誓い(秀→半)



ざぁ、と大きな音が走り、木々を揺らす。
穏やかな春の候、風が時折強く吹いては桜の花びらを散らしていった。

秀吉は今、豊臣の軍師であり親友の半兵衛と共に桜並木を歩んでいた。
このところ戦が続いていたが、ようやく一段落つき、国も民も兵も落ち着きを取り戻してきた。
そんな今日、二人は束の間の休息をとるために桜を見に来たのだった。

「良い天気だね、秀吉。今度、軍で花見をやろうか。兵を労ってやらないと」
「そうだな。良い考えよ」
「僕が計画を立てておこう。あまり酒盛りが進みすぎるのも良くないからね」

半兵衛は秀吉を仰ぎ、少し悪戯っぽく笑った。
前回の酒宴の時、秀吉がいつもより多く呑んだため兵も中々下がれず、その結果酔っ払いがそこら中にごろごろと転がる事態が発生したのだった。
友からの指摘に、秀吉は苦笑した。
こんな風に自分に言ってくれる者は少ない。
そして、こういった半兵衛の表情が見られることも多くはない。
今この瞬間が特別なように感じて、秀吉は何だかそんなことを思う自分が気恥ずかしかった。


ゆっくりと、友の歩幅に合わせて進む。
出会った頃よりも細くなった身体。
顔色を隠すためかつけられている仮面と、施された化粧。
弱音を誰にも聞かせない口、そしてその心。
半兵衛が己と同じ夢に突き進む度、病んでゆくのを秀吉は痛感している。
だがそれを告げたところで、半兵衛は微笑むだけなのだろう。
僕が決めたことだ、だから最期まで、と。
その最期がきっと秀吉よりもはやいことを、薄々ではあるが互いに感じていた。
秀吉は、唐突に涙が溢れてきそうになった。
隣を並んで歩むこの友を、いつか失う日が来てしまうのだろうかと考えて。


「秀吉?」

名前を呼ばれて、自分がその場から動けずにいたことを知った。
数歩先にいた半兵衛は、振り返って秀吉を不思議そうに見つめている。
その顔がいつもより幼く見えた気がして、時の流れが止まったような感覚に陥る。

「どうかしたのかい、秀吉?」

再度問いかけてくる半兵衛に、秀吉は何でもないと答えた。
半兵衛は問い詰めるようなことはせず、そうか、と返事をしただけだった。


秀吉を待つ半兵衛に近付く。
白くふわふわとした髪に、秀吉は半ば無意識で手を伸ばしていた。
半兵衛が色素の薄い瞳で、少し驚いたように秀吉を見つめた。
数秒遅れて、秀吉は我に返った。

「桜の…花びらが、ついておったぞ」

苦し紛れの言い訳に、半兵衛は微笑んだ。

「取ってくれたんだね、ありがとう秀吉」

柔和な笑顔に、心の臓がとくりと跳ねた。
ぎこちなく返事をしながら、また歩き出す。
半兵衛も並んで歩き出した。


ありがとう、と微笑む姿に想いが嘘でないことを告げられる。
親友へ向ける思いとは、また違う想い。
出会った頃から抱いている、ほのかな慕情を隠しきれているか秀吉は少し不安になった。


だが、簡単に半兵衛への想いを吐露してしまえば、関係は崩れること必至であるだろうし、自分の人生さえも否定することになる。
彼は覇道のために全てを切り捨ててきたのだ。己の妻でさえ。



秀吉は、目を閉じてひとつ深呼吸をすると、再び瞼を開いた。
今すべきこと、友と目指す夢のために生きる今。
それが己の全てだと、もう一度思い直す。


夢の果ての、その先まで。
秀吉は、この想いを封じると誓った。


いつかまた、二人で春を迎えられたら。









関西方面はきっともう桜散ってますよね…

2014.4.19




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