超過重量愛


抱きたい、と言われたときは嬉しかった。
恋人なわけだし、先輩に触れられることが何よりも幸せだろうと思っていたのだけど、こんなに苦しいものだとは、正直想像もしていなかった。

―苦しいし、何よりも………重い。


チュンチュンと窓の外で鳥が鳴いている。赤也は恋人であるブン太の腕に抱かれて、まだベッドの中にいた。すっかりと目の覚めてしまった赤也とは反対にブン太は未だ夢の中にいる。いくら部活の朝練があると言っても、起こすのにはまだまだ早い時間帯だ。
ブン太の片腕は赤也の頭の下に敷かれている。痺れないのかな。そんな事を思ってみるが、夢の中の彼は何てことなさそうだから、赤也は彼の腕に頭を乗せたまま寝顔を観察することにした。
腕枕をしていないもう片方の腕は赤也の身体を包み込んでおり、それがまたなかなかの重さである。眠っている彼の腕は完全に脱力状態で、それが赤也に負担をかけていた。

(重い…)

何度、心の中でそう呟いただろう。圧迫されるのに我慢の限界がきた赤也は彼を起こさぬように腕をそっと押し上げる。

「ん…。あか、や…?」
「せ、せんぱ…っ」
「…はよー」
「はよっス…」

眠たそうな目を擦りながら、ブン太は壁にかかる時計に目をやった。直後、大きく吐かれた溜め息が妙に赤也の耳に残った。

「お前、早くね…?」
「目ぇ覚めちゃって。先輩はまだ寝てていいっスよ」

再び伸びてきたブン太の腕に捕まる前にベッドを抜け出した赤也は昨夜、脱ぎ捨てたままだった制服を拾い上げ、タンスから下着を取り出すとそのまま部屋を出た。
ブン太の親が夜から朝にかけて家を空ける仕事をしている為、放課後に彼の家へと寄り、そのまま一泊していくのがすっかりと定着した今では、ブン太の部屋にあるタンスにいくつか赤也の下着が置いてある。今日もまたブン太の家でシャワーを借り、昨夜洗濯して干しておいたジャージをバッグの中へと突っ込む。

「せんぱーい、そろそろ起きないとマズいっスよー」

時計を確認して、一度ブン太の部屋へと戻るとベッドの上の彼は気持ちよさそうに寝息を立てていた。そんな彼の姿に溜め息を吐き、赤也は自分の肩に触れた。

(かったるい…)

昨夜の情事の疲労と眠っている間、彼の腕に押さえられていた時の負担により赤也の身体は大分疲れ切っていた。


(どうすっかな…)

4限終了のチャイムが鳴り生徒たちは昼食を取るべく教室から散っていく。赤也は窓側の自分の席で頬杖を付いたまま校庭を眺めていた。3-Bが丁度体育の授業をしていたようで見慣れた赤髪が彼の視界に入った。

「はぁ…」

部活の時とは違うジャージに身を包んだ恋人の姿を見て赤也は今日何度目になるか分からない溜め息を吐いた。別に先輩の事が嫌いな訳じゃない。寧ろギャラリーの女の子たちにまで妬いてしまえるほどに好きである。行為が嫌な訳でもない。彼に愛されることは好きだ。
しかし、ただちょっと、尋常じゃないくらいに痛くて、苦しくて、……重いんだ。
次は上に乗ってみようか…。ぐるぐると思考を巡らせ、辿り着いた答えに赤也はボンッと音を立ててショートした。顔を真っ赤に染めて時が一瞬停止する。

「おい、赤也」

その時、不意に頭上から降ってきた声に赤也は現実へと引き戻された。視線を上にあげるとそこには不思議そうな顔をしたブン太が立っている。

「丸井せんぱ、い…?」
「どうしたんだよ?そんなにぼーっとして」
「やっ、いやっ!な、なんでもないっス!」

つい先ほどまでグラウンドに居たはずのブン太が目の前に居る状況をイマイチ理解出来ないでいる赤也の頭の中を今の今まで考えていた事が急速に巡り、彼は反射的に席を立つとその場を離れようとした。

「おい!何で逃げんだよ!?」

急に立ち上がった赤也を見て驚いた声を上げるブン太が片手首を掴む。赤也が逃げようとした反対方向へと引っ張られれば、当たり前のようにバランスを崩す。

「うおわあああ」

そのまま派手にこけた赤也はブン太を巻き込んで床へと倒れ込んだ。

「いってぇ…」
「あ、せんぱ…そのっ、すいませんっ!!!」

教室に残っていた数人の生徒が何だ何だと騒ぎ出すが今の赤也にはそんなことは関係ない。
壁にもたれるようにして倒れたブン太とその上に乗るようにして倒れた赤也。傍から見れば赤也がブン太を押し倒したように見えなくもない体勢だった。

「頭とか打ってないっスか!?怪我とか…!」
「ん、大丈夫」

しかし、赤也は目の前で顔を歪めるブン太の安否が気になりそれどころではない。大慌てする赤也に、にっと笑って見せたブン太。そんな彼の笑顔に赤也はようやくほっと息を吐いた。

「それよりも…何か上に乗られるのって新鮮だな」

先程よりも幾分も意地悪そうな笑みを浮かべた彼にカッと顔を赤くした赤也は思わず彼の頬を叩いてしまった。

「いっ…てぇ!赤也、お前何すんだよ!」
「大丈夫そうっスね、先輩…」
「顔以外はな」

突然、叩かれた事に機嫌を損ねたブン太が何か言いたげな顔をしていた。しかし、彼が口を開こうとしたと同時に昼休みの終りを告げるチャイムが響いた。

「じゃあ、俺…次、移動授業なんで行きますね」
「…おう。部活の後、いつものところで待ってろ…」
「え?」
「絶対待ってろぃ」

机の横に掛けたカバンから次の授業の教科書とノート、筆箱を持つと赤足早に教室を出ようとする赤也に念押ししたブン太はゆっくりとした動作で腰を上げて自分の教室へと戻っていった。


