月の下に(慶半)



僕は久方ぶりに、稲葉山城へ訪れていた。
必要な資料やら書簡やらを持ち出すためだ。
急ぎ大阪城へ帰る予定はなく、今日はここで泊まっていくことにしている。

本当は、はやく帰って秀吉のためにもっと力を尽くしたいのだけれど、あまり急くと身体がもたない。
それは避けたかった。
彼に余計な心配をかけさせたくない。
だが残された時間が少ないのも事実だ…。
…嗚呼、なんて不甲斐ないんだ。


そんなことをつらつら考えているうちに、眠れなくなってしまった。
完全に目が冴える。
障子から入ってくる光が眩しいのも原因の一つだ。
控えめに開けて空を覗き見ると、満月が浮かんでいた。

青白く光り輝くそれに、何故だか呼ばれたような気がした。


どうせ眠れないのなら…。
そうだ、今夜は少し散歩をしよう。
夜は嫌いじゃない。
この城に駐屯している兵たちには
心配をかけさせるかもしれないけれど…これくらいなら大丈夫だろう。


部屋の外にいる見張りに声をかける。
その者は驚いたけれど、事情を素直に話すと頷いてくれた。
もっと色々言われるかもしれないと思っていたから、何だか拍子抜けだ。
僕がこんなことを言い出すのは珍しいから、なのかな。

季節は冬にさしかかる頃。
夜は中々に冷えるので風邪を引いては大変ですから、そう彼に言われ暖かめな羽織りを選んでかけた。
私も付き添いましょうかと言われたが、君まで居なくなってはいけないと、彼をここに残しておくことにした。


夜の空気は澄んでいて気持ちが良かった。
月明かりに照らされた花や木は眠っている。
こんなにも開放的な一人の時間を過ごすのはいつぶりだろうか…。
たまにはこういうことも良いのかもしれない。

見張りの者に見つかる度、僕は人差し指を立て唇に当て、静かにするように命じた。
そして、このことを黙っておくようにとも。
何だか悪戯をしているような気分だ。

そうしてのんびり歩いているうちに、門までやってきていた。
さすがに城外に出るのはいけないかな…。


――――ん…?

門の外から話し声が聞こえる。
思いきって出てみることにした。


「なっ…! 君はここで何をしているんだい!?」

思わず怒号を発しそうになったのをぐっとこらえて何とか抑える。
門の外では、門番2人と慶次君を合わせた3人が話し込んでいた。
しかも慶次君は道に座って酒を…月見酒を楽しんでいる。

「もっ、申し訳ありません半兵衛様…っ! 前田殿とつい話し込んでしまい…!」
「わ、我々は酒は口にしてはおりませぬ! ここでの見張りは続けておりました!」

君、というのをこの門番たちは自分たちのことを指しているのだと勘違いしているようだ。
そうではない。
僕が言いたいのはなぜ慶次君がここに居るのか、ということだ。


「君たちがきちんと門番をしていることは見れば分かるよ。そこへ慶次君がひょこひょこやって来たんだろう?」

門番2人に目配せすると、彼らは激しく首を縦にふった。
慶次君はというと、盃を片手に僕を非難するような目で見ている。

「こいつらは何も悪くねぇんだから、そんなおっかない顔すんなよ」
「あのね慶次君…僕は彼らに怒っているわけでもなんでもないよ。君の存在に苛立っているんだ」

この男には直球で言葉をぶつけるに限る。
僕は慶次君が嫌いだ。
彼も僕を嫌っているはず。
それなのにわざわざここへ来て月見酒だなんて…一体何の嫌がらせなんだ。

「まーまー!良いじゃねぇの、今夜はこんなにお月様が綺麗なんだからさぁ!」

何だいその満面の笑みは。
訳が分からない。
さっき僕が言ったことは聞いていなかったのか。
君の存在に苛立っているのだと。
この男は今の言葉でここに居る理由を説明したつもりなのか?
はぁ…頭が痛くなってくる…。


