審神者美奈の部屋で、石切丸は彼女と向き合っていた。 目の前には、先ほど光忠が置いて行ったお茶がある。 彼女が呼んでいるからと、光忠が石切丸を呼びにきたのが10分前。 前の前に座る美奈は、少し困ったような顔をしていた。 「話とは・・・今度の遠征のことかい?」 「ううん。そうじゃなくて・・・。新しい刀のことかな? それも、ちょっとわけありの・・・・」 そこで切られた言葉に、石切丸は眉をひそめた。 わけありの刀・・・・。 だから美奈は、少し困った顔をしているのかと、石切丸は理解した。 「わけありとは・・・・。危ない刀なのかい?」 「どう・・・かなぁ?そこは顕現させてみないと分からないんだけど・・・」 話が見えてこない。 顕現させてみないと分からないということは、 つまりどんな気性を持っている刀剣男士なのか分からないということか? 「一体、どんな経緯で君に話が来たのか聞かせてもらえるかい?」 「そうね、まずはそこから話しましょうか。」 ひと呼吸置いて、美奈がその刀について話し始めた。 * 話は2日前にさかのぼる。 本部へ呼ばれた美奈は、幹部の数人からひとつの刀を見せられた。 国宝・三日月宗近。 まばゆいばかりのその黄金は、わけありの刀だと聞かされた。 この三日月宗近は以前、他の刀剣男士たちと同じように顕現され、とある本丸で任務を遂行していた。 ある日その本丸は謎の敵襲にあい、審神者が殺され、他の刀剣たちは敵によって折られていったという。 本丸敵襲時、この三日月宗近だけがたまたま審神者の命令で別の本丸へと使いへ出され、助かった。 主である審神者が死に、人としての姿を保てなくなった彼は、 本丸に散らばる折れた仲間を見つめながら元の姿へと戻ったという。 それからというもの、どんなに力のある審神者が顕現させようとしても、彼は人の姿になることはなかった。 しかし、この美しい刀剣が危険な刀剣男士である場合は、やむ終えず折らなければならないという。 そこを見極めたいため、どうしても彼を人間の姿へと顕現させたいのだと言う。 「政府は、登録されている審神者を順番に呼び、彼を顕現できないかと試しているところなのだ。 そして今日は、君の番。だから君が呼ばれたのだよ。 まぁ君で最後だから、君に顕現できなかったら、この計画は中止になるだろうがね。 その場合は・・・かわいそうだが折ることになる。」 幹部の男の言葉を聞き、美奈は目の前の三日月宗近を見つめた。 綺麗ではあるが・・・どこか冷たく見えた。 顕現できなければ、国宝の彼が・・・折られる。 * 「それで、顕現はできたのかい?」 「・・・・できなかったの。たぶん、三日月自身が顕現されることを拒否しているんだと思う。」 昼下がり。 外で刀剣たちの声が響いている。ちょうど今、内番の休憩中であろうか。 「そうか・・・」と一言だけ、石切丸はつぶやく。 しばらく沈黙が流れたが、その流れを破ったのは美奈だった。 「それでね、幹部の人から提案があったの。うちでしばらく、三日月宗近を預かってくれないかって。 うちには鶴丸国永がいるし、あなたもいるだろうから、 顕現するのに少しは何か効果が期待できるんじゃないかって言われてね・・・・。」 「私は別にいいんだが、君の初期刀である清光や山姥切国広がなんて言うか・・・。 それに、顕現できたとしても手に負えない刀剣男士だった場合はどうするんだい? 私のように・・・・」 石切丸が目を伏せる。 彼の脳裏に、あの日の出来事がよみがえった。 石切丸自身も、わけありの刀剣だった。 三日月宗近のように、以前仕えていた審神者を戦いで亡くした。 当時まだ、検非違使という集団が認識されてない時代だった。 問答無用で襲ってきた検非違使は、石切丸以外を全員殺した。 主を殺された石切丸は、その怒りを持ったまま元の刀剣の姿へと戻り、そして・・・・。 「なぜ私を顕現したッ!もう、主や仲間を失うのはイヤだと、私の思いを無視してッ!」 「美奈、こいつはもうダメだ。前の主を殺されたという恨みに支配され、暴走している。 折るしかない・・・。」 「俺も国広の意見に賛成。こんな危険な刀、美奈のそばに置いとけないよ。」 「それはダメだよ国広、清光。私は彼を折るために、顕現したんじゃない。 彼の悲しみを癒すために、顕現したんだよ。 恨みや悲しみを持ったままの付喪神はいずれ、悪霊となってしまう。 石切丸にはそうなって欲しくないから・・・。 だって本当の彼は、とても心優しい刀剣男士だってこと、私には分かってる。 だから、大丈夫だよ、石切丸。」 「・・・・たわけっ!私は・・・私は・・・・ッ!」 石切丸には、あの時の美奈の言葉と、美奈を切った感触が今でも残っている。 腕を切られてもなお、石切丸を抱きしめてくれた美奈。その瞬間、彼は思った。 あぁ、この人になら、ついて行ってもいいんじゃないかと。 (私はあの時、暴走してたとはいえ、彼女を切ってしまった。 もし三日月が私と同じような刀剣だったなら?彼女に襲いかかってしまったら?) 不安で胸が押しつぶされそうだった。 「私はいいと思うが」と言ってみたものの、反対するべきだっただろうかと今更ながらに迷う。 そのことを察したのか、美奈はにっこり笑った。 「大丈夫だよ、石切丸。今ならうちには、石切丸もいるし、他の太刀組だっている。 打刀と短刀の数も多い。何かあったときには、みんな止めてくれるよ。」 「まぁ・・・確かに。もし三日月が君に切りかかりそうなら、私が全力で君を守るよ。 たぶんそれは、清光や国広も同じだろう。」 「ありがとう、石切丸。じゃあ・・・決まりだね。明日にでも三日月宗近を迎えに行ってくるよ。」 美奈の笑った顔を見ながら、石切丸はお茶を飲む。 湯のみのなかで、茶柱が立っていた。 大丈夫・・・。誰かがそう、ささやいているようだった。 ーーーーーーー 続く ーーーーーーー back |