烏と行水(小十佐)
伊達と武田は現在同盟を結んだ国どうしである。
小十郎は、己が主・政宗から武田信玄への書簡を届けるべく
甲斐へ出向き、今はその帰りの道中でちょうど奥州へさしかかったあたりだ。
あまり整備されていない川沿いの道を、馬にまたがって歩いていく。
小十郎はふと、自分達が歩いているよりも少し遠くの方の川の中に、
橙色の髪をした男と、その傍らに黒いものを発見した。
春先の奥州は、雪の降る日もあるくらいまだ暖かくなりきらない。
そんな気温の中、なぜ川の中に・・・
小十郎は馬に乗ったまま川のほとりに近づいて男に声をかけた。
「おい、猿飛」
「ん? 右目の旦那じゃないの」
振り返った佐助は、小十郎に声をかけられさも驚いたような顔で返事をした。
だが、自分の気配などとっくに知られていたようにも感じられた。
「テメェ、川ン中で何やってんだ」
「え、見て分かんない? 行水だよ、烏と」
佐助の傍らにいたのは大きな烏だった。
川の水位は、佐助のふくらはぎ程までで、烏は川の中の石の上に立っている。
自然と烏へ目線をやると、烏も小十郎をじっと見返してきた。
「にらめっこ開始?」と佐助に茶化され、小十郎は佐助へと目線を戻した。
・・・が、今の佐助の格好は小十郎には少々目に毒だ。
鉢金と忍化粧、腕の防具や手甲はしたまま、
いつもの忍装束をどうやら川で洗っている最中らしく、
上半身は前掛け型の黒の下衣のみだ。
下は迷彩柄の袴だが防具は取られ裸足だった。
雪解け水を含む川の冷たい水に浸され、赤くなっている。
さらけ出された肩や背中に、大きな古傷も見えた。
忍の過酷さの一部を、小十郎は見た気がした。
「な〜にじろじろ見てんのさ?」とわざとらしく笑われ、
小十郎はそんなに普段とは異なる佐助に視線を奪われていたのかと苦い顔をした。
「冗談だって。そんなおっかない顔しないでよ」とまたへらへらと笑われた。
ふと、赤い色が川の透明な水に混じった。
今まで佐助の格好ばかりに気を取られていたが、足元で水に浸されているのは忍装束なのだ。
小十郎は、直感的に血を洗っているのだと勘付いた。
「・・・おい。テメェ、怪我は」
「あーあー。目敏いお人だねぇ。怪我のひとつもしちゃいませんよ、俺様は」
両手の位置を顔の横まで上げて広げ、大げさに参ったというような声音で返す。
なぜお前が怪我をしていないのに、忍装束に血が付いているのか・・・
などど、そんな質問をする小十郎ではなかった。
聞いたとしても佐助が答えるわけもないだろう。
「俺は甲斐に書簡を届けた帰りだ。お前は居なかったようだが」
「ま、任務ってことで」
やはり、へらりと笑って返されただけだった。
佐助はザパッと川から忍装束を引き上げると、それを烏にくわえさせた。
烏は大きな羽を広げ飛び立つと、近くの木の枝に引っ掛けた。
何とも利口なものである。
「で? あんたは帰んないの?」
唐突に佐助に質問され、小十郎は少し口ごもり・・・
その姿を確認した時から口にしたかった言葉を、ようやく吐きだした。
「・・・この後の予定は」
「ちょいと上着を乾かしてから帰るよ。まぁ、着てって乾かしながらでも良いんだけどさ」
「急ぎか」
「別に?」
いまいち歯切れの悪い小十郎を、佐助はじっと見つめた。
珍しくて不思議そうに、どこか可笑しそうに。
「・・・身体、冷えただろ。茶でも飲みに行くぞ」
「まぁそんなに冷えてもいないけどね。お供してあげますよ」
「俺が飲みてぇだけだ。テメェはついでだ」
「はいはい」
小十郎の不器用で強引な誘い文句に、佐助はひっそりと顔を綻ばせた。
術で適当な格好に変化し、烏に留守番をするようにと言いつける。
それから、馬に乗って進んでいく小十郎の横を歩いて、茶屋へと向かった。
今は互いに、本心など知らずとも。
いつか打ち明けられるようにと願いながら。
ぼんやりとした両思いって感じです。
2014.3.10
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