……また、夢を見た。
君が、隣にいる夢を。
君は、いつものように微笑んでいた。隣で、幸せそうに。
……でも。
不意に気付くと君は隣にいないんだ。
目の前には小さな小さな背中しか見えなくて、でも君なんだ。
小さすぎて、でも愛おしいその姿を抱きしめてあげたいのに、
はかないその影は消えそうで、でも消えはしなくて、
追いかけて、でも追いつけず、ただ名前を叫んで、……そこで、目が覚めるんだ。
only dreaming
複数の色を持つガラスから、太陽の光が溢れてくる。
それは酷く優しく、たくさんの長椅子と神の像が佇む静寂を照らしていた。
その中、ただ一人天井を見上げる男がいた。
男はずっと、天井を見上げていた。純白が適正とされるこの場所には不釣り合いな漆黒のスーツに身を包み、手には一本の傘。なぜかその傘は綺麗な空色のはずなのに、どこか霞んで見える。
と、近くから響いてくる、鐘の音。その重たい音は室内の無音を無くし……だが、その反響は、静寂を深くすることしか意味を持たなかった。
鐘の音は反響を繰り返す。それは止められず、否定もされず。虚しく男を取り囲んでいく。
反響さえ終わり、再び静寂が訪れた。……しかし、それは今度は違うもので終わりを告げた。
それは、男の笑い声。男は天を仰ぎながら笑いだした。
眼鏡の下から見えるエメラルドの瞳は天井を見ているはずなのに、どこか違った。
ふわ、と笑みを作ろうとする。しかし、それはうまく作れず、プラスに、派手な音を立ててしまった。
――先程立っていた場所から落ちたのだ。とりあえず、落ちた側に長椅子があったからそこに安定したが。
男は誤って体を打ったはずなのに痛みを何も感じていないようだった。むしろ、先から続いていた渇いた笑顔が漏れるばかり。
ゆっくりと顔が正面を向く。ずっとどこか別の方向にあった目線。……それは今、向こうにある像――神を産んだ聖なる母――へと。
「……ね」
その、男の中だと高めに位置する音質の声が発せられる。それとともに、緑色の目に光が射す。
そして今度ははっきりと笑顔を……、繊細な笑顔を作った。
「ね、なのは……なのはは今、どこにいるの?」
教会のステンドガラスから射す複雑な光の中。
今でも繊細に思い出せる。あの日、彼女との最後の会話。
『――うわぁ……綺麗……』
あの日、僕は彼女に何も言わずにここに来たことがあった。
最近なのはの様子が気になる……と、フェイトに言われていたから、久しぶりのお互いの休日に二人だけで出かけたのだ。
彼女は――なのはは、いつもと、前に会ったときと変わらない姿だった。笑顔で再会を喜んでくれたし、エスコートすれば頬を赤くする。
今だって、自分の目的は知らないけれど、教会の中の雰囲気に目を輝かせていた。
『仕事が一段落したら、ここで結婚しよう』
そう言うと彼女は驚いた顔でこちらを見つめた。
『今は無理だけど、いつか、時間があいたら、ね?』
『ユーノ、くん?』
『ん?』
『ほん、と?』
『うん。だって、なのはだって夢見ていたじゃないか』
なんで?と聞くと、ううん、そうだったね、と笑みが返された。だから、僕は特に気にしないで自分の希望を話し続けた。
『ヴィヴィオも喜ぶよ。それに、なのはのウェデングドレスも見たいし――、』
その瞬間腕を思いきりひかれ、何気なく振り向き――言葉を、失った。
彼女は、なのはは。微笑んでいた。そして、何とも言えない表情で首をふった。言葉もなく、ただ、柔らかく笑って、アメジストの目に涙をためて。
……なんであそこで泣いてくれなかったんだろう。ずっとずっと、一人で抱えこんで。
わかってはいたけど。でも、伝えてほしかった。支えてあげたかった。
……それ以来、なのはは姿を消した。一人娘のヴィヴィオをフェイトに預け、一人で、誰にも何も言わずに。
「なのは……」
それから、数ヶ月後。別世界で彼女は見つかった。一人、静かで平和な村で眠りについた姿だった。
彼女には時間がなかったんだ、と言われた。魔法の使いすぎた体はそう長くはない、それを彼女は知っていた。
知識的には自分も、周りも知っていた。
だが、彼女は本能で自分の終わりに気付いていた。
だから、別れを、永遠の別れをいつか誰かにするのを避けるために、彼女は何も言わずに姿を消した。
フェイトに言われた、『わかんなかったよね……ユーノも、疲れていたんだから』という言葉。自分には、理解できなかった。その言葉さえ。
「……なのは……!」
でも、今ならわかる。
もう二度と会えないということも。
話すことも。笑いあうことも。君の声も、温もりも、熱も。もう――わかっているんだ。
……だけど――。
「なのは……会いたいよ……!」
強くつむった瞼から、大粒の涙が、いくつも落ちていった。
君のことを思うとね、胸が苦しくて、むせび泣くんだ。そして、カラカラの出ない声で、君の名前を呼ぶ。何度も何度も。何度も呼んで。
すると急に眠気とぐちゃぐちゃの感情がどっと押し寄せてくる。僕はただそれを否定することもせずに受け入れるんだ。それでも、自然と君の名前を何度も呼び続ける。
何で呼ぶんだろう。もう、君に会えないのは知っているのに。触れられないのに。
望んでもない、祈りもしない。
でも、霞む空に霞むように、淡い夢の中で君にまた出会えたら――それだけでいいんだ。
――もう二度と逢えない君へ。
〜あとがき〜
(※2011年再UPにつき、記入)
この小説は事実上サイト初の失恋(死ネタ)になった小説です。
書き上げた時期に発表された曲に触発されたお話でした。まぁ、その曲自体は死別の失恋ではなく、失恋での別離なんですが……。
失恋が、というわけではありませんが、ユーなのだから、こんな雰囲気で仕上げられたのかな、と思います。
【Short Storys】
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