幸せになろう(小十佐)



目の前に立ちはだかる敵ならば、どんな相手だろうと倒さなければ生けて行けなかった。
例えそれが、愛すると誓った相手でも。


――戦乱の夜が明けた。
終わりは唐突にやってきたのだった。
日ノ本は統一され、徳川の時代へと変わっていく。
穏やかで平和な日々がつくられていこうとしていた。


その日小十郎は、久方ぶりに戦以外の場で真田幸村と対談していた。
真田忍隊の者の行方を聞き出すためだった。

「それで……あいつは」
「某にはお答えできぬ質問でござる」

幸村は口を一文字に固く閉ざす。
小十郎がいくら質問の内容を変えても、忍のことについてだけは何も返答をしてくれなかった。

「もう一度聞く。…猿飛は今、何処にいる」
「…他の忍隊の者たちのこともそうでござるが、こればかりはお答えできませぬ。そちらもそうでありましょう、片倉殿」
「………」

押し問答に、小十郎は内心で舌打ちをしていた。
焦りと不安で落ち着かなくなってくる。

忍の行方をわざわざ漏らすような真似をする者はいないだろう。
そんなことは小十郎も十分承知していた。
だが、猿飛佐助のことに関してだけはどうしても譲れなかった。

――彼らは、愛し合っていたのだ。
少なくとも小十郎は、そう思っていた。


いつか来ると分かっていた、二人が対峙する時。
それは戦の幕が降りる、ほんの少し前の出来事だった。

傷だらけの侍と、返り血に染まった忍。
双方は睨み合い、言葉を交わすこともなく激しくぶつかった。
立場や敵国という壁を越えて心を繋いだ二人だったが、戦からは逃げられなかった。
互いに守るものがあったのだ。
それを侵されまいと、どちらも必死だった。

小十郎の刃が、佐助を切りつける。
佐助の手裏剣が、小十郎を追い詰める。
そうして小十郎は片手の指を数本落とし、佐助も片方の脚を動けなくした。
大量の血が噴き出して、それでも痛みに耐えて戦おうともがいた。
顔を上げると、目の前の佐助が苦悶の表情を堪えながら、真っ直ぐに小十郎を見つめていた。
悲しみや苦しみ、そして愛しさのような色を湛えたその目から視線を反らせなくなった。

――小十郎の記憶は、ここで途切れてしまっている。


目が覚めると、小十郎は城の自室の布団に横になっていて、傍らには政宗と医者がいた。
掠れた声で「戦は」と聞くと、政宗は安心したように少し笑って「終わった」という返事をした。
失われた指に触れると、自分と、そして佐助の血の匂いを思い出した。



「――いつか、貴殿のもとに現れる日が来るでござろう」

幸村の言葉に、記憶を思い返していた小十郎はハッと我にかえった。
目の前の幸村は、優しい目を小十郎に向けている。
それに小十郎が反応する前に、幸村はさっと立ち上がった。

「某はこれにて失礼するでござる。…あまり心配されることはないと思いまする。佐助はきっと。……信じてやってはくださらぬか」

そう語る幸村の力強い視線に、小十郎は頷いた。
どれ程かは知らないが、佐助と長い時間共に過ごしてきた幸村の言葉と思いを、素直に受け入れようと思った。
佐助を、信じたいと思った。



――烏が鳴く度に、佐助がひょっこり現れるのではないかと、つい期待してしまうのを懐かしく思うようになる程の月日が過ぎた。
小十郎の前に、未だ佐助は現れない。

淋しかった。辛いとも思った。こんなに苦しい日々を過ごすのが。

それでも小十郎は、誰にも何にもこの思いを打ち明けなかった。
信じたかった。信じようとしていたかった。

ただひたすらに、佐助を想った。
愛していると。
はやく顔が見たい。声を聞きたい。髪に、頬に、身体に、触れたい。



「…ったく……いつまで待たせるつもりだ、佐助」

呆れるように笑いながら、愛しい忍の名を呼んだ。
声は風にさらわれて、茜色に染まる空へ吸い込まれていった。
夕陽に照らされた小十郎の影が、濃く、長く地面に伸びた。

もう会えないかもしれないと、唐突に小十郎は思った。
今まで抑えつけていた感情が、何故だかゆるゆると溢れてくる。
森へ帰る烏の群れを優しく迎える茜の空。
そうか、と小十郎は納得する。
あの鳥たちが、この空が、あいつを思い起こさせるのだと。

知らぬ間に、頬を静かに涙が伝った。
ふ、と小十郎は小さく微苦笑する。
俺らしくもない、と。
顎を伝い、涙は音もなく地に落ちてわずかに足元を濡らした。
小十郎は、その様をぼんやり眺めていた。

