桜便り(小十佐)



かさり、と木の葉が揺れる音に、小十郎は畑仕事に勤しんでいた顔を上げた。

「猿飛か」

畑の周りに植わっている木のうちの一本に向かって声をかけると、佐助はひょっこりと姿を現した。

「お久しぶりだね、右目の旦那。丁度良いや。竜の旦那に書簡を持って来たんだけどさ、代わりに届けてくれない?」

あっちも俺様の顔なんて見たくないでしょ、と肩をすくめて苦笑する。
忍である佐助の、なんてことのない表情。
それは作られたものではなく、心から思い、浮かべられた無防備なもの。
それを武田や真田以外の言わば部外者の自分に、時折ではあるが見せてくれるようになった。
小十郎は、そんな小さなことを嬉しいと思った。

部外者とは言っても、関係が薄いわけではない。
伊達と真田が同盟を結んだ頃、彼らは恋仲となったのだった。

侍と忍。男と男。障害は大きい。
だが、この密な関係を知る者は少ない。
今は同盟中だが、この先に何があるかは分からない。
そんな不安も、抱えるのが二人ならば強く生きられるかもしれない。
小十郎はひとり、そう常から考えているのであった。


「分かった、届けてやる。寄越しな」

手を差し出すと、佐助はふわりと枝から降りて小十郎に近づいた。
その微妙な距離がもどかしくて、小十郎は思わず佐助を抱き寄せた。
その手から逃れることもなく、佐助は困ったように笑いながら小十郎の腕に収まった。

「土の匂いがするね」
「そう言うテメェは…桜の匂いがするな」

忍装束の首もとの隙間から、少しだけ見えている首筋に鼻を擦りつける。
佐助はくすぐったいと言わんばかりに身を捩り、笑みを深くした。

「上田じゃもう咲いてるからね。今が見頃だよ、そりゃあもう綺麗なんだから! あ、そうそう」

佐助が思い出したように小十郎を見上げる。
あまり身長に差はないが、至近距離だと佐助は僅かに顔を上げることになる。
愛しい忍の上目に一瞬くらりときそうだったが、春先の陽気やら畑仕事の疲れが出たのだと小十郎は己に言い聞かせた。

「どうした?」
「うちの大将が、竜の旦那と花見がしたいんだって。うちに来る頃にはきっと見頃は終わってるから、大将がこっちに来たいんだと」
「そうか。そりゃあ政宗様も喜ばれるだろうな。伝えといてやる」
「ん、どーも。俺様も右目の旦那もきっと強制参加だろうけどね」

やれやれ、という風な言い方だがその声音や表情はどこか楽しそうだ。
主に甘いところがある、そんなところも愛しいと思った。


「んじゃ、俺様はそろそろ行くよ。竜の旦那に宜しくね」
「茶のひとつも飲まねぇで行くのか」
「悪いね、これから帰って花見用の料理を作らせられるんだ。まったく、俺様は忍なのにねぇ」

大層困ったように大袈裟に手を上げ首を振る佐助の様子に、小十郎は喉をクッと鳴らして笑った。

「そりゃあ大変だな。…じゃあな、佐助」
「うん。またね…小十郎さん」


地を蹴った佐助はおよそ人とは思えぬ程に跳躍し、少し離れた高い木の上に降り立った。
一度だけこちらを振り返り、小十郎が瞬きをして次に目を開いた時にはもう姿を消していた。

名残惜しいと思う。だが頻繁に逢えるわけでもない。
女々しいことを己も思うのだな、と考えながら小十郎は主に書簡と伝言を伝えるべく畑を後にした。


別れ際に、唇を触れあわせるだけの短い口付けを交わした。
目元が桜のように色付いたその顔を思い出し、小十郎はひっそりと笑みを溢すのであった。









こういう光景はきっと伊達さんに見られてる。

2014.4.13



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