たえるキミ


「…っ、……っっ」

セックスの時、赤也はいつも声を押し殺し、耐えている。

「おい、赤也。そんなに強く手噛んでると血ぃ出るだろい…」

頬を赤く染め、熱を帯びた扇情的な瞳でこちらに視線を向ける赤也の口元には彼の手が添えられている。そんな彼の手首を掴み、少々強引に引っ張ると、その手は案外簡単に口元を離れた。声を我慢する際に手の甲を噛んで耐えていたのだろう。一部は既に内出血を起こし、何とも痛々しい歯型がくっきりと付いていた。ブン太は渋い顔で大きな溜め息を吐く。

「…ったく。いい加減、声出せって」
「いや…っス…」

頑なに声を出すことを嫌がる赤也。俺はどうしてこいつがここまで嫌がるのか、その理由を知らない。
行為中に声を出さないのは恥ずかしがっているから、気持ち良くないから、またはセックス、そして相手が嫌いのどれかが大体の理由だろう。
恥ずかしがるっていうのは多少あるだろうが、キスの時は少なからず声を洩らす赤也には違う気がする。ならば、テクニック不足。―それはあり得ない、俺のテクニックは最高なはずだ。 それならば、セックス、または俺の事が嫌い…。まさか…。
考えがまとまらないまま静止していると赤也が次はまだかと急かすように、ブン太の足に自身の足を絡めてきた。

「…お前ってさ、実はMだったりすんの?本当は俺に噛んでほしいけど言えないから自分で…とか思ってんの?」
「それはねぇっス!!!」

ブン太は握ったままの赤也の手をそっと自分の口元まで寄せると彼に挑発的な視線を向けながら、その指に軽く歯を立てた。二、三度甘噛みして、そのまま指に舌を這わせると赤也はぴくんっと微かに肩を跳ねさせる。

「お前の指って何か本当に食べちゃいたくなるよな」
「やっ、やややややめてくださいよっ…!?お、俺、べつに噛み癖も噛まれたい願望もねぇっスから…!!」

舌先で赤也の指を弄りながらブン太が呟くと、かなり焦った様子の赤也が手を引っ込める。

「いってぇ!赤也、お前今、歯に指当たったぞ!」
「だ、だって丸井先輩が変な事言うからっスよ!」
「お前、俺の事本当に何だと思ってるわけ?」

いくら食べることが好きだと言ったって、流石に人の指を食うような性癖は持っていない。それでも、信用ならないといった表情をしている赤也に俺は今日、何度目になるか分からない溜め息を吐いた。

「もう今日はやめだ、やめ」

赤也が何故そこまで頑なに声を出そうとしない理由も分からなければ、今のちょっとしたバカ騒ぎですっかりと気分も萎えた。一方的に切り上げて、赤也の隣でさっさとシーツに包まり背を向けてしまったブン太を見つめながら、赤也は悲しそうに笑った。

「おやすみなさい、先輩」

小さく呟かれた言葉はブン太の耳にしっかりと届いていた。それでも、彼は何を返すことなく、瞼を下した。



次の日の朝は最悪だった。
いつもなら、ブン太が声を掛けても起きやしない赤也が「先に行きます」と短いメモを残し、姿を消していた。昨日、最後までしないで俺が無理矢理切り上げた事に対して怒っているのだろうか。 胸の内に渦巻いたモヤモヤを吐き出すべく包まっていたシーツを蹴飛ばすと、不意に肌に触れた外気に自分が一糸纏わぬ姿だったことを思い出し、身体を震わせる。大きく息を吐いて、ブン太は気怠い身体を起こすとシャワーを浴びるべくお風呂場へと向かった。
赤也に問いたいことが山ほどある。朝練に出れば嫌でも顔を合わせることになるのだから、今は焦らなくてもいい。そう考えながら、ブン太はシャワーを止め、髪から顔へと伝った水を手で払った。

しかし、実際学校へと着いてみると彼が当初考えてたよりも赤也に声を掛けることは難しかった。普段から赤也にべったりと引っ付いてる仁王が今日はいつも以上に赤也から離れない。嫌がりながらも満更でもなさそうな赤也の反応もまたブン太は面白くなかった。
結局、1日中イライラしながら仁王と赤也のいちゃつきっぷりを見せつけられて午後の部活の終了時間を迎えてしまった。
他の部員とあまり顔を合わせたくなかったブン太は他のレギュラー陣が部室を出ていく頃、入れ違いで着替えることにした。すっかりと人の居なくなった部室。はぁ、と短い溜め息を吐いてユニフォームを脱ぐと、ふと背後に気配を感じた。ばっと勢いよく振り返るとそこに立っていたのは赤也だった。

