深みに嵌っていくとして


―好きだ、愛してる、お前だけだ。
そんな言葉を鵜呑みにするような馬鹿がこの世に一体何人存在しているのだろうか。人が吐く言葉は真実のようで嘘ばかりだ。少しの感情の変化で誠も偽りへと変わる。人の気持ちも言葉も少しの変化で大きく変わってしまうような脆いものなのだ。

「岩ちゃん…」
「あ?ったく、いつまでんな顔してんだよ」

眉間に皺を寄せて面倒くさそうな顔をする彼の腕に抱かれて目を瞑る。心地良い彼の体温と静けさに眠気が微かにやってくる。

「ねぇ、岩ちゃん」
「まだ眠くねぇのか」
「岩ちゃんは俺のこと好き?」
「まだ聞くのか」

ベッドの上で先程まで散々囁かれた愛の言葉。心も身体も求められて俺自身とても満足した筈なのに情事後、暫くしたら急に不安が訪れた。さっきまでは好いていてくれたが今はもう心変わりしてしまったかもしれないという不安に駆られて寝てなどいられない。

「俺のこと、好き?」
「好きだ」
「俺も岩ちゃんのこと好きだよ」
「ああ、知ってる」

髪を撫でられれば少しだけ安心した。今度こそ愛しい彼の腕に抱かれて眠ろうと目を瞑る。しかし、それから数十分して浮上しかかった意識が不意にはっきりとした。瞬きを何度かして瞼をぱっちりと押し上げると目の前に彼の顔が見えた。

「岩ちゃん、寝ちゃった?」
「…起きてる」

虚ろな声が返ってくる。ああ、半分くらいもう寝ているなと思いながらも俺は彼にすり寄り問いかける。

「俺のこと好き?」
「好きに決まってんだろ…」
「本当に好き?」

眠気を帯びた重たい声が俺に愛を囁く。しかし、今度の彼の言葉は信用ならなかった。
眠たいから適当に俺が喜ぶ返事をしているだけなのではないかと思い始めてしまえば、ふつふつと胸の内に湧き上がった不安がどんどん増殖していく。

「ねぇ、岩ちゃん。起きて、起きてよ」

ゆさゆさと彼の身体を揺さぶると不意に手首を掴まれ引き寄せられた。
突然の事にバランスを崩した俺は彼に覆い被さる様にしてベッドへとダイブ。
急激に近付いた顔。俺の目の前には眠気など感じさせないくらいに真剣な眼差しをした岩ちゃんがいた。

「岩ちゃ…」
「お前は何がそんなに不安なんだ?」
「なに、って…」
「俺はお前の事が本当に好きだ。言葉にしなくたってお前なら分かってくれると思っていたんだが…」

短い溜め息を吐いて目を伏せた岩ちゃんは俺の顔大きくごつごつとした手で包むとぶにっと頬を摘まんだ。

「い、いひゃいよ…」
「逆に俺が聞きてぇよ。お前は俺の事本当に好きなのか?信用してくれてるのか?」
「…っしてる!してるに決まってる!」

頬を引っ張るその手を払い除けて、彼の顔のすぐ横にバンッと手を置く。
唇が触れそうになる距離まで近付けばおでこに鈍い痛みが走った。

「何すんの…」
「信用してくれてるっていうなら安心だ。何度もお前が同じこと聞くから、」

一瞬、耳を疑った。

―、なんなら今ここでお前を殺して俺も死んでやろうかと思ってた。

その言葉に俺は目を見開いた。自分が歪んでいることは何となく自覚していた。しかし、経った今そんな事をさらりと言ってのけた彼からも十分すぎるほどの狂気を感じた。
冗談で言ってる訳じゃない。長年の付き合いから彼は本気で言っていると察した。

「お前が本当に不安で仕方ないって言うなら俺はいつでもお前と一緒に死んでやる」

くしゃりと撫でられる後頭部。言葉を失ったままの俺に触れるだけのキスをして彼は俺から顔を背けた。

「岩ちゃ、ん…」

やっとの思いで声を発した時には既に規則正しい寝息が聞こえてきていた。
ふ、と短く息を吐き俺もまたベッドへと倒れ込む。愛しい彼の背中を見つめながら、今まであった自分の中の彼のイメージと先程の台詞のギャップにカルチャーショックを受けながらもほんの少し冷静になって考えたら底知れない愛しさが湧きだしてきた。

―彼は自分の為なら命だって投げ打ってくれる。口先だけなんかじゃなくて本気で。

自分の口元が緩んでいくのが分かった。一気に温かくなった心はもうきっと冷めることはないだろうと思いながら彼の背中にそっと身を寄せて目を閉じた。
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