カキン、カキン。
 高い、固い物同士が当たって鳴る音が規則正しく響く。
 カキン、カキン。
 静寂な中に、響き続ける、その音。
「――それ、」
 不意に、女性の声が発された。
 今までなかった声に、「どうかしたか」と低い声が返され、それでも高い音は規則正しさを崩さなく。
 だが。
「――なんか、落ち着くなぁ……」
「…………はぁ?」
 音がとまった代償は、間抜けな返事だった。



―Like Rhythm,×2.―




「何言ってんだ、ティアナ」
 手にあったものを置いて一人言を呟いた本人に男性は向き直った。彼は首を捻ると、しかも急だし、と続ける。
「べ、別に、深い意味はないですけど……」
 相手が目をあわせようとしてきたのに少し目線を反らす。
「おい、言っときながら目を反らすな」
「反らしてません!」
「思っきり反らしてるだろうが!」
 プイッと横を向いた女性にクワッと口を開ける男性。
「……だって、」
「あ?」
 ――まさかヴァイスさんが聞いてると思わなかった……。
 ふるふる震えながら顔を真っ赤にする彼女にヴァイスは一つ息をついた。マイナスな意味ではない。
 再び固い音が響きはじめる。そう大事な話ではないだろう。クッションに埋めてしまった彼女の口にあわせて、静かに話を切ることにした。
 カキン、カキン。鳴り続ける高い音。
 しばらくまた規則ある音だけの静寂が続き。少し経ってから、ゆっくりティアナの視線が戻ってきていた。
 じっと見つめる、大きな瞳に、ヴァイスはつい、笑った。
「……ティアナ。おまえそんなにコレ気になるのか?」
 声をかけられ少し上がった顔に、今までついていた左手をちらつかせた。
 それは、金属性の部品。ヴァイスの仕事で使用されているものだが、若干の不具合が生じてしまっていたのに自ら家に持ち帰り、修理をしていたものだった。
 別に珍しいことでもない。一種のヴァイスの職業病だ。彼のため、念のためだが、残業を持ち帰ってきたわけではない。念のため。彼の仕事への気持ちの高さだ。
 それに、彼を理解しているティアナもいつもなら何も言わない。逆に、自分のわがままも言わないが。
 だから、これらのことが日常だったヴァイスにとって、今の彼女が不思議でならなかった。
「……それ、っていうか……、」
「ん?」
「…………その……叩く、音、とか、リズムが、――」
 ――なんとなく、落ち着くな、って……。
 ぽそぽそとギリギリクッションには落ちない言葉を広い、ヴァイスは「ふぅん、そうか?」と作業中のものを目の前で軽く揺らす。
「なんか、ただの変哲もない金属音だけど」
「……そうでもないですよ」
「あ、じゃああれか?こういう音とか好きだったっけお前って。あれ、でもそんなにティアナってソッチ傾向だっけか」
 また何度か打ち鳴らし、目前でちらつかせ、今度は満足そうにそれを机の上に置いた。
 そして立ち上がってこちらに歩いてくる姿に、ティアナは「……多分、そういう意味じゃないです」と微妙に視線を反らしながら答える。
「じゃあ、どんな意味だよ」
「……あのですね。前、知り合いから聞いたんですけど。――人間には落ち着く音とかリズムっていうのがあるみたいなんですよ」
「……――落ち着く音?リズム?」
 ティアナの横顔を見ながら、ヴァイスは首を傾げる。
「例えば…………」
 そのとき、チラリと初めてこちらの顔を真面目に見つめてきた彼女に若干とまった、ヴァイス。
 そして、少し考えたような顔をし、
「……――っ、うわ!?」
 ――ふわ、と。ヴァイスの胸にティアナの顔が埋まった。
「あ、え!?何、どうした!?」
「……そうですね、」
 いきなりのことに焦るヴァイスに、顔を隠して、精一杯の冷静な声で。
「例えば、――心臓の鳴る音、リズム、とか」
 ――ドクン、ドクン。
 そっと、耳を胸板に寄せ、目を閉じる。
 ――ドクン、ドクン。
 確かに強く打つ音。しっかりと響くリズム。
「人間が聞きなじんでいる音――あぁ、そうだ、『基調音』っていうんだっけ。自然に発生する別に重要でもないよく聞く音とかって、人間に気持ちよさとか、リラックスさせることが出来るんですって」
「ほぉ……」
「後は……確か、木々が風に揺れて葉や枝を揺らしたりする音とか……心臓の音も、そうだったりするんです」
「……あぁ、じゃあ、あれもなのかな。赤ん坊が母親の胸に抱かれるとすぐに落ち着くって」
「ずっと聞いてきた母親の膣の音、心臓の音が赤ん坊にとってはとても安心するんじゃないんですかね」
 そう言ってまるで赤ん坊のように身体を丸くしてくっつけてくる、ティアナ。
 珍しく、珍しすぎるくらい胸の中にすっぽり入った彼女に戸惑いながらヴァイスは笑って。
 ……不意に、止まった。
「……なぁ、」
「はい?」
「質問して、逃げないか?」
「…………内容によります」
