かさり、と、隣の彼女の腕の中が風に揺れた。
「こんにちは」
軽く被った帽子も秋風に吹かれる。飛ばないように、そして目の前の光景に、そっと、帽子を外した。
そうして。
「会いに来たよ」
笑顔を向けたのは――白の花。
再華 ―Saika―
「……久しぶりだね」
そう自分が言うと、彼女はゆっくりと座った。腕の中にあった花束を木にもたれ掛ける。
「元気そうだね」
そう言って、彼女は優しく茎を撫でた。
白い花は彼女の手に、まるでくすぐったいように揺れる。
彼女はそんな花に微笑みながら、口を開いた。
「……エリオ君」
「………うん、何?キャロ」
「……今回は、弟君しか、咲かないのかな」
「……どうなの、かな」
彼女――キャロは、茎から手を離し、エリオの隣に並んだ。
思い描くのは、あの日の、少女と少年。
勝ち気な赤い少女は白い少年を庇うように、そして何かを訴えかけるような目をしていた――いや、少女ははっきりと、エリオとキャロに訴えていた。
忘れないで、と。
ここで起きた悲劇を。
ここで小さい二つの命が弾けたことを。
ここには、小さいけれどたくましく生きる赤と白の彼岸花が咲いている……と。
忘れないよ、と二人は言った。絶対に、と。
そして、少女と少年は秋風に消えた。
――ありがとう、と残して。
「あの日から、もう一年たつんだね」
秋は言うまでもなく冬へ移り、いつしか、彼岸花は無くなってしまった。それは、花にとっては当たり前で。
エリオやキャロにも、あの日からたくさんのことがあった。そして、そのなかで、消えかけてしまっていた。その、小さな命の花のことを。
それでも、突然思いだしたのだ――約束を。小さい小さい、約束を。
絶対に忘れない――という約束を。
エリオとキャロは、互いに話さずとも動いていた。仕事の合間の有休、二人は綺麗な花束を買って、この場所に来た。二人はまだ子供で、花束なんてものはほんのささやかな物なのだけれども。
また来たよ、と伝えたかった。
忘れてないよ、と伝えたかった。
だから、二人は今こうして、道の端の木の下にいる。
「……でも、本当に、元気そうで、よかった」
「うん」
白い花は、一年前と同じように……いや、昨年よりもしっかりと背を伸ばしていた。
周りの時が、止まったように静かになる。
「それじゃ、行こうか」
「……うん」
二人は踵を返すように背中を向けた。そのとき――また、さぁっと風が吹いた。
その風が、まるで昨年と同じようで……二人はふいに振り向き、
その光景に、目を見開いた。
そこには、
「こんにちは。大きいお兄ちゃん、大きいお姉ちゃん」
二人よりも小さく、だが、たしかに背が高くなった白の少年が、そこにいた。
「君は……」
キャロの声が奮える。
少年は、白いシャツを軽く握りながらも、笑って。
「来てくれてありがと」
そう言って、エリオとキャロのことを見つめた。
「ずっと、お兄ちゃん達のこと、待ってたよ」
「僕らのこと……?」
「うん。だって、」
「約束したもん」
「……ねっ」
にこっと子供の特徴のある笑顔が弾けた。
その顔に、エリオの頭に言葉が浮かんで、自然と口から漏れていた。
「君は……、ずっと、待っていたの?僕らのこと」
「うん。ずっと待ってた。お姉ちゃんと一緒に」
「え、お姉ちゃん?」
その少年の言葉にキャロが首を傾げた。
「だって、赤い彼岸花――お姉ちゃんは、」
「お姉ちゃんなら、ここにいるよ」
キャロの言葉を遮り、少年は笑ってしゃがみ込む。エリオとキャロは顔を見合わして、少年のほうへ駆け出した。そして、しゃがみ込む少年の上から地面に覗き込んで、息を飲む。
そこには――白い彼岸花の隣にある、小さい赤い花の蕾。
その赤色は、あの子の命の色。
「お姉ちゃんは、まだ出て来てないの。お姉ちゃん、怖かったみたいで」
「怖かった?」
「うん。……お兄ちゃん達が来るかなって」
ドクン、とエリオとキャロの心臓が高鳴った。しかし、少年は「僕らね」と言葉を繋げた。
「僕らね、もう、じょうぶつしたんだ」
「じょ、成仏……?」
成仏。つまり、やはり彼と彼女は――、
「あのときね、大きいお兄ちゃんと大きいお姉ちゃんと会って、約束したとき、僕ら、じょうぶつしたの」
れいは、みれんがなくなったら、てんごくに行くのがさだめなんだって神様が言ってた。
だから、消えかけたお礼をして、あの風に消えてしまった。
「だけど、僕は、神様にてんごくには行かないって言って、ここに残ったんだ」
「え?な、なんで?」
キャロは弾かれたように問う。死んだ人は天国に行けるが幸せと、よく聞くのに。
でも、少年は立ち上がって、エリオとキャロの顔を見た。
「だって」
「てんごくに行ったら、大きいお兄ちゃんや大きいお姉ちゃんに会えなくなっちゃうんじゃん」
「…………ッ!」
その言葉に、キャロが膝を折った。そして、その瞳から、幾つもの滴が零れ落ちる。
天国へ行ったら――死んだら、もう生きている人にも、もしかしたら、もう誰にも会えなくなってしまう。
それは、誰ににとってもとても悲しいことで、エリオやキャロもその事実に胸が締め付けられる。
「大きいお姉ちゃん、泣かないでよ。泣かない、で、……っ」
泣き出してしまったキャロに慌てて声をかける少年。しかし、だんだんとその声も、崩れていく。
「大き、い、お姉、ちゃんっ、」
「……大丈夫だよ」
それでも声をかける少年に、そっとエリオは手を寄せた。はっと少年が顔をあげる。そして、
「うっ、あ、っあ、ぅあぁぁぁ……っ!」
エリオとキャロに抱きついて、泣きだした。
その体は、涙は、とてもあたたかい。この体温は、本当に亡命者の体なのか?
そう思ったエリオも、まぶたが痛くなった。
――どうして、この子は死ななきゃいけなかったんだろう?こんなに、優しい、こんなあたたかいこの子が……なんで死ななきゃいけなかったんだよ!
その心の叫びによって、エリオのまぶたからも涙が弾けた。そして、おもいっきり抱きしめた。
この体温は、この声は、この体は、この思いは……死んでなんかない……!
「ひ、くっ……あの、ね、大きい、お兄ちゃん」
もぞ、とエリオの腕から出てきたのは少年だった。その顔や声はまだ泣いているのに、それでも笑顔を作る。
「本当は、僕も、怖かったんだ、よ」
大きいお兄ちゃんや大きいお姉ちゃんが、また来てくれるか。
「だから、お姉ちゃん、は、出てこれてない、の」
頭を出しても、見つけられない。また一人になってしまう。
「でも、怖かったけ、ど、僕は、見つけてほしかったから、だからっ」
ずっと、咲いて待ってた。会いたかった。だから、待ってた。
雨の中も、暑い日も、決して枯れなかった。
そして――会えた。
「僕、僕ね……っ」
「うん」
「僕……とっても、うれしかったん、だよ」
「うん」
「だから、ね、僕……っ」
――言葉なんて、いらないよ。
エリオは、泣きじゃくる少年の頭を撫でた。キャロも、顔をあげて、笑った。涙はまだ出ているけど、笑わなきゃ。
だって、会えたんだから。
そして、エリオが声をかけようとして、目を見開いた。
――少年の体が透けていく。
「あ、そっか……僕、すぐに咲いちゃったから……もう、枯れなきゃ駄目なんだね」
自分の体を見つめて、自分を笑った少年に、キャロは泣き声で叫ぼうとして。
「大きいお兄ちゃん、大きいお姉ちゃん」
笑っててよ。と言うような笑顔にキャロの声が引っ込んでしまう。
「お姉ちゃん、来週くらいには咲くけど……来週来れる?」
……どうしてこの子はこんなに優しいの?
エリオはまた零れそうになって飲みこんで、それでも、叫んだ。
「来週、は、仕事で駄目だけど……だけど!来年も絶対来るから!だから……っ、来年は二人で咲いててよっ!!」
その言葉に、今度は少年が目を見開いて……、笑った。
「……うん!」
そして、余計に透明になった少年が手を挙げた。
「……それじゃ、バイバ――」
「――待って!」
その手を止めたのは、キャロの声。
「待って!名前、教えて!私、キャロ!」
「ぼ、僕はエリオ!だから――」
君の名前を――
キャロとともに、いつの間にかエリオも名前を叫んで――答えを待った。
そして、
「僕のお姉ちゃんの名前はシンクで、僕の名前は――ハクアだよ」
その言葉と笑顔とともに――風が吹いた。
木にもたれていた花束が音をたてて。
「……また、か」
エリオは花を見つめた。キャロは、エリオにもたれ掛かりながらも、一緒に見つめた。
白い花と赤い蕾は、風に揺られ、それでもしっかりと生きている。
「お兄ちゃんって呼ばれるなんて、思わなかったよ」
「……私も」
――バイバイ、エリオお兄ちゃん、キャロお姉ちゃん!また、また来年ねっ!
そう、少年の声が秋風ととに聞こえた、気がしたから。
「――ハクア、シンク」
「また……来年会おうね」
約束は今度はきっと、四人で。
名前を呼びあって、叶えられるだろう――
〜あとがき〜
こんにちは、久しぶりにあとがき書く管理人です。スランプだった私ですが、これは一日で書きあげてしまいました(勉強もしましたよもちろん!←必死)
さて、今回は昨年書いた話『彼岸花』の続編です。
私も、ずっと忘れていました。勉強や行事に追われていて――でも再び出会ったとき、思いだして、また書きました。きっと、この物語は私のやらねばならない続きのはずだから。
あ、彼岸花は、また同じ場所に咲いていました。ただ、違ったのは、白い彼岸花しか咲いていなく、赤い花は蕾だったこと。この辺は、小説と同じです。
ハクアとシンクの由来は、もちろん『白亜』と『真紅』です。もしこの子達が大人になったらシンクはツンデレ、ハクアは草食な気がします。つまり、いい子達です。そう思うと、作者自体が二人の死が辛くてしかたない……。
多分、私の想像にすぎないのだろうし、学校を卒業したらもう咲いていた通りも使わなくなるのだろうけど――今だけは咲いていて、命の花。
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