(※シンク+ハクアのみ。エリキャロなし)



 ……寒いなぁ。
 不意にそんなことを思った。
 もう立てなくなった体で、見る世界はすっかり秋色から冬の色になっていた。
 通りの人影は少なくなり、いてもあったかくなるようにマフラーとかして早足で去っていく。隣に立っている、何て名前かも知らない木のおじいちゃんも、葉っぱがなくなって何だかさみしい。
 お昼になれば土はあったかくなるけれど、朝は空気の寒さに伝染されちゃって、冷たい。体がピリピリする。
 わたしの赤がひらひら、冷たい風に揺れた。
 と、隣で。カサ、と小さな音がして。
「――おねぇちゃん、……」
「……ん?どうしたの、ハクア」
 横を見れば、そこには白い姿。
 数日早く先に咲いた彼は、法則通りに、わたしより早く頭を垂らしていた。今は同じように土の上に体を預けている。
 ……白片の先は、茶色くなりはじめている。
 それでも、すでに生理的に眠たいであろうに、彼はこちらに向けて笑う。
「……ことしも、来てくれたね。エリオお兄ちゃんと、キャロお姉ちゃん」
 その言葉に、息がほんの少し、詰まった。
「……うん」
 ハクアの笑顔に、素直に首を小さく縦にする。
 ――脳裏に掠めたのは、あの赤と桃の姿。わかるはずない私達を認知してた。約束してくれた、優しい人達。約束を、守ってくれている大切な。
 今年も、綺麗な花束を持って。笑顔で、会いに来てくれた。
 一人以外、会いに来てくれる人は、あの人達しかいないから。
「エリオお兄ちゃん、なんか大きくなっちゃったよねぇ。首上げるの疲れちゃった」
「……そうね」
 ふにゃっと、とろんとした目で、笑ってくる。
 わたしはただ、素直に頷く。笑みも隠さずに。
 二人……二輪、隣合わせで、くすくす笑う。
 ……と、そのとき。
「……ごほっ、けほっ」
「っハクア、」
「げほ……っ……だいじょぶ、」
 何度か見てきた、彼の苦しそうな顔。先に咲いた彼の宿命、先に咲かせたわたしの宿命。でも、それをわかっているから。白い笑顔でこちらを見つめる。
 くすりと笑って「ねぇねぇ」とわたしの気をひこうとする。素直に従いたくなくなってそっぽを向いているとだんだんガサガサうるさくなってきた。わたしは少しムカついて、しょうがなく「なぁに」と聞く。……どうして風のおじさんはこの子の言うことを聞くのだろう。
 わたしが返事をしたことにパァと目を、輝かせて。
「あのね、」
「うん、」
「今年、ソウハお兄ちゃんは、来れなかった、よね?」
 ――ソウハお兄ちゃん。
 わたしとハクアにとって、血の繋がっていた、……大好きな、兄。
 その兄は、今年の秋、わたし達に会いに来れなかった。今年の秋は、『出張』がちょうど被ったのだと。『出張』はよく父と母が行っていたから、知っている。短くて長い間、遠い場所に仕事で行くことだ。
 ――ごめんな、今年はおまえらの顔、見れないけど……絶対また、会いに来るからな。
 まだ芽も出ていない夏の終わり、さみしそうにわたし達が眠る土に微笑んで、兄は歩き出した。
「……そうね。……何?思い出したらさびしくなっちゃった?」
 ……兄には見えない。わたし達の声も、表情も。けれど、いつもあたたかくて。
 毎年秋に頭を優しく撫でてくれたから、……それが今年、少しさびしかったのを、よく覚えている。
 わたしは、相手にそれを気付かれないように、おどけて聞いてみて――目を見開いた。
 白い彼は――ハクアは、……首を振っていた。
「さみしく、ないよ。……それは、あたまなでてもらえないのはちょっといやだけど。……だって、」
 そして、ハクアは、顔を上げた。
「ずっと、いっしょだもん」
 そのきらきらとした目にうつる、色は。

「お空の色は、ソウハお兄ちゃんの色だもん」

 ……あぁ、そうか。
 わたしはようやく、納得した。
 ずっと、見てくれてたんだね、お兄ちゃん。
 お空の色は、確かに、青色だった。綺麗な、わたし達を、包む青。
 ――兄も、そうだった。小さなわたしとハクアをぎゅっと、いつも。包んでくれた。
「……ね?」
 頭を上げ、同じく空を見ていたわたしに、ハクアは、笑った。
 だから、わたしは。
「…………うん」
 首を縦にした。
 そして、笑うと、ハクアも笑った。
 ……と、カクン、とハクアの首が落ちた。わたしは急に異変が起きたのかと声を上げようとして……とめる。
「……お、ねぇちゃん……」
「……うん」
「……ねむ、くな、ちゃ、た……」
「…………そうね」
「……ねても……いい……?」
 小首を傾げて、尋ねてくる彼に、わたしは。微笑んで。
「……いいよ」
 その言葉に、ハクアはふにゃりと笑った。そして、そっと。
 目を閉じた。
「……おやすみ。――ソウハ」
 幸せそうな、幼い寝顔。きっと数日後にはまた、土の布団に眠りにつくのだろう。
 わたしは、また、空を見上げた。
 秋空。澄んだ、青い空。――ソウハお兄ちゃんの色。
 そう、お兄ちゃんとは今、離れてるわけじゃない。『出張』で離されてるわけじゃない。この空のどこかにソウハお兄ちゃんはいるんだ。ソウハお兄ちゃんだけじゃない。エリオお兄ちゃんも、キャロお姉ちゃんも。みんな繋がってるんだ。
 この、お空で。
 ……一人じゃない。
 わたしは、不意に力が抜けるのを感じた。空を見るために上げていた頭が落ちるのをなんとなく認識する。
 そして、ゆっくり。眠気が襲ってくるのと同時に、瞼が重くなる。
 刹那、今までにないとてもあたたかい気持ちに包まれながら、わたしは目を閉じた。

 ――冷たくなった風が吹いた。
 もうすぐ、冬が訪れる。



眠華 ―Minka―



 ――おやすみ、命の花。





〜あとがき〜
 お久しぶりです。彼岸花シリーズ、遅れての更新です。本当は遅刻したのでやめようかと思ったのですが、やはり書きたくなったのでお怒り覚悟で書いてみました。
 今回は前作とは真逆の、彼岸花の姉弟のお話。オリキャラしかいない!エリキャロいない!とは思ったんですが、どうしても書きたくなったのでお怒り覚悟でk(ry
 テーマは『みんな空の下』。ソウハの色イメージが空色だったので、被せてみました。亡くなった人も生きている人も、離れてしまった人も、みんな空で繋がってるんだと。一人ではないんだよと。
 本当は秋中、別の話(カラーズ家の話)を書いてたんですがまとまらず……諦めていたときにこの話が浮かびました。
 また、来年。綺麗な色を見せてね――命の花。




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