そうして夜は更けてゆく(慶半)



秀吉に、たまには休めと言われた。
僕は大丈夫だと答えた。
すでに宿を取っているから、温泉に入ってゆっくりしてこいと言われた。
…そこまで言われたら、僕も突っ返すことはできなかった。

その宿は京にあった。
品はあるが落ち着いた雰囲気の宿で、とても良いところだ。


だが。
僕が泊まるはずの部屋には思わぬ先客がいた。

「おっ、半兵衛! 遅かったじゃねぇの!」

「では、どうぞごゆっくり」と、笑顔で女将が去っていく。
部屋の前で突っ立っている僕と、すでに部屋で一杯やっている男の二人が残された。
僕は渋面しかできないでいる。

「まぁまぁ、そんな嫌そうな顔すんなって! せっかくの別嬪がもったいないぜ!?」
「…五月蝿いよ」

何を言っても笑顔のこの男は、前田慶次君だ。
酒が入っているからか、いつもよりも上機嫌のように見える。


「慶次君…なぜここに?」
「実はさ、秀吉が半兵衛と一緒に温泉なんてどうかって言ってくれてさぁ! だったら京の温泉が良いって言ったら、この宿を取ってくれたんだ。あいつには感謝しないとな!」
「……………」

僕と慶次君は、言うなれば恋仲という間柄だ。
この関係に至るまでを取り持ってくれたのが秀吉である。
だから秀吉は、休みをほとんど取らない僕を気遣って、慶次君との温泉に駆り出させたのだろう。

でもね秀吉、正直言ってこの男と二人きりというのは……とても疲れるんだよ。
決して照れているわけではないんだよ。決して。
現に僕はすでにぐったりしている。

「半兵衛も飲まない?」
「僕はいらないよ」

ため息を吐きながら告げる。
僕がどんなに悪態を吐いても、慶次君がすごすご帰ることはないだろう。
変なところで図々しい男だ。
湯にも入れば夕餉も平らげ、敷かれた布団に寝て明日は元気に京を巡るのだろう。
僕はそれに付き合わなければならないのか。
…勝手に想像したけれど、それだけで疲れてきた。


用意された浴衣を持ち、無言のまま部屋を出る。
さすがに廊下に出る前に止められた。

「ちょ、ちょっと半兵衛! どこ行くんだよっ」
「湯へ浸かりに行くんだよ。君は一人で飲んでいれば良いだろう」
「あー、もう! 待てってば!」

制止を振り払ってすたすたと廊下を進む。
程無くして、後ろからずんずんと大きな足音を立てて大柄な男が僕の隣りに並んだ。

「なぁ、半兵衛…何に怒ってるんだい」
「別に何にも腹を立ててはいないよ」
「俺が一緒だからか?」

一瞬、言葉に詰まる。
確かに慶次君がいたのには驚いた。
一緒にいると落ち着かなくて、心も身体も休まらないの事実だ。
でも、だからと言って嫌なわけではないんだ…。
ただ…僕は、そう、素直ではないから。

どう伝えたら、伝わるのだろう。
人を欺き、嘲り、煽るような言葉ならいくらでも出てくるというのに。
肝心なことは、何一つまともに言えたためしがないような気がする。

考えあぐねていると、慶次君が不安そうに顔を覗きこんでくる。
僕は少しの思案の後、彼の手にそっと自分の手を重ねた。

「えっ! …は、半兵衛…っ?」
「……嫌かい?」
「い、いやいや! 全然!!」
「そうか。なら……少しの間だけ」

俯いたまま、早足に歩を進める。
きっと耳まで赤くなっている。
そんな顔を彼に見られたくなかった。
繋いだ手を強く握り返されて、自分からやっておきながら急に恥ずかしくなってきてしまった。


浴場には誰もいなかった。
僕と慶次君の二人きり。
……意識していないと言えば嘘になる。

他愛もない会話をしながら湯に浸かる。
僕には少し熱めだが、良い湯だった。
先程までの疲れが吹き飛んでいくようだ。


「はぁ〜…気持ち良いな」
「ふぅ……そうだね…」

ちらりと横目で慶次君をうかがい見る。
するとばちりと目が合った。
動揺を悟られまいと、さり気なく目を反らした時だった。
不意に、肩を抱かれたので驚いて顔を向けると、そのまま唇が重なった。
どくん、と心の臓が跳ね上がった。
途端に身体中が熱を帯びていく。
抗議をしようと開きかけた口内へ慶次君の舌が割り込んでくる。
後頭部と腰に回された腕の中から逃げられず、結局は甘受してしまう。

「っ……ふ、ぁっ…」


ようやく終わった口づけに、悔しいけれど力が入らないほどに浸ってしまった。
くたりと慶次君の胸へ身体を預ける。

「悪ぃ、半兵衛…つい我慢できなくて……」

謝らなくても良いよ。
僕も宿に着いた時に君を不安にさせるような言動をしてしまったから。
口をついてこの言葉を出す気力がなくて、代わりに腕を慶次君の背中に回す。

頭、そして身体が熱くてぼうっとする。
これは口づけだけが原因ではないようだ。


「……どうやら逆上せたみたいだ」
「えっ! だ、大丈夫か半兵衛!?」
「声が大きいよ…頭に響くじゃないか…」
「あ、ご、ごめんな」

慶次君は慌てながらも、優しく僕の身体を支えて浴場を後にする。


部屋に戻ってきた頃には、何とか体調は回復していた。
用意された食事も完食とまではいかなくとも食べることはできた。

先程の自らの行動を反省しているのか、慶次君の口数は少なかった。

「何も急くことはなかっただろうにね」
「うっ…本当に悪かったって。だってさ、あんた肌が白いから湯で肩とか色づいて…」

追い討ちのようなものをかけたつもりだったが、僕のせいにしているようにも聞こえる。
…嫌なら本気で抵抗していたはずだ。
受け入れた僕にもそれなりの責任はあるのだ。


しょぼくれた慶次君を、愛しいと思った。
こんな夜くらい、甘やかしても良いのではないだろうか。


「君を責めたつもりはないよ。ただ、夜は長いんだ。……それを伝えたかっただけだよ」

ぼそりと告げると、慶次君は目を見開いて僕を凝視する。
先程と今、どちらの方が僕は赤くなっているのだろう。


かちゃり、と箸を置く音が聞こえる。
あぁ、せめて夕餉の片付けを終わらせてから告げれば良かった。

後悔しても、もう今更遅かった。









プレイボーイ慶次は食器下げさせてから行動に移ります続きません。

2014.4.8







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