――その時、影が揺れた。




「お待たせ」

事も無げ、という風な声が耳に響く。
小十郎の影から、闇が溢れ出た。
咄嗟に後ずさると、影と闇は離れることなく小十郎についてきた。

―――まさか

そう思い自らの影を凝視する。
影から出た闇はやがて人の形をつくり、地から這い上がって小十郎の目の前で静止した。


「っ、佐助…なのか…?」

声が震えていた。
言い様のない期待と不安感の間で身体が震えていた。

目の前に、佐助がいる。
信じていた。いつか会えると。
信じられなくなるのが怖くなっていた。

――今、会えたことが信じられなかった。



小十郎は、思いきり佐助を抱き締めた。
何も言えなかった。
ただ、会えたことの喜びと、生きていたことの嬉しさでいっぱいになっていた。

佐助も小十郎の背中に腕を回して、その身体をきつく抱き締めた。
小十郎の胸の中で、佐助は何度も謝った。

「ごめんね、小十郎さん。こんなに待たせてごめん…俺様ってば、罪な男だね」

剽軽な軽口に、小十郎は泣きながら笑った。
何も変わっていない。佐助は、佐助のままだった。
そのことにひどく安堵していた。

ぼろぼろの忍装束を捨て、着物を身に纏う佐助の顔からは、忍化粧は未だ消えていなかった。
わずかに身体を離し、指で目元の化粧をなぞる。
佐助は苦笑した。

「これだけは、何かとるのに抵抗感があってさ…戦は終わったけど、俺様は俺様だし。個性ってことで良いかなって」

小十郎もつられて苦笑した。
これではかえって目立つだろう、と。

目が合うと、佐助も泣きそうな顔をした。
笑っていてほしくて、唇をふさいだ。
求めて、応えて、熱を、愛を分けあった。


再び強く抱き締めると、小十郎の耳元で、やがて佐助は語りだした。

「脚はね、大分動くようになったよ。あんたの指も元気そうで良かった」

小十郎は、何も言わず佐助の声に耳を傾けていた。
紡がれるどんな言葉にも、小十郎への想いが感じられて嬉しかった。

「実はさ…ずっと、あんたの影に潜んでいたんだよ」

佐助は、静かな声音でゆっくりと語る。

「戦は終わったよ。でも…だからって、俺様はどうなる? 沢山のひとを殺してきて、今更、普通の人間として生きろって? …人間様からは程遠い草の、道具の俺は、どうしたら良いんだって、ずっと悩んでた…」

あんたのこともだよ、と小十郎に告げる。

「幸せだと、ひとを殺してきた自分が感じるのをどこかで嘲笑っていた。俺には…ひととしての幸せを感じる権利なんか、ないと思ってた」

佐助の本音に、小十郎は胸がずぐりと痛んだ。
知っていて、だがその全てを理解しようとは思いたくなかった、佐助の本音。
忍としての立場を重んじ、弁えている佐助の本心に触れるのを、小十郎はどこかで恐れていた。

「だけど…あんたの想いは、嘘じゃなかった。試したわけじゃないんだよ、小十郎さん。でもさ…あんたは立派なお侍さんで、俺はただの草の者。一時の遊び以下の関係だったら…そう思わないことがなかったわけじゃないんだよ。でも、本物だった。俺を想って、あんたは泣いてくれた」

抱き締める腕の力を強める。
互いにすがるように、身を寄せあった。

「ねぇ、小十郎さん。…俺、幸せになっても良いのかな」

佐助の声が震えた。
小十郎は、両手で佐助の顔を包むと、真っ直ぐに目を見て告げた。

「ったりめぇだ、馬鹿野郎。もうテメェは忍じゃねぇ。戦の終わったこの時世に、それでも忍として生きていく覚悟なら俺は止めねぇ。だがな、佐助…戦だったんだ。殺さなけりゃ生きていけなかった。それは俺だって同じだ。俺だって、多くの人間を殺してきた。だが…だからと言って、誰が幸せになっちゃいけねぇなんて言ったんだ?」

小十郎は一旦言葉を切り、佐助に強い眼差しを向ける。

「忍だってひとだ。テメェは、紛れもなくひとだ。幸せになっていい、ただのひとだろうが」


佐助は、涙をぼろぼろと溢した。
忍として生きていくことに、強い意志も決意もあっただろう。
だが、ひととして生きていくことには臆病だった。

自分は忍だ、盾だ、草だ、道具だと、その価値を卑下してきた。
小十郎は、それが相容れなかった。
その思いを今、佐助に告げたことで、佐助のこれまでの生を貶したのかもしれない。
それでも小十郎に後悔はなかった。



「そっか……」

ひとしきり涙を流した佐助は、すっきりした面持ちで言った。

「俺、幸せになってもいいんだね。…あんたと」

佐助は破顔した。
心からの、幸せそうな笑顔だった。

小十郎は答えた。
当たり前だと。この時をずっと待っていたのだと。

その笑顔ごと、気持ちごと、二度と離れないように力の限り、小十郎は佐助を抱き締めた。









513の日おめでとう!!

2014.5.13


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