命の花、命の歌。

 夏。ジリジリと、太陽の熱が肌を焦がす。
 炎天下の中、いたって普通の街路地に立つのは、赤と桃の姿。
「――初めてだね、夏にここに来るの」
「そうだね」
 赤い青年――エリオ・モンディアルの声に、桃色の少女――キャロ・ル・ルシエが優しく答える。二人はそっと同じ場所を見つめる。
 そして。カサリ、と音をたてた花束。それを置いたのは、しゃがみこんだ金色の背中。
「……ここが、シンクとハクアのいる場所です。――フェイトさん」
 エリオの声にフェイト・T・ハラオウンは何もない地面を見つめながら、頷いた。


 ――『彼岸花』という花を知ってますか、フェイトさん。秋に咲く、とても綺麗で、強い花なんですよ。
 そんな、微笑んだ子供達からの言葉が、フェイトを動かした原点だった。
 フェイトと、エリオとキャロ。血は繋がらないが、強い強い見えはしないもので繋がった『家族』。フェイトは息子と娘が大好きな母親である。
 そんな母親が聞いた、偶然に見つけたという彼岸花の話。ただ道で見つけた花の話だったそのときのエリオとキャロの笑みは。どこか、違う色を持っていて。
 どうしたの、と優しく問うと、息子と娘はほんの少しさみしそうな笑顔で話をはじめた。
 それは――まだまだ咲きはじめたばかりだった、赤と白の、『二人の子供』の話。
 フェイトはその言葉達を親身に受けとめた。一見聞けば、現実的にはありえない話。それでも、フェイトは信じた。エリオとキャロの声も、目も、偽りなんてなかったから。
 ――約束、したんです。忘れないよ、って。
 その言葉を聞いたフェイトは、エリオとキャロに告げた。
 ――ねぇ、エリオ、キャロ。……私も、『二人』のところに、連れていってくれないかな。
 どうしても、エリオとキャロの言っていた、二人の子供に会いたかった。自分に『二人の子供』が見つけられるかは、わからなかったけれど。
 しかしフェイトは夏の下旬から冬にかけて執務官の任務でなかなか帰りにくい遠征をしなくてはならなくなった。彼岸花が咲くのは、秋。確実に彼らが芽吹く頃には行けない。
 それでも。今、会いに行きたかった。行かなきゃいけない気がした。
 ――大切な息子と娘を持つ、母親としても。


 夏らしい太陽の花が、束の中咲き誇っている。
「……やっぱり、いない?」
 ようやくエリオとキャロのほうを向いたフェイトが言った一言。エリオは少し詰まった後、「そうみたいですね」と微笑んだ。
 フェイトはそっと、花束の横の土を撫でた。夏の熱で乾燥した土。その表面をそっと、撫でた。
 どんな気持ちだったんだろうか。エリオとキャロの話だけでもおおよその気持ちは考えることは出来た。でも。
 フェイトが『経験』したことのない年齢で飛び散った花は。どんな気持ちだったんだろう。
「――フェイトさん」
 ふと。思考に浸っていたフェイトにキャロの問い掛け。フェイトは立ち上がると、そこには。
「こんにちは。久しぶりだね、エリオ、キャロ。そして、はじめまして、フェイトさん」
「……あなたが、ソウハさん?」
 フェイトの言葉に、青い男性――ソウハ・カラーズは、ふっと優しそうに、笑った。


 ソウハ・カラーズ。
 カラーズ家の長男で、現在は大手企業に勤めるまだ若い男性。
 学生時代、幼かった妹弟――姉、シンク・カラーズと弟、ハクア・カラーズ――を飲酒運転の車に轢き逃げされ亡くす。
 その後、自分の仕事の合間合間に同じ心境を持つ人々と団結し、飲酒運転撲滅の活動を行い続ける、被害者の遺族。