「帰りたまえ」

ぴしゃりと言い放つ。
慶次君の顔が歪んだ。
だが何も言わない。
ただ静かに僕を見ている。
激昂しているのは僕だけだ。

…何だか馬鹿らしくなってきた。



ため息をひとつ。
門番たちにご苦労、と声をかけて踵を返した。

「あっ!待てよ半兵衛!」

なぜだか追いかけられる。
無視を決め込んで再び城内へ戻った。
彼も門をくぐり抜けて入ってきた。
門番の2人は間抜けなのか。
なにをみすみす通しているんだい…!
適当な処罰を与えてしまおうかと考えているうちに、慶次君が僕に追い付いてくる。


「…分かった。部屋は用意させよう。だから日が昇ったら帰ってくれ」

振り返りもせずに早口で告げる。
慶次君は焦った様子で言葉を紡いだ。

「なぁ、半兵衛、そういうことじゃなくてさ、俺、」
「何なんだい君は。そうまでして僕の嫌がることをしたいのかい?」
「違うんだって!」

突然、後ろから腕が伸びてきて、僕は閉じ込められた。

「なぁ…話を聞いてくれよ」
「離してくれ…っ! ここをどこだと思っているんだい!?」

ここは僕の城だ。
それなのに君は僕を後ろから抱き締めて、話を聞けと訴えてくる。
しかも離すどころか、腕の力は強まる一方で、だんだん苦しくなってくる。

「…話を聞けば君は帰るのかい」
「あぁ、帰るさ」
「………分かったよ。聞こう。だから離してくれ」

言うと、慶次君は腕の力を緩めた。
すぐにその中から抜け出す。
僕はまた振り向かずに言った。

「ついて来たまえ」

仕方がない。
今はとりあえず僕の部屋に通そう。
この男は頑固だ。
話を聞いてやらなければずっと帰らないつもりなのだろう。


自室へ戻ると、あの彼がいた。
今夜はもう良いからと下がらせ、慶次君を後でどこか適当な部屋へ通してくれと頼んだ。
僕はもう疲れはてていた。
せっかく散歩を楽しんでいたのに。気分転換が台無しだ。


「…それで。僕に何の話があるんだい?」

慶次君と僕は部屋の中で向かい合って座っている。
障子を開け放って月明かりに照らされながら。

「…今は仮面、着けてないんだな」
「…っ。 関係ないだろう、さっさと本題に入ってくれ」

慶次君の手が頬に触れてきたので、すぐに叩き落とす。
素顔を見られて良い気はしなかった。
何だか胸がざわざわと騒いだ。

「あんた…やっぱり美人だな」
「ふざけているのかい。僕はわざわざ時間を割いて、」

やっているというのに。
が、言葉にならなかった。
今度は正面から、抱き締められた。

「なぁ、半兵衛…」
「は、離してくれ…っ!」
「俺、あんたに会いに来たんだよ」
「……え」


予想外の言葉に僕は固まる。
慶次君は、ぽつり、ぽつりと語った。

「大阪城じゃ、俺なんて門前払いだろ? もしかしたら、ここでなら会えるかもしれないと思って…。かなり望みは薄いけどさ。そしたら、あんたがここに来てるって聞いて…勢いで来ちまった」

酒まで用意してさ、と。
慶次君の寂しそうに笑う声が耳に届く。
今度は胸が軋んだ。
僕は抵抗することもままならなくなってしまう。

「迷惑だよな…俺だって分かってる。あんたが俺を嫌ってることも知ってる。直接言われてるし」

自嘲する声にハッとした。
かつて僕が慶次君に放った言葉が、容赦なく彼に突き刺さっていたことを知った。
なのに、今は彼の言葉が僕に突き刺さってくる。
どうしてこんなにも胸が痛むんだ。


分からない。


君は秀吉の夢の前に立ちふさがるじゃないか。
僕を、彼を止めなかった人間として秀吉の友と認めていないじゃないか。


なのにどうして。
僕に会いに来たなどと。
因縁の再会を果たしたこの稲葉山城へ。

どうしてそんなに泣きそうな声で。
真剣な眼差しで。
温かな包容で。


僕の言葉を
僕の時間を
僕の心を


どうして



奪うんだ











「好きなんだ…あんたのこと」







消え入りそうな声は、夜空に瞬く星に。

想いは月に重なって、僕を明るく、強く照らした。


僕の思いは。
いつか君の想いに、重なる日が来るのだろうか。









どのカプでも大体そうですが戦国はシリアスというか暗めが好きです。
三部作のはじまりになります。

2014.3.17



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