「約束だよ?」
「もちろん」
 スバルの小さい小指を右手の小指で、ギンガの小さい小指を左手の小指で絡ませて、ぎゅっとする。
 クイントは握り返してくる小さな力に微笑み、口を開いた。
「ゆーびきりげんまん」
 その歌詞は有名な歌詞。手を軽く揺らして歌うクイントに、いつからかスバルとギンガも笑いながら歌いはじめていた。
「うそついたらはり千本のーます!」
 そこは何故か子供達が強く歌って、クイントはつい笑ってしまう。
「――指きった!!」
 歌い終わると、スバルとギンガがクイントの瞳を見た。二人の瞳はまだ潤んでいるけれど透明で、笑っている。
 その笑顔にクイントは微笑むと、二人を後ろに振り向かせた。
「さあ、二人ともベットに入りなさい」
「はぁーい!」
 スバルとギンガは声を揃えて笑い、お互い布団に潜りこむ。
「おやすみなさい、母さん」
「おやすみなさい!」
「おやすみ。スバル、ギンガ」



小指と千羽鶴



 二人が寝息を立てはじめると、クイントは子供部屋の電気を消してドアを閉めた。
 リビングに戻って、大きめのソファーに座る。柔らかくクイントの体を受けとめて、クイントは目を閉じた。そして……自分の両手の小指を見つめる。
 ――と。
「どうした、小指見つめてよ」
 その、独特の声に振り向くと。
「――ゲンヤ」
 クイントの夫であり、スバルとギンガの父親のゲンヤ・ナカジマがそこにいた。
「そんな顔して……何かあったか?」
 そう言いながらゲンヤはクイントの隣に座りこむ。クイントは一瞬、キョトンとしてしまったが、彼の言葉に「ふふっ」と、笑って。
「そんな顔って……どんな顔?」
「すんげぇ幸せそうな顔」
 即座に言われた言葉に、クイントは少し驚き、
「ゲーンヤっ」
 と、楽しそうな声でゲンヤに寄り掛かった。
「な、何してるんだっ、クイントッ!?」
 寄り掛かられた本人は顔を真っ赤にして少し叫んで――でも、寄り掛かってきた温もりは離さずに、そっと彼女の肩に腕を回した。
「スバルとギンガと……何か、あったのか?」
 彼の腕と顔を見て、また幸せそうな顔をするクイント。腕に片手を当てて、口を開いた。
「――ねえ、ゲンヤ」
「……ん?」
「さっきね、スバルとギンガと、約束してきたの」
「……どんな、約束をだ?」
「――千羽鶴を作ってくれる、って」
 その言葉に、ゲンヤは一瞬目を見開いたが、無言で頷く。クイントはゲンヤに寄り添いながら、幸せそうに言葉を続ける。
「私がこの前の事件で怪我をおったって誰かから聞いたらしくて、スバルとギンガ、二人で一生懸命作っているのよ、鶴。でも、スバルは不器用だからなかなかできなくて――知られたくないから、ずっと夜遅くまでやってたみたいだけど」
 それで今、できない自分が嫌になっちゃったみたいで、スバルが大泣きしちゃって。その声聞いて子供部屋に行ったら、知っちゃったのよね。
 そう言いきって、一言も言わずに聞いてくれているゲンヤに微笑む。
「それで私はね、あなたたちが心をこめて、一生懸命作ってくれたものが一番うれしいって言ったの。そしたら、わかってくれたわ」
「――そうか」
 短い返事をして、ゲンヤはクイントの頭を引き寄せる。そして、クイントの頬に手をあてて。
 それによって彼女は気付く。――自分が、涙を流しているのだと。
「……やっぱりさ」
 自分の涙に戸惑いながらも、クイントはにじむ視界でゲンヤを見つめた。
「スバルやギンガにとって、おまえはやっぱり、大切な母親なんだよ」
 ぼやけても、ゲンヤの目は真剣で、それでいて優しい。
「血が繋がってねぇとか関係ねぇ。あいつらはおまえが、大切で、大好きな母親なんだ」
 そんな母親に、怪我してほしくねぇとか、早く怪我が治ってほしいって思っちまうのは当たり前だと俺は思うぜ?
「…………うんっ」
 ゲンヤのあたたかい言葉に微笑むと、再び涙が零れた。でも、その涙は二人の優しさを知った喜びやうれしさからだから。
「千羽鶴、楽しみだな」
「そうね」
「スバルの鶴はどんなふうに飛ぶかなぁ」
「きっと、スバルのように飛ぶでしょ。ギンガの鶴も。ね?」
「そうだな。――おまえも、もう無茶すんな」
「ええ。……もう、大好きな娘達を泣かせる訳にはいかないからね」
 そう言って、クイントとゲンヤは二人して笑いあう。寄り添う互いの温もりと、家族のあたたかさ……。
 クイントは実感する幸せに、微笑んで――