「……ここが、シンクとハクアを育て続けている広場です」
 ソウハの案内でたどり着いた場所は、広い殺風景だった。
「久しぶりだろ、エリオとキャロもここに来るのは。あまりにもあそこからは遠いからなぁ」
「そうですね」
「でも、前と同じでちゃんと整えられてますね」
 ソウハの横でエリオとキャロが頷く。
 フェイトが、二人の大切な人が『二人』に会いたいという意思をエリオとキャロがソウハに送ると、快諾が返ってきた。
 久しぶりに、あっちにも案内しようか、とも。
「……ソウハさん一人でやってるわけじゃないですよね?」
「まさか。最初は一人だったけどな。……今は、いろんな人が助けてくれてる」
 そう言って、微笑んだ蒼い瞳は。最奥が揺れていた。
 フェイトはずっと広場を見つめていた。その隣で、エリオとキャロは顔をあわせると、笑ってソウハに声をかけた。
「ソウハさん!まだ彼岸花の芽は出てませんよね?」
「え?あ、あぁ」
「なら、僕らちょっと下に行ってみたいです。どんな場所なのか、見てみたい」
 その言葉に、ソウハの目が一瞬見開かれた。だが、すぐにふっと笑うと頷いた。
「いい場所だぞ」
 その言葉にエリオとキャロはソウハの瞳を見つめると、二人して駆け出した。
「こけるなよ!……ってそんな年齢じゃもうねぇか、あいつらも。でも年齢に相応しない走り方だな」
 思わず叫んだらしいソウハが苦笑する。フェイトはその横顔を見ていた。
 フェイトはソウハの横で佇む。そして、ぽつり、と零した。
「……やっぱり、彼岸花は秋ではないと咲きませんか?」
「……そうですね……。今年の夏は特に暑いからなぁ、いつ咲くかはちょっと予想出来ません」
 フェイトに向き合うと、笑んだ。その、さみしさをほんの少しだけ含んだそれに、フェイトは思う。
 どれだけ、彼は苦しんだのか。
 小さな妹と弟を失った、兄は。家族は。声に出さない痛みを今も、持っているだろう。
 きっと、その苦しみはフェイトにもわかることだ。きっと、エリオとキャロを失えば、フェイトは。
「フェイトさんは、エリオとキャロのお母さんなんですよね」
「……え?」
「話には聞いてました。血は繋がっていない、という話も」
 不意の発言にフェイトはソウハの顔を真っ正面から見た。ソウハは、微笑んでいた。
「でも、本当に。聞いていた通りでした。本当に、エリオとキャロを愛しているんだな、って」
 優しい目を、してるから。
 エリオとキャロを見る目は、愛しさの色を湛えているから。
 その目は、母親の目。
「血は繋がっていなくとも、やはり家族は家族なんだなって。それだけでわかります」
 にこり、と笑ってみせる蒼い瞳。
 彼は知っている。――何が大切なのか。
「……ソウハさんの、広場を見つめる目も。愛しい家族を見つめる目ですよ」
 だから、躊躇せず、まっすぐに伝える。エリオやキャロがまだ言葉には出来ないであろうことを。
 フェイトの澄んだ声が空気を伝い、しばらく視線と視線のみが絡む。そして、沈黙を破ったのは空に向けられた男性の笑い声。
「……ははっ。どうなんだろうなぁ」
 返答は誰に向けたものなのか。雲一つない夏空が、ソウハの瞳にデジャヴする。
 彼は、何を見ているんだろう。何を感じているのだろう。
「フェイトさんが来てくれてよかった」
 広場から戻ってくるエリオとキャロに手を振りながら、急な言葉に問う。
「……どうしてですか?」
「……これでまた、あいつらの想いが伝わっていく」
 そして、俺の想いも。
「だから――、」
 ……そのとき。

 ――ありがとっ、お母さん!

「おわっ!……すごい風だな」
「え?風?」
 髪を手ですきながら、はっきりとしたソウハの声にフェイトははっと自分の髪を触った。確かに、髪が多少崩れていた。
 でも、あれは。あの声は、空耳?
「ソウハさん、今、声が聞こえませんでした?」
「え?」
 フェイトの尋ねにソウハは弾かれたように反応する。
「男の子の、元気な――」
「フェイトさん……」
「それって……」
 フェイトとハクアの元に戻ってきたエリオとキャロが顔をあわせてからフェイトを見る。
 そして。
 ――ふわり、と。
「……歌、」
 ――……女の子の、声が、聴こえる。
 フェイトは空を見上げた。
 頬に当たる、心地よい風。夏のそよ風とともに確かに聴こえる、明るい、少女の歌声。
「……シンク、好きだったなぁ。歌うの。歌手になりたいって、よく言ってた」
 そよ風で波のように揺れる蒼い髪をそのままに、ソウハは歩き出した。
 広い広い、秋には色がつくであろう、場所を見つめて。
 聴こえはしない、歌声に、ソウハは体を揺らしているように、見えた。エリオとキャロやフェイトには、見えた。
 空の下、広がる土地。ソウハは見つめた。優しい、空色の目。
 続けて、フェイト、エリオとキャロもソウハに並ぶ。
 そよ風が、きらきら輝く明日を、歌っていた。



夏種 ―Kasyu―



 ――忘れないで
 ――ありがとう
 ――エリオお兄ちゃんとキャロお姉ちゃんの、お母さん

 命の歌が聴こえる。
 明日が、聴こえる。

 ――命の花は、咲き誇る。





〜あとがき〜
 久しぶりに書いたらスランプとキャラクター見失いが丸見えですみません、沙雪です。
 サイトの記念日だけど時間も技量ももうなく、秋に書きには来れないだろうと思って、思い入れが強い彼岸花シリーズを書いてみました。
 今回はエリオとキャロに関わりのある、さらに『家族』『親』のフェイトさんを出させてもらいました。命のこと以外にも、いろいろ考えながら創作出来た時間でした。
 季節は違くても、私にとって大切な、命の花。

 最後に、最近は全然更新出来ていませんが、サイト開設四周年目ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。





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