「おいコラ!」
「じょ、冗談ですって!ちょっと、腕の力抜いてください!」
 ヴァイスがにっとわざと笑い、ジタバタと大袈裟に動くティアナを捕える。
 短い会話を続けて、ずっと顔を下にし見せないでいたティアナの顔がヴァイスをやっと見たとき、赤く、半ば呆れながらも笑っていた。
「……で、なんです?」
 くすくす、とまだ小さく笑う胸の中に、ほんの少しの羞恥心をヴァイスは隠しながら、口を、開く。
「今の話ってさ、つまり――俺の音は、ティアナを落ち着かせてやれてるって、ことだよな」
 …………沈黙。
「――って、おいコラァ!答えろティアナっ!」
 こっちだってありったけの理性で聞いてんだよ!――とは、恥ずかしくて、言えないが。
 無反応の彼女に無視を決め込まれたとヴァイスは腕の力を今までと変更する。
「おいティアナ、無視はいくらなんでも、……ッ、本当に怒るぞ――っ!?」
 ぐっと彼女の身体を無理矢理でもこちらに対面させようとした、瞬間。
「ぉわっ――」
 拘束が解けた一瞬――ティアナが、ヴァイスの首に腕を回す。
 あまりにも驚きすぎて動けないヴァイスに、そのまま、ティアナは。
 ――彼の耳にそっと、唇を寄せる。
「……――ヴァイスさんの出してくれる音なら……なんでも、――」
 作業している音も、心臓の音も、生活しているリズムも、声も、息も――すべて。
「――“私だけ”の『基調音』なんです……」
 ――ドクンドクン。
 高鳴っている、彼女の心臓の音が、ヴァイスの身体に伝わる。
 ――ドクンドクン。
 自分とは違う、だけど大切で、愛しくて――なぜかとても安心する、不思議な音。はやいのにとても心地よい、不思議なリズム。
「……なるほど。よく、わかった」
 明らかに熱くなった顔をこちらも見せまいと彼女と反対に下げたまま、ヴァイスは口を開く。
「――ティアナの出す音も、俺にとっちゃ“俺だけ”の『基調音』なんだわな」
 ツンデレな、不自然な音たちでもな。
 どちらからでもなく、抱きしめる腕に力をこめる。
「……ツンデレは余計なんですけど。不満なんですか?私の音」
「そりゃいつもこうやって甘えくれればいいのにさーいつも少し遠いんだよって、痛い痛いっ!」
 ははは、といつものように笑ってみせたら、ヴァイスの首にかかっていたティアナの腕が絞めてくる。痛い痛い、すまんって!、トントンとギブアップの音を叩くと、無言で細い腕がそっと緩んだ。
 そのまま、ずる、と彼女の身体がヴァイスの胸に落ちた。男の膝に腰を置いて。ぽそり、と。小さく。
「……私、」
「うん」
「……私は、…………」
 ヴァイスは零れた言葉をしっかり聞いていた――しかし。
「…………ん?…………ティアナ?」
 ヴァイスは不信感を持った。そのまま、自分の視線を下げ、彼女の顔にあわせようとして。
「……おいおい……さすがに、そりゃねぇだろ」
 そこにあったのは、規則正しい息で瞼を閉じた、ティアナの顔だった。
 片耳をしっかりと自分の胸にくっつけているその安定した寝顔に、ふぅとため息をついて一人ごちる。
「……ティアナさぁ。――これって俺の心臓の音に眠れるほど落ち着くってことでいいのかよ?」
 首を捻りおどけるように声をかけるが、答えはない。
 静かな空間に聞こえるのは、規則正しい呼吸のみ。
「……なんだよ。――俺だって、おまえの寝息に、眠くなっちまったじゃねぇか」
 片手を彼女の身体から離し、自分の顔を覆った。掌から感じる明らかにあつい熱に、より自覚する。
 数秒顔を押さえた後、刹那、彼は神妙な顔で考え。
「……怒られてもいいか」
 そう、呟き。
 ――とん、と床に転がった。
 横に転がったときにそっとティアナを上げたことにより、今彼女の寝顔はヴァイスの顔一直線にあった。気持ちよさそうに眠った彼女の顔にあつくなりながらもヴァイスは目を閉じる。
「……俺も、…………」
 ……その言葉も、紡がれることはなく。
 しかし、確かにそれは、あった。



鼓動のような、
好きな
ズム。






〜あとがき〜
 3周年企画第二段。あいうえお作文「り」は「“リ”ズム」になりました。あれ、ありがとう作文じゃなくなった(※頭文字じゃなくなった)。
 てことで、ヴァイティアです。私のサイトらしさに戻ってきました(爆)なんか、久々に書いたら口が甘い。あれ……?
 “基調音”は知ったときから使ってみたかったんです。音なんですけど、タイトルのリズムじゃないんですけどorz “基調音”の例とか間違ってた場合すみませ……orz
 なんか再びヴァイスさんがちゃっかりイケメンだったりしますが(爆)、ティアさんをかわいく書けたつもりです。ただ、口の中、甘い……。




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