 ――その笑顔は、唐突に失われた。


「――父さん」
 ふいに振り向く。そこには、
「スバル、ギンガ……」
 大切な娘達が後ろに立っていた。黒い服に身を包んだ二人の大きな瞳でこちらを見ていて、一瞬その瞳に彼女を思い出してしまったが、すぐにその思いは消えた。
 涙の後で頬が痛いが、ゲンヤは腰を低くすると、二人と目を合わせた。
「どうした?何かあったのか?」
 スバルはゲンヤの目を見ると、口を開こうとする。が、スバルの口からは何もでなく、代わりというように、その大きな瞳から涙が溢れ出していた。
「おとー……さ、んっ」
 必死に繋いだが、言葉はそれ以上音にはならず。スバルはまた泣きだしてしまった。
「……父さん」
「…ギンガ……」
 ギンガはまだ泣かずに、スバルの手からゆっくり外した物を、座りこんでしまったスバルを抱き抱えるゲンヤに差し出した。そして、ゲンヤはそれを視界に入れた瞬間に……
「――ッ!」
 ギンガがゲンヤに見せた物。それは。

 ――しわくちゃの、千羽鶴。

「ギンガ……これは……」
「うん……。母さんとの、約束」
 揺れるゲンヤに、ギンガは小さい声で答えた。
「……私はちょっとしか作ってないんだ。スバルが、作ったんだよ」
「――スバルが?」
 そう言ってゲンヤが顔を覗き込むと……、スバルは大粒を零しながら、必死に答えた。
「スバルっ……おかあ、さんとやくそく、したからっ……お母さんに、つる、作って、あげるっ、て……っ」
「私が寝た後も一人で作っていたみたいで……私が気付いたときには、ほとんど作ってて。母さんにあげるって…母さんに、あげ、る…って……っ」
 その単語を言った瞬間、ギンガも泣きはじめてしまった。スバルと違って、声を漏らさぬように、いつものギンガの泣き方で、涙を流している。
「ギンガ………」
 ゲンヤもそれ以上言わず、ギンガも自分の胸に抱き寄せた。自分の喪服が涙に濡れる。けれど、そんなことなんて考えない。
 家族三人はお互いに抱きあって涙を流した。
 そのとき、ゲンヤの脳裏に彼女の笑顔が浮かんで――それと同時に思いだす。
「――でも。スバル、ギンガ、おまえ達は、守ったじゃねぇか」
「まもっ…た……?」
「ああ」
 そう言うと、ゲンヤは自分の右手の小指をスバルの右手の小指に絡ませて。
「こうやって、約束したんだろ?母さんと」
「…あ……」
 スバルの目が見開かれる。
「お、母さんは、受けとってくれる、かな?」
「あたりめぇだ。強くて優しくて、約束を守るのが、おまえ達の母さんだろうが」
 そう言うと、千羽鶴を二人に返す。
「母さんに渡してきな。涙をふいて、笑って渡してこい」
 そう言うと、スバルとギンガは顔を見合わして。
「――うんっ!!」
 ゲンヤから受けとり、駆けだす。向こうの部屋から椅子を持ってくると、彼女の写真などを飾る棚へ置いて、椅子の上に立つ。
 そして、棚の上にあるフックに……千羽鶴をかけた。
 椅子から下りると、二人はごしごしと黒い服で自分の顔をふく。そして。
「お母さん!千羽鶴、作ったよ!」
「スバル、頑張って作ったんだよ。私も、頑張ったんだっ!」
 彼女の写真に笑って話しだす。
 その姿を見て、ゲンヤは、ああ、と言葉を漏らした。
 ――やっぱり、血なんか関係ねぇ。こいつらはやっぱり、おまえの娘だ。
 すると、とててっ、とスバルが駆けてきて、ゲンヤの手を引っ張った。
「お父さんっ、お母さんがねっ」
「ん、なんだって?母さんは」
「うん、あのね――」


「――聞こえるはず、ねぇのにな」
 昔のことを、ふいに思い出してしまってゲンヤは笑った。
 あんなに小さかった娘達はたくさんの経験をして、立派に成長した。――そして今。
「ウイングロード!」
「ディバイン――バスタァーッ!」
 空を、青と紫の閃光が駆けていく。
「まったく……本当に似てんぜ。おまえとな」
 かさ、と、手にふれる折り紙。今では色もあせ、ボロボロになってしまったが……それでも、鶴は生きている。飛んでいる。

 ――クイント。おまえの大切で、大好きな娘達は今も飛んでいるぜ。鶴のように、高く高く、空を飛んでる。だからよ、クイント。……おまえも、あいつらを見ていてくれよ。

 そう空に呼びかけると、空色の中で彼女が笑っているような、気がした。


〜あとがき〜
 ナカジマ家のお話、クイントさんとスバル、ギンガの約束のお話でした。
 このお話を思いついたのは『ゆびきりげんまん』って、母親と子供が約束するときによくやるな……と思ったことでした。ちょっとこわい歌詞ですが、小指と小指に約束をするっていうのがなんだか優しいんですよね。
 亡くなってしまったクイントさんですが、その姿や意志はスバルとギンガに受け継がれていると、信じています。
 後、中間にかいたゲンヤ×クイントがかいている間にかなり楽しかったです。ほとんど空想なのに。ゲンヤ×クイント好きです――またマイナーな(笑)
 もし、また思いついたらかいてしまうかもしれません、ゲンクイ。クイントさん生存のナカジマ家も、またかきたいです。




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