――また、秋風のふく季節が巡ってきた。

 赤い髪を持つ青年と、桃色の髪を靡かせる少女はまた、あの道を歩いていた。
 あの日、はじまりの日よりも幾分大きくなったその背中。しかし、心に秘めた感情は変わることなく。
 少女の腕の中の花束もあの日と同じく、風により笑う。
 そして、二人は通りに出て。あの小さな、けれど強い存在を捜して。
 ――そこで、二人は見てしまった。
 赤と白が揺れているはずの場所で、男性が座りこみ、袋を持って、何かをしているところを。
「――っあなた、何してんですかっ!シンクとハクアがそこにはいるのにっ!」
 思わず青年が男性に叫んだ。その時、男性ははっと青年達に振り向いて。
「……君達、シンクとハクアを知っているのか?」
 その目は綺麗な、青色だった。



遥華 ―Haruka―



「――初めてだよ。二人が“ここにいる”ことを知っている人に出会うのは」
 ベンチに座り缶コーヒーを手に埋めながら、男性は優しく笑った。
 先程、まるで時間が止まったような空間が起こった後。青年と少女と男性は、お互いの話をするために通りに近い公園へ移動した。
 もう、枯れたものしか残っていなかった場所に、花束を置いていって。
 赤髪と桃色も手の中のあたたかい湯気を感じながら、男性の隣に座る。
 煎り豆の薫りとカカオの香り、茶葉の香りとあたたかみが立ち込める中、青色は二人に向きあう形になり。
「改めて、挨拶しなきゃな。……はじめまして。俺はソウハ・カラーズ。――シンクとハクアの兄だ」
 その言葉に二人の呼吸が一瞬止まり、……しかし、微笑みながら返す。
「はじめまして、エリオ・モンディアルです」
「キャロ・ル・ルシエです」
 エリオとキャロが名乗り、一礼すると「そんな改まらないでくれよ」と手を軽く上げた。
 二人は再びベンチに座り、缶に口をつける。その姿をソウハはずっと見つめて、
「シンクやハクアが今も生きていたら、君達のような子になっていたかな……」
 それは、単なる一人言。しかし、その中に含まれた感情は、例えようのない色を出していて。
「あの……、ソウハさんは、シンクとハクアの、お兄さん、なんですよね?」
 キャロの、少し躊躇がある質問に、ソウハは「ああ、」と声を零し。
「そうだ。シンク・カラーズとハクア・カラーズ。俺の、大切“だった”妹と弟」
 言葉に、沈黙が落ちてしまう。
「……なぁ。エリオ、キャロ」
「はい」
「なんですか?」
「もし、あいつらを俺が殺したって言ったら、怒るか?」
「――えっ!?」
 思わずエリオとキャロの言葉が重なる。ソウハは「いや、実際にやったのは俺じゃねぇけど、」と、渇いた笑みを宿して。
「あの日……俺が、夜中から熱出して。親が両方とも仕事でさ、あいつらが俺を看病してくれてた。その時さ、俺がポロッと家に無いものを欲しいって言っちまって。あいつら、俺のために二人して朝方こっそり出かけてたんだよ。俺、そんなの、知らなくて……そしたら……!」
 悲鳴。何かがぶつかる音。遠くから永遠に鳴り響くサイレン。両親の言葉。周りの言葉。「シンク」「ハクア」「シンク」「ハクア」――。
 ソウハは顔を手で覆い頭を下げた。続けられすはずの言葉は言葉としては形にならず。ただ呻く音だけが漏れる。
「っ俺があんなこと言わなきゃよかったんだ……!俺がっ……俺がっ、シンクをっハクアを殺しっ、」
「そんなことないですっ!」
 駿足に、キャロが言葉を放った。ソウハの目が見開かれる。
「そんなことない……っそしたらっ、そしたらぁっ……!」
 キャロの声も目から零れていく涙に掻き消され、無くなっていく。止まらない涙に、キャロはただ首を横にふって。
 キャロの言葉を、エリオが拾った。
「もしそうだったら……、シンクやハクアは、咲いてませんよ」
 ――彼らは未練があってそこに咲いたのだから。少なくとも、その未練の一つに、きっと。
「――――っ!」
 エリオの言葉に、ソウハの目から一筋涙が伝う。
 ……そして。
「――エリオ、キャロ」
「……はい」
「なん、ですか……?」
「ちょっと、俺について来てくれないか……?」
 ベンチから立ち上がったソウハの、涙の筋を残しながらもまっすぐにどこかを見つめる顔に、エリオとキャロは同時に立ち上がった。


