夢結び(慶半)@



まつねぇちゃんに花束を手渡した。
その傍らにはとしもいて、夫婦して嬉しそうに笑っていた。
俺も幸せな気分だった。


――そんな夢を見た。
何となく、目覚めた現実のこの世界でも、まつねぇちゃんに花をあげようと思った。

その日そんな夢を見て、そう思ったのは、単なる偶然だったんだろうか。



土曜日の午前11頃。
町に出てみると、家族連れやカップル、スーツに身を包んで忙しそうに歩く人達なんかで賑やかだった。
いつもなら来ない、今自分が住んでいる団地からバスに乗ってやって来た隣の町。
会社に行くときは大抵車だけど、この隣町は商店街が多くて駐車場のない店がほとんどだから、徒歩での移動の方が何かと楽だ。

そう言えば、と、ふと記憶が甦る。
この隣町には昔よく来ていた。と言うか、通っていた。
なぜ今更になって思い出したんだろう。
この商店街の向こう、駅の近くに俺の通っていた高校があることを。
10年程前の光景が、目の前に映る町の賑やかさと被る。

進学校だった。
勉強に疲れた頭をどうにか晴れさせようと、駅とは反対側のこの商店街によく来ていた。
友達と馬鹿みたいに笑って、駄菓子とか買ってみたりして、けっこう楽しんだりしてたっけ。

懐かしいなぁ。
なんて呑気に懐古の情に浸りながら、バス停から横断歩道を渡って、正面に見える商店街の入り口を眺める。
アーチ型の大きな看板も、あの頃より煤けて見える。
店も変わっているのかな、やっぱり。

商店街の通りは駅に向かって真っ直ぐに伸びているけれど、その両脇の横に続いてく通りにも色んな店が並んでいた。
その中に、太陽の光りが反射して、ガラス張りの外観の店が輝いて見えた。
…あれは、花屋じゃないか!

商店街をうろうろしてみようとも思っていたけれど、予定変更だ。
あの花屋へ行って、すぐに帰ってまつねぇちゃんに届けよう。
喜ぶ顔がはやく見たかった。


店内に入ると、先に来ていた高校生くらいの女の子が、店主かな…50代前半くらいにしか見えないのに髪は真っ白で、でも綺麗な女性と楽しそうに会話をしていた。
俺の姿を認めた女性は「いらっしゃいませ」と優しい声で迎えてくれた。
会話が終わったらしく、女の子は弾む声で「また来ますね!」と茶色のショートボブを揺らした。
振り返ったその子が、俺の横を通り抜けて帰っていく。

一瞬、目が合った。あの子は……。
いやいや、もう会わないかもしれないし、あんまり深く考えないようにしよう。
これはまた、別の話だ。


そういやあの子は薔薇を買ったみたいだった。
誰か良い人がいるのかな。
…人の恋路が気になるのは昔っからだ。

さて、俺は何を買って行こう。
まずは店内をぐるりと回って、決まらなかったら店員さんに聞いてみることにした。
花には全然詳しくないけど、この空間は好きだなと思った。
特別な感じがする。
専門店だから、とかそんなんじゃなくて。別の何かが…。

「何かお探しですか?」

あの女性とは違う人。
男性に声をかけられた。
俺の心が、その一瞬でふわりと揺れた。

花から顔を上げて、声の主を振り返る。
まず、目に飛び込んできたのはあの女性に似た色の髪。
それでも自分と同じか、もう少し若く見える青年。
彼は淡く微笑んで立っていた。
長めの前髪と、まるで顔を隠すようにかけられた太縁の眼鏡。
日に焼けていない白い肌。紫の瞳。花の薫り。


「――竹中…?」

零れるように言葉が落ちた。
目の前の青年の長い睫毛が揺れて、口角が品良く上がった。

「前田君、だよね。久しぶりだね」

落ち着いたその声に、濁流みたいな記憶の波にのまれる。



――竹中とは、高校時代の同級生だった。
会話をしたのは、多分一度きり。
けれど3年間、俺達は確かに同じ教室で高校生活を共にした。

あの頃から色白で、と言うよりも蒼白で、体育が外の日なんかは時々倒れて保健室に運ばれていた。
成績は優秀で、3年間学年トップを貫いた。
1つ上の学年の豊臣秀吉と共に、生徒会に入ってからは忙しそうにしていた。
でも、あの時の竹中の目は、すごく生き生きしていて。
俺の目にはきらきら映って、眩しかったのをよく覚えてる。

席が近くても遠くても、何となく目で追ってしまっていた。
太陽に透ける髪が、物憂げに伏せられた瞳が、細い身体が、全てが気になって仕方がなかった。

こちらが見ると、不思議と竹中も俺を見る。
目が合っても、それでも何も言わなかった。
そうやって、どちらからともなく目を離す。
そんな3年間を、俺達は過ごした。



「変わらないね」

竹中の声で、現実に引き戻される。

「あんたもね」

あの頃より大人っぽくなった。
でも、外見はあまり変わっていない。
大きな変化があるとしたら、それは俺と普通に会話をしているところだろう。
本当に、普通に。
まるで昔からの友達みたいに。

「君がこういう所に来るのは珍しいのかな。きょろきょろして、随分と悩んでいるようだね」

いつから見られていたんだろう。何となく気恥ずかしい。

「いやぁ、まつねぇ…えっと、お世話んなってる人に花をあげたくてさ。何が良いのか、正直分かんなくて。そろそろ誰かに聞こうと思ってたんだよ」
「そうか。じゃあ、タイミングは良かったのかな。…中々決まらないのなら、花言葉から選ぶのはどうだい?」
「…花、言葉?」
「そう、花言葉。恋愛に関係するものが多いけれど、感謝を伝えるものもあるよ」
「へぇ、例えば?」
「そうだな…フリージア、カンパニュラ、ヒナゲシ…今うちにあるのはこれくらいかな」
「どれも綺麗だな。じゃあ、これで花束にしてくれる?」
「ありがとう、分かったよ」

店員としての『ありがとう』を受けとる。
それでも、俺にとっては竹中からの初めての『ありがとう』だった。
…たった一言で嬉しくなってる俺って、変なのかな。


「あの…さ、」
「何だい?」

会計を済ませて店を出るまで、竹中は見送りに来てくれた。
何だかその対応が意外で、俺は嬉しい気持ちが態度に出ないように話しかける。

「また来てもいいかい? その…花束の、感想とか、伝えたいし」

我ながら間抜けなことを言ってしまった。
どんな返答がくるか、少し緊張してしまう。

「勿論だよ」

だけど竹中は微笑んで、俺を送り出してくれた。



―――夢みたいな時間だった、と思う。
高校時代の同級生に再会して、普通に話をしただけなのに。

思っていた以上に、俺は。

竹中にまた会えたことを、嬉しく思っているらしい。









2014.5.30




 

[ 15/19 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -