風邪
体温計のピピッという音でハッと目が覚めた。少しの間だが寝てしまっていたらしい。ぼうっとしながら、体温計を顔の前まで持ってくる。
38,8度。
完全に風邪だ。思わず、顔を両手で覆って、はー、と溜め息をついた。幾分、息で熱が逃げた気がしたがズキズキとした喉の痛みは引いてくれない。それでも、だるい体でゴソゴソと這うようにベッドから抜け出した。洗濯物や掃除…、やる事は沢山ある。おぼつかない足取りで、部屋のドアを開ける。
くにゃり
その瞬間、ドアノブが曲がった気がした。いや、自分の視界が歪んだだけだと思い付くのに時間はかからなかったけれど、何ともいえぬ疲労感。
………意外と弱ってるかもしれない。開けたドアにぺたりと体を持たせれば、意外と冷たくて気持ちいい。ずるずると座り込めば、心地よいまどろみが体を包んだ。このままでいたくて、私はつい目を瞑ってしまった。
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次に目を開ければ、知らない天井が目に入った。どこだと体を起こすと、ものすごい勢いで腕を引かれ、何かにベッドに引き戻される。
「いっ……」
「お前、どこ行くつもりだよ」
「え、あ、スバル…。」
「あ?」
「な、なんでそんなに怒ってるの…?」
「別に怒ってなんかねぇよ」
「怒ってる…」
「アァ!?怒ってねぇっつってんだろッ!!」
力任せにベッドを叩かれれば、ボフンという音と共に体が衝撃で跳ねた。
小さく、ごめんなさいと呟けば、罰の悪そうな返事が返ってくる。
「ここ、スバルの部屋?」
「あぁ、そうだ。ったく、廊下で倒れてたんだぞ。他のヤツに見つかってたら、どうするつもりだったんだ」
「う…、それは…」
「そんな無防備だから、ほら…」
「ひゃあっ」
スバルの冷たい手が服の中に入ってきて、脇腹をそっと撫でられる。肌の表面をそっと擦り合わせられて、くすぐったい。
「隙がありすぎんだよ。他の奴らにも、そうやって誘うんだろ」
「ち、違うっ」
「何が違うんだよ、ん…」
「ぁ、んん…ッ」
お腹に置いてあった手は、いつの間にか背中に回っていた。グッと固定された体にキバが差し込まれる。いつも項からなのに、鎖骨を噛まれて、慣れない場所に体が粟立った。コツ、コツ、とキバが骨に当たる度に体が痺れる。
「痛いぃ…」
「あ?当たり前だろ。骨に当ててんだからな。つーか、不味ィ…」
「ひ、ひどい…」
「は?酷いのはオマエだろ。こんな青ざめた顔してても、どっか行こうとするんだからよ。血ィ抜けば、いつも通り大人しくなると思ったら、思った通りだったな。」
ククッと喉を鳴らして笑うスバルに何か言い返そうとしたが、言われた通り足は既に力が抜けてしまって立てそうにない。
「はー、こんな不味い血吸わせたんだから、オマエ責任とれよな」
「せ、責任…?」
おずおずと上に乗っかるスバルを見上げれば、真剣な赤い目に見つめられた。
「早く治せよ。それで、オレに吸わせろ」
そっと額に手が添えられる。その冷たい手が本当に心配している気持ちが伝わってきたようで胸に暖かさが広がった。
「うん。じゃないと、スバルが飢え死にしちゃうもんね」
「…オマエ、言うじゃねぇか」
目尻を下げた優しい顔が近付いて、触れるだけのキスをした。
「寝るぞ」
「うん」
なんだかんだで先に寝てしまったスバルを見つめながら思う。
いつも暴君の彼に、甘やかしてもらえるなら風邪も悪くない。
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