現し世の白銀(光半)
戦場を駆ける無数の足音
兵士たちの轟く声
血のにおい
揺れる長い銀髪
低く笑う男
対峙する
言葉を交える
だが理解はしあえない
戦いの行く末は―――――――
―――目を明けると、白い天井に見下ろされていた。
薬品とコーヒーのにおいがする。
「おや。起きましたか」
すぐ側で声がする。
あの低く笑った声と同じ人物だ。
「僕は…あぁ、そうか…」
言いかけて、半兵衛は自ら思い出した。
今日は朝からあまり体調が優れなかったのだが、
大丈夫だろうと思い登校し、講義を受けた。
そこまでは覚えている…ということは。
「秀吉かな…僕を運んでくれたのは」
「ええ。彼も顔が青かったですね」
それは僕を心配してくれていたからだ。
半兵衛はそう思ったが口にはせず、自分が横たわるベッドの側に立つ男に嫌な顔を向けてやった。
光秀は、その視線を受けてにやりと微笑んだだけだった。
光秀は、半兵衛たちの通う大学で保険医として勤務している。
今も半兵衛が世話になっているこの保健室で、なんの因果がまた出会うこととなったのだった。
半兵衛は現在、法学部に通う2年生である。
秀吉とは幼なじみで、彼もまた同じ大学に通う3年生だ。
この年になっても倒れるだなんて…そして、秀吉に助けられただなんて。手を煩わせただなんて。
本人に言えばそんなことはない、と言われるのが分かっている分、半兵衛は現世でも変わらぬ虚弱な体質を恨んだ。
「…どれくらい眠っていたのかな」
「30分ほどでしょうか。もう少し休んでいかれた方が良いかと」
「………そうだね」
ため息混じりに半兵衛は頷いた。
正直、まだあまり体調は回復していない。
「貴方も大変ですねぇ。次はもう少し頑丈にお生まれになると良いですね」
「本当にね……」
「おや、冗談のつもりだったのですが」
「そうかい?中々の嫌味のように僕には聞こえたけどね」
実際、半兵衛もそう思っているのだから、肯定するしかない。
だが他人に言われると腹が立つものである。
話を変えるために何かないかと、
辺りに目をやるとデスクにコーヒーが入っていると思われるカップを見つけた。
「…は放っておいて良いのかい」
「ええ…別に。冷めたのなら淹れなおしますし」
「……そう」
続かなかった。
何となく負けた気がした。
それに、なぜ光秀は自分の側から離れないのかと疑問に思う。
だが今は何を言っても離れて行かない気もする。
しょうがなく、半兵衛は自分から話を切り出した。
「最近…同じ夢を見るんだ。遠い戦国の世で、僕は君と対峙している」
「それはまた懐かしい夢ですねぇ…」
光秀が遠くを見ているようなうすぼんやりした目付きになる。
彼もまた思い出しているのだろうか。
半兵衛はぼそり、ぼそりと続けた。
「僕と君は戦いながら、言葉を交わすんだ…けれどいまいち噛み合わない。同じ人間であれど…種類は違っていたからね」
それは今も同じかな。
半兵衛はぽそりと付け足した。
光秀の目が哀を帯びた気がした。
「と、いうわけで…僕の体調不良の原因は、君にある」
「ククッ…中々面白いことを言いますね」
「冗談じゃないよ…全く。…君のせいで眠れないじゃないか…」
最後の一言は、余計だったかもしれない。
それではまるで恋をする乙女のようでなないか。
気恥ずかしくなって、半兵衛は何となく光秀にあわせていた目を逸らした。
「それはそれは。過去の私がご迷惑をおかけしてしまって。責任は今の私が取りましょう」
劇のような口振りで光秀は言った。
ふざけているのだとすぐに分かる。
半兵衛は睨んでやろうと光秀を見たが、伸びてきた手が視界を遮った。
光秀の手は、あろうことか半兵衛のふわふわとした頭を撫で始めた。
「ちょっ…ふざけているのか! …っ」
声を張り上げて体を少し上げた途端に頭がクラクラとした。
またベッドに沈む。
半兵衛は顔をしかめながら、ただ頭を撫でられるはめとなった。
光秀は愉しそうだ。
骨張った光秀の手は優しかった。
そして目も、乱戦を生きた者とは思えないほどに優しかった。
子供扱いをされているであろうことが悔しい反面、どこか安心して自然と瞼が落ちてきていることに半兵衛は気がついた。
「君が…僕に、こんな風に触れてくるなんて…昔を思うと…あり得ないことだね」
「…昔も、機会があればこうして、貴方に触れたかった」
光秀がぼそりと呟いた。
それを半兵衛は聞き逃さなかった。
「…え…? それはどういう、」
半兵衛が問おうと開いた口に、光秀は人差し指を当てて続きを制した。
「今はまだ…知らなくとも良いことです。そのうちに、ね」
おやすみなさい、と告げてから。
光秀は半兵衛の額に唇を落とした。
現代を生きる光秀は変態を包み隠してると思うんです。
下手したら捕まりますからね。
2014.3.13
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