで良いのか、と。







「ねえ手塚」
「……何だ、不二」

 模擬店の屋外会場。

 呼びかけには振り向かないまま、言葉だけを返す。

 くすりと漏れる笑い。いつも通りの微笑み。

 目を向けずとも分かる。

 そしていつも通りだからこそ、その表情は読めなかった。

 ただし、言わんとすることは察せられる。

「眉間にシワ、寄ってるよ」
「……そうか?」
「うん」

 あっさりと肯定するものの、先日と違ってそれ以上の言及はない。

 しかし、視線は手塚と同じく、ある一点に集中していた。

 運営委員の腕章をつけ、書類を手に立つ少女と、それを取り巻く数人の男子生徒。

 その誰もが身内で、知った顔ぶれだ。

 なにか雑談でもしているのだろうか。時折、笑い声もあがっている。

 自分ではああはいかない、と考えたところで、手塚ははっと我に返った。

 これではまるで。

 まるで、笑わせたいと思っているようではないか。

 半ば愕然とした心境に陥って、手塚はその思考を振り切る。

 隣から再度、ふふ、と笑いがこぼれて、そこでようやく、手塚は不二に目を向けた。

「ああ、ごめん。手塚の百面相なんて珍しいものを見たから、ついね」
「……そうだったか?」

 百面相。そんなことをしていただろうか。

「今の手塚はわかりやすいよ。彼女はすごいな」
「そうだな」

 さも可笑しげに言う不二に同意する。

 不二の言うところの「すごい」とは意味にかなりの差異があるが。

 彼女の努力、そして挙げてきた成果は、認められてしかるべきものだ。

「よくやっている。助けられたと感じることも多いな」
「それは勿論そうだけど。……意味が違う」
「まだ全国大会前だ。こんな───」
「どうして気付かない振りをするの?」

 言葉を紡ぐのを遮って、不二は不満そうに眉尻を下げた。

 すっと手塚の目を見据えて、言葉を継ぐ。

「君はまるで、恋を悪いことだと思っているみたいだ」
「……………」

 手塚は、ただ沈黙した。

 そうだとも、違うとも言い切れない。

 返すべき言葉は見つからなかった。

「……おや」

 更に何事か口を開きかけて、ふと気付いたように不二の視線が外れた。

 つられてそれを追えば、手塚の物思いの主要因が───広瀬静が、こちらを窺うように佇んでいる。

 視線が合うと、ぺこりと頭をさげてきた。

「手塚に用事みたいだね。なら、僕はもう行くよ」

 言って不二は静の方へ向かって数歩足を進め───不意に立ち止まった。

「ねえ、手塚。───君にとって、彼女は悪いモノなのかい?」
「何?」
「なら、はじめから遠慮なんて必要なかったのかな」

 振り返った不二は、もう微笑んではいなかった。

 見開いた瞳に、ただ静かな、強い光。

 ひたりと据えられた眼差しは揺るがない。

「どういう───」

 意味だ、と思わず質そうとして口を開いた瞬間。

「なんてね」

 にこりと、いつもの微笑を浮かべて。

 今度こそ、不二は立ち去って行った。

 代わりに手塚の口にのぼるのは、筆舌に尽くしがたい程、重いため息だ。

「す、すみません……お邪魔しちゃいましたよね」
「……いや、構わない」

 申し訳なさそうに言う静に、短く答える。

「でも、真剣なお話だったんじゃ……」
「真剣、か。どう……だろうな」

 それは手塚自身に一番わからない。

 むしろ、誰よりもそれを知りたいと思っているのは自分であるように思う。

「あの、それはどういう……?」

 知りたい。

 小さく首を傾げた彼女を、好ましいと感じる己の心を。

「気にするな。こちらのことだ。何も問題はない」
「そう……ですか」

 わずかに曇った表情に、かすかな落胆を覚える。その正体を。

「それより、俺に何か用だったんじゃないのか」
「あ、はい。実は―――」

 彼女の声を聞きながら、密かに心を決める。

 この心を、恋と呼ぶのなら。








「俺だ、手塚だ。夜分にすまないな」






 電話を片手に。






 さあ、恋をはじめよう。







後書き。

お題から連想させて頂いたのは、自覚と始まり。
手塚が二度も静に電話したのは何故かなと、私なりに付け加えてみました。
気付いたら、不二が猛ダッシュを決めてましたが。(笑)


参加させて頂きまして、ありがとうございました!
とても楽しく書かせて頂きました!

夜月 蒼(やげつ そう)



キミノトナリ
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