いつか、(慶半)
「好きなんだ…あんたのこと」
みっともなく、声が震えた。
半兵衛を抱き締める腕に力が入らなくて、すがるように身を寄せた。
目も合わせられなかった。
半兵衛は俺のことが嫌いだ。
俺だって、秀吉の友人と認めようと思ってもいなかった。
顔を合わせりゃ悪口ばかり。
戦場でかち合えば全力で殺しあう。
そんな関係だったのに。
なのに、いつからか、半兵衛のことばかり気になりはじめていて。
あの真っ直ぐな生き方に惚れた。
それは秀吉と、秀吉の夢に寄り添うものだったって分かってる。
分かりきってたから、その分苦しくて。
あいつに病があることを知ったら余計に、自分の燻る想いに焦りを感じた。
このままじゃだめだって、そう思った。
だから会いに行った。
ほとんど口をつけていない酒も味がしなかった。
まさか本当に会えるとは思っていなくて。
予想通り、すごく嫌な顔をされた。
色素の薄い髪も、白い肌も、紫の瞳も。
月の光に照らされたその姿に、改めて心を奪われた。
あんたは本当に美人だよ。
しかめっ面ばかりされて、俺の言うことは何でも癇にさわるんだな、って気づいてしまった。
でも、伝えた。
伝えられたんだ。
暫く腕の中で動かなかった半兵衛は、突然弾かれたように俺の胸を渾身の力で突っぱねた。
「帰りたまえ」と言い放った声は、悲しくなるくらい冷たくて。
「…帰るよ」と、言い返すのが精一杯だった。
あの時のあんたは、どんな顔をして言っていたんだろう。
俯いていたから前髪で表情が隠れていた。
それとも、俺になんか顔も見られたくなかったのかな。
あれから、一度も半兵衛には会えなかった。
それなのに。
病が悪化したと聞いていたのに。
戦に出ただなんて。
必死に追いかけたら、戦場で倒れていて。
まさか最期に会うなんて思ってもいなかった。
なんで、こんな別れ方なんだ。
泣けども泣けども涙は枯れなくて。
あんたへの想いばかり溢れてきて。
以前よりも細くなった身体をきつく抱き締めた。
もう文句を言う口は動かなくて。
心の臓はぴたりと止まっていて。
長い睫毛からのぞいた瞳は空ろで。
あんたはここにはいないんだ、って。
思い知らされて。
また涙が溢れた。
なぁ、半兵衛。
あんた最期の最後に、やっと微笑んでくれたな。
ありがとう、って。
唇が動いたの、見て分かったよ。
伝わったよ。あんたの想いも。
あんたがいなくなってから、もう幾年も過ぎてる。
それでも、想いが簡単に消えるなんてことは全然なくて。
半兵衛。
好きだよ。
ずっと、ずっと。
馬鹿みたいにあんたが好きだ。
俺に残された時間が、あとどのくらいか分からないけどさ。
全部終わったら、あんたに会いに行くから。
そん時は、きっと嫌味を言われるだろうな。
僕なんかをずっと好きでいたなんて、君は馬鹿な男だね、って。
もし泣きそうな顔して笑ったら、
俺がもうそんな顔させないように抱き締めるから。
そうしたら今度こそ、受け取ってほしい。
真っ直ぐに、あんたの心へ。
変わらない俺の想いを。
2014.3.21
[ 5/19 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]