「なんだ、お前か。先に帰ったんじゃなかったんだな」
「丸井先輩とちゃんと話がしたくて待ってたんっス」

夕日に照らされて赤く染まった赤也の表情は上手く読み取れなかった。

「先輩、」
「…んだよぃ」

赤也の方を見ないまま、小さく返事をすると同時に背中にぴったりとくっ付く体温を感じた。

「俺の事嫌いにならないでほしいっス…」

彼の口から弱弱しく紡がれたのはその一言だった。言葉とは反対にブン太を抱き締める腕は力を増していく。

「ちょっと待て赤也。どうして俺がお前を嫌いになんなきゃいけねぇんだよ」
「だって先輩、最近…一緒に寝ても浮かない顔してるし、もう俺に飽きちゃったのかなって思って…」

肩口に顔を埋めた赤也の頭をポンポンを撫でる。すると、ブン太を拘束していた腕の力が少しだけ弱まった。自分の背後にいる赤也の方に向き直り、ブン太は彼の頬を両手で挟んだ。

「誰が誰に飽きるだって?…ったく、逆なんじゃねーのかよ?」

問いを返すと赤也は目を丸くして、質問の意味が分からないと言ったような顔をしていた。

「お前、俺と寝ててもいっつも声出そうとしねぇし、本当は嫌なんだろい?」
「そんな事…!」
「じゃあ、どうしてお前はいつもいつもそんな頑なに声抑えようとすんだよ…」
「それは…」

一瞬、言葉にするのを躊躇った赤也の瞳が大きく揺らいだ。そして、ゆっくりと瞼を下した赤也はブン太の後頭部に手を回すとぐい、と顔を近づけ口を開いた。

「だって、俺…先輩の声が聞きたかったんス…。それなのに俺、声デカいから丸井先輩の声ちゃんと聞こえなくなるし…だから、俺が声を抑えようって思ったんス。」

鼻先がぶつかりそうなくらいの至近距離で顔を真っ赤にした赤也から告げられたのは、ブン太が考えていた理由よりも幾分も可愛らしく愛しいものだった。そんな赤也の言葉に耳まで真っ赤にさせたブン太は小さく「バカ也が…」とつぶやき、彼の首筋に唇を寄せた。

「ちょ、先輩…!ここ部室…」

ジャージから覗く首筋を舐め上げれば、赤也はブン太を引き剥がそうとする。

「もうみんな先に帰ったろ。今日はちゃんと声出せよ?」

触れるだけのキスをして赤也から離れたブン太はいつもよりも楽しそうな笑みを浮かべて部室の鍵を閉めた。そんなブン太の様子をロッカーの前でぼーっと見ていた赤也は不意に引かれた腕によりバランスを崩し、ブン太の胸へとダイブすることとなった。

「せんぱっ…、んぅ…」

噛みつくようなキスにくぐもった声が漏れる。赤也のジャージを脱がし、ユニフォームを捲り上げるとブン太の手が彼の身体を撫でる。ロッカー前のソファに腰を下ろしたブン太に誘われるようにして彼の上に覆いかぶさるようにして、そのソファに膝立ちになる赤也。

「ひっ…」

ユニフォームの下に侵入してきたブン太の手は思ったよりも冷たく、赤也は思わず、声を上げる。

「ほら、口押さえんなバカ」

反射的に口を覆った手をもう片方の手と一緒に束ねられ、赤也は唇を噛んだ。

「あっ…でも、せんぱぃ、」
「ん、可愛い」

赤也の弱点である耳をしつこく舌で弄ってやれば、吐息交じりの甘い声が彼の口から洩れる。次に与えられる快感に耐えようとする赤也の濡れた瞳から一筋の涙が零れる。頬を伝う涙をブン太は舌で拭ってやると、柔らかい笑みを赤也へと向けた。

「俺だって、お前の声聞きてーんだよ。」

一緒に気持ちよくなってるんだって、ちゃんと感じたいんだ。
ソファに倒した赤也の上で、そう言って笑うブン太の首に赤也は手を回す。

「はぁっ、ん…あっ」

部室に響く赤也の声。それは思っていたよりもブン太の頭を甘く痺れさせる。

「んっ…赤也、大丈夫、か…っ?」
「だいじょ、ぶ…もっと、せんぱ、…っも声出してくださ…い」

ブン太の首に回した腕に力を入れて、彼の顔を自分に引き寄せた赤也は、にっと笑ってみせた。

「もっと…くださいよ、先輩の声も、身体も全部…俺だけのものっス」

悪戯っ子のような赤也の笑顔にブン太は彼の額を小突く。

「ばっか…お前…!」
「あっ…、先輩、……身体は素直っスよね」
「うるせぇ、今のは仕方ねーだろい!」
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