部活の後、ブン太は3年レギュラーだけでのちょっとしたミーティングを終えて部室近くにあるベンチへと向かった。

「わりぃ、遅くなっちまった」
「別にいいっスよ」

昼間のちょっとした騒ぎの所為で2人の間には微妙な空気が流れていた。特に会話もなく、気付いたらブン太の家へと着いていた。いつものように冷蔵庫にあるもので適当に夕食を作って食べた後、順番に風呂を終えると彼らはベッドの上で向かい合っていた。

「あのさ。俺はお前の先輩で恋人だけど、お前の事を何でも分かる訳じゃないんだぜ?でも、最近何か、嫌そうじゃねぇか?」

真っ直ぐに向けられたブン太の視線に赤也は少しだけ目を大きくする。

「時折、苦しい表情見せる癖に何も言わねえし。お前が本当はどう思ってるのか知りたいんだよ」

ブン太はそう言い終わると同時に赤也の腰を引き寄せた。頬に手を添えられ、唇が重なる。わざとらしいリップ音を合図にブン太の舌が赤也の舌を絡め取る。

(キスは、好き…だよな)
「赤也」

赤也との行為を再確認するようにゆっくりと進められていく愛撫。

(背中も、胸も…嫌いじゃないな。…じゃあ、)
「言わなきゃ分かんねえだろ…?」
「せんぱい…」

ぶつかる視線の先にいるのは互いに今にも泣き出しそうな不安げな表情だった。

「俺は…先輩が良ければそれでいいし、先輩に触ってもらえることも、繋がれることも嬉しいっス。でも、ほんの少し…少しだ、け…痛くて、苦しくて………その、」

赤也らしくない小さな声で彼は自分の胸の内を話していく。ブン太はそんな彼の頭を撫でてやりながら、うんうんと相槌を打ち聞いてやる。しかし、途中で小さくなりはじめた赤也の言葉は最後まで言わないまま途切れてしまった。

「赤也?」

小さい子をあやすような口調で彼の名を呼ぶと、ブン太の肩口に顔を埋めた赤也がぼそりと微かに聞こえる程度の声で言った。

「重くて…」
「…ああ」

赤也の一言にブン太は何とも言えぬ気分になった。妙な納得感と少しの申し訳なさ。口には出さないが、心の中でごめんと謝罪の言葉を述べたブン太はもう一度、赤也に深い口付けをすると自分の膝の上に彼を座らせたままシャツに手を滑り込ませた。

「ん…あ、せんぱ…っ」

ブン太から与えられる快感に声を上げる赤也。そんな彼の様子を伺いながら、ブン太は言った。

「今日はこのまま俺が下でやってみるか?」

赤也の一番の悩みである、正常位でした場合の重みによる負担をどうにか減らしてやろうとのブン太なりに考えた答えだった。恥ずかしいのか赤也は俯いてはいたが、その提案に首をタテに振った。
ブン太は自分の上半身をベッドへと沈ませ、誘うように赤也の腰に手を回す。

「ゆっくりでいい、赤也のペースで」
「う、ん…はぁっ」

自分のモノがゆっくりと赤也の中に入っていく。いつものように自分のタイミングで得る快感とは違った、いつ襲ってくるかわからないその感覚にブン太の気分は最高潮に高まっていた。

「先輩っ、入った、っス…」

ブン太のモノがすべて入りきると上に乗る赤也の体重がダイレクトに身体に伝わってくる。今のブン太にはその重みすらも愛しく思えた。しかし、恥ずかしさからなのか、あまり動こうとしない赤也にブン太は正直、物足りなさを感じていた。

「ふっ…あ、や…やだ…」
「今度はどうしたんだよ?」
「これ、やだ…先輩、これ、こわい…」

自分から言い出したことなのに…心許ない。
慣れない不安からくる怖さと、はじめよりも硬さを失ったブン太のモノを感じ取り、赤也は泣き出してしまった。ぐっと唇を噛み締め、涙を堪えようと目を堅く瞑った赤也は細い声で言う。

「いつものがいいっス…」
「でも、それじゃあ」
「…重いのが、いいっス」

やっぱり自分が下がいいと言い出す赤也に、本当にいいのかと確認を取ると、ぼろぼろと零れた彼の涙をブン太は手のひらで拭ってやりながら、腰をやさしく抱いてやる。

「本当にいいんだな?」
「うん、」

目を合わせて、最後にもう一度確認をするとブン太は繋がったままの状態で赤也をベッドへと沈めた。ギシリと軋むベッド。先程よりもぴったりとくっ付いた身体と身体に赤也はこの上ない幸せを感じていた。

「せんぱい、きもちっいっス…あっ…」
「俺も、すっげぇいいぜっ…」
「んぁっ…あっ…あぁっ」

呼吸が乱れたまま、赤也の隣へと倒れ込んだブン太の汗ばんだ背に赤也は腕を回す。

「先輩、好きっス」

そう言ってにっと笑って見せれば、彼もまた笑い返してくれる。



痛い、苦しい、重い



それは変わりないけれども、それでも、先輩から与えられる感覚全てが好き。余すところなく全部が愛しいんだ。
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