* * *



 ――ソウハの後ろについていって十数分。エリオとキャロは、開かれた野原にやってきた。
「ここは?」
「いいから……あっちを、見てくれ」
 指で指された場所に行く。
 そこに、あったのは。
「えっ――」
「こ、これって……!」
 それは、一面が赤色と白色にうまった、
 ――彼岸花畑だった。
「……すげぇだろ?」
 ハクアはそう言ってエリオとキャロの隣に並んだ。
「これ、俺一人で育てたんだよ」
「え、……」
 思わず、声が漏れ。はっとする。
 そういえば。そういえば、この感覚――
「――シンクとハクアが毎年残してくれた、種から育てたんだ、ここまで」
 ――エリオお兄ちゃんっ、キャロお姉ちゃん!
 そんな、幼い純粋な声が、届いてくる。
「……あいつら、飲酒運転の車に轢かれたんだ」
「え?」
「夜中に飲んで、朝方に街に戻ってきたんだろ。そいつは意識のないままシンクとハクアを轢いた。そして、止まりも、助けもしねぇで、逃げやがった」
 エリオの「轢き逃げ、だったんですか?」という言葉に、「ああ。警察が車調べてとっ捕まえてくれたけどよ。……あいつの頭ん中は真っ白でさ、轢いたことさえ、頭に残ってなかった」と、声を発した。
「……俺、あそこで咲いた彼岸花が枯れた後できた種をとって、こうやって育ててるんだ」
 カサ、とソウハの手の中で揺れる袋。今年、異常気象により早々咲いて枯れた花達は、それでも種を残してくれた。――それを、エリオとキャロは感じとった。
「そして、あいつらの増えた種をみんなに配ってるんだ――『飲酒運転はやめよう。飲酒運転の事故を無くそう』って言葉とともに」
 それは、小さな運動かもしれない。けれど。
「けど、もう二度とっ、シンクやハクアのような子供達を作んねぇ、ためにもっ……!」
 ソウハの声はそのまま泣き声に消されていった。ぐしゃぐしゃになるソウハの声。でも。
「でも君達が、エリオとキャロがあいつらのことを覚えていてくれて、よかった」
 涙で濡れた顔はうまく笑顔を作れなくても、目から伝わるあたたかな情は、
「……絶対に、もうあんな想い、誰にもさせない」
 そのために、あいつらの残した“命の種”が役立つなら。
「――きっと、シンクやハクアも、望んでますよ。きっと……絶対」
 そう言うとエリオが真っ直ぐ彼岸花を見つめ。キャロもエリオに寄り添いながらまた視線はそのままに。ハクアはただ言葉もなく花畑を見守る。
 しばらくただ、声のない、秋風がサラサラと彼らの髪やたくさんの花びらを揺らしていく。
 と、鼻をすする音が聞こえ、「……あ、」と。
「ところで俺、エリオ達のこと知らないんだけど、この辺の子じゃないよな。あいつらと仲良かった子?遊び仲間だったりしたのか?」
 その苦笑混じりないきなりの言葉に、ひゅっとエリオとキャロののどが鳴った。
 言えない。言えるわけがない。……亡くなった彼らと出会い、絆を作ったなんて。
 少なくとも、彼には今のシンクとハクアには出会えていない。きっと、これからも。
 ……だから。
「――忘れないで、と言われたんです。約束、したんです」
 それに、ソウハは。
「……そうか、」
 何も深読みはせず。そして、顔を上げて。
「なら、俺からも、約束させてほしい。――忘れないでほしい。あいつらのこと。シンクとハクアの、命のこと」
「――はい」
 ……瞬間、柔らかく、風がふいた。
 それに見渡す一面の赤と白が、秋風に揺れた。
 一斉に首を揺らすその音は、――まるで幼い少女と少年の幸せそうな笑い声に、聞こえた。

 どうか遥か未来にも、忘れないでほしい。消えないでほしい。
 ――“命”の物語よ。





〜あとがき〜
 結局、書いてしまいました。やはり、この季節になると思い出してしまうんですよね。今年は実際に見に行けてないのですが、今年は今年でありましたから。
 今回は残された側の人(ソウハ)を登場させました。それから、受け継がれていく想い。ソウハは二人が霊となりいることを知りませんが、しっかりと存在は感じていると思います。
 ソウハは『蒼波』から、青色を。赤と白と青はお互い一緒だと綺麗ですよね。……一生、彼岸花になれない存在ですが。カラーズは言わずも『colors』です。単体ではなく、複数。
 命の物語に終わりはないから……いつまでも咲いていて、